101.悩める第三王女
その日の午後――。
俺は午後からの庶務を学園長に引き継いで、王都行きの馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られる間に仮眠を取り、到着した中央停車場で次の馬車に乗り換える。
王城は十二番街――通称貴族街の先にあった。
大貴族たちの邸宅のある区間を抜けて、そそり立つ白い壁が近づいてきた。
城は周囲を高い防壁に囲まれ、複数の塔を有している。
要塞としての機能を持ちながらも、宮殿的な装飾で彩られた絢爛な巨大建築物だ。
昔と何も変わっていない。
正門の兵に問い合わせると、すでに話は通っていた。
身分証明用の割り符を照合して城内に入ると、侍女が俺を待つ。
彼女に案内された先は城内の闘技場だった。
円形の広場を囲むように観覧席がもうけられ、ステージを見下ろすのにちょうど良い高さの場所に、玉座がすえてある。
ステージ場外となる砂地は熊手で綺麗に整えられており、手入れも隅々まで行き届いていた。
円形広場の中央に、切り出した白亜の石材が升目のように備え付けられ闘技場のステージを成す。
訓練用というよりも御前試合用の闘技場という趣だな。
白亜の石を並べて造られたステージの真ん中で、フローディアが俺を待っていた。
明るい赤がね色の髪に、ルビーのように燃える瞳が白い戦場に咲く一輪のバラのようだった。
鈍色の髪のタイタニア王とは似ても似つかぬ華やかさがあるな。
「何をぼーっとしておる! 家庭教師の仕事をさっそく始めぬか!」
俺はステージの下からフローディアを見上げた。
「なんで闘技場なんだ? 勉強なら机の前でするものだろ」
とは言ってみたものの、俺も何を教えるか決めかねていた。
まずは一番の懸案である“竜狩りとはなんぞや?”というところからだ。
それがわからないことには、授業内容も定まらない。
「良いから上がってくるのだ」
今にも機嫌を損ねるぞ! と言わんばかりのフローディアに、俺は渋々ステージの上に立った。
「一応、俺は先生なんだからもう少し敬ってくれてもいいんじゃないか?」
「貴様こそ、わらわが王女だとわかっていて狼藉し放題であろう。最初に街で会った時には、あんなに猫をかぶっておったのにのう?」
「そういうフローディアだって仮面じゃすてぃ……」
フローディアは抜刀した。切っ先を俺に向けて唸るように言う。
「良いか。その名は二度と王宮で口にするでないぞ。城の者には秘密にしておるのじゃ!」
一国の王女が街で正義の味方ごっこというのは、確かに声を大にして言えるようなことじゃない。
「わかったわかった。ところで……どうして狼藉者の俺を家庭教師に選んだんだ? 他にも候補はいくらでもいただろ」
宝剣を鞘に納めて、フローディアはにんまり口元を緩ませながら人差し指を立てた。
「まずはその態度じゃな。実はわらわはこう見えて、堅苦しいのが嫌いなのじゃ」
黙っていれば麗しい王女様なので“こう見えて”という彼女の自己評価は正しい。
性格的には二~三話してみれば、お転婆だということは誰にでもわかる。
「そいつは助かる。俺も自分を偽るのは苦手なんだ。すぐにボロが出るからな」
俺の返答に気を良くしたように笑って、彼女は立てる指をもう一本増やした。
「次に貴様の戦い振りじゃ。危なっかしくはあったが、教員免許試験の実技トーナメント優勝は立派なものじゃ」
「お褒めにあずかり光栄だ。ずいぶんと俺を買ってくれてるんだな?」
フローディアはぷいっとそっぽを向いた。
「べ、別にそこまで高く評価はしておらぬが……街で助けられた恩義もあるでのぅ」
後半、蚊の鳴くような声でうまく聞き取れなかった。
「そ、それより三つ目。これが一番重要じゃ」
三本目の指を立ててフローディアは神妙な顔つきになった。
俺は黙って彼女の言葉を待つ。
「知っての通り、わらわはフォルネウスが大嫌いじゃ。貴様があやつに噛みついた時は、それはそれは痛快であったぞ。褒めて使わす」
