100.それぞれの心配事
王都の情勢について大まかなところはわかったが、もう一つ聞いておきたいことが俺にはあった。
「なあクリス。この国の姫って何姉妹なんだ?」
俺の言葉にフランベルが口に含んだお茶を吹く。
「ブーッ! し、師匠それはいくらなんでも知らなすぎだよ!」
「おっ! ということはフランベルは知ってるんだな?」
「もちろんさ。お姫様といえば女の子のあこがれだからね」
そういう女の子らしいところがあるのに、どうしてしおらしく育たなかったんだフランベル!
……いや、俺の知ってる姫様もしおらしくはないが。
ともあれ続きを聞こう。
「それで何人いるんだ?」
「三姉妹だよ! 長女のオーラム様に次女のアルジェナ様。そして三女がレオ師匠を家庭教師に任命したフローディア様さ。ぼくはまだ見たことがないんだけど、それはそれは美しい三美姫だそうだよ?」
こっそりクリスに視線を向けると、彼女もうんと頷いた。
「三姉妹か。なんで長女じゃなくて、次女と三女で競い合うんだろうな?」
フランベルがスッと立ち上がった。
「レオ師匠。長女のオーラム様は国を継ぐ身なんだよ。あの伝説の“名も無き