「気が合うな。けど、実際に戦うのはお前とお姉ちゃんなんだろ? なんでフォルネウスが出てくる?」
「まあそう焦るでない。そもそも戦うというのに語弊がある。勝負は“竜狩り”で決めるのじゃ」
俺は改めて首を傾げた。
「そもそも“竜狩り”っていうのは、いったいなんなんだ?」
腕組みをするとフローディアは平らな胸を目一杯に張り、軽くのけぞるようにしながら笑った。
「はーっはっはっは! わらわのことさえ知らぬ貴様じゃ。その無知に免じて特別に教えてやろう。竜狩りとはタイタニア王家に伝わる、王族の争いを収める決闘の方法なのじゃ。此度は、わらわとアルジェナ姉様の、どちらが魔法騎士団の団長に相応しいかを決めることとなった」
騎士団長の座にどちらが着くのか、姉妹で争っているという噂は本当のようだ。
「名称の通り、やっぱりドラゴンを狩るのか?」
「ちっちっち。時代は変わったのじゃ。そもそも威光を示すため、王が軍を率いてドラゴン退治の遠征をするのが竜狩りの起こりじゃった。しかしな……ある時、王族に死者が出てしまったのじゃ。それ以来、王家の所有する“狩り場”を戦場として、召喚魔法によって喚びだした屈強なドラゴンを相手にするようになったのじゃ。参加者のどちらがそれを討ち取るかで、勝敗を決するというわけじゃな」
「お前一人で大丈夫なのか?」
「わらわもアルジェナ姉様も、互いに騎士団の勇士を率いる。問題はいかに“あの”姉様を越える戦果を上げるかなのじゃが……」
詳細はわからないまでも、竜狩りについて大まかなところは把握できた。
「で、いつ行われるんだ?」
「十日後じゃ。無理かの? 頼むのが……いや、出会うのが遅すぎたか!?」
心細そうな瞳でフローディアは俺を見つめた。
二十日あれば万全だが、十日でも十分だ。
「任せろ。お前を勝たせて俺も教員免許を手に入れる。十日後が楽しみだ」
「か、簡単に言うが……アルジェナ姉様は、わらわよりも剣も魔法も美貌もカリスマ性も、何もかも上の存在じゃ。そんな姉様にフォルネウスがつきっきりで指導をしておる……」
だんだんとフローディアの口振りに勢いが無くなっていく。
「わ、わらわは苦手な魔法も多い。ドラゴンとも戦ったことがなくての……うう、負ければフォルネウスのいいようにされてしまうのじゃ。アルジェナ姉様に勝てぬのは仕方なくとも、あやつの言うことを聞くのだけは……嫌じゃ」
「フォルネウスに何か弱味でも握られているのか?」
フローディアの柳眉が上がった。ムッとした顔で俺に告げる。
「わらわが敗北した場合、あやつが出した条件は二つ。一つは、今後あやつを家庭教師としてその授業を受けること。もう一つは……お忍びの外出禁止じゃ。どちらも息苦しくてたまらぬ」
王族が出歩くのはまずいと思うのだが、フローディアとしては“仮面ジャスティス”の活動に赤信号が点きそうなので、藁にもすがる思いで俺を任命したのかもしれない。
「事情はわかった。じゃあそうだな……こいつを借りるぞ」
俺は一度ステージから降りると、近くに立てかけてあった竹製の熊手を手に取り、再び闘技場へと舞い戻る。
「掃除でもしようというのか?」
「まずは恒例の“やらなきゃならないこと”があるんでな」
今回はギャラリー無しなので、あえて見せるような試合運びは必要ないだろう。
気を引き締めつつ俺は熊手を槍のように構えた。
「な、なんじゃいきなり!」
「お前がどれくらいできるか俺が試してやるよ」
「いきなり試合を挑んでくるとは……良かろう。もとよりわらわもそのつもりでこの場を選んだのじゃ。一つ貴様の力をみさせてもらうぞ!」
正確な指導をしていく上でも、フローディアがどんな手札を持っているのかきちんと把握しておきたい。
どうやらお互い、同じようなことを考えていたみたいだな。
そうとわかれば話は早い。勝負だフローディア!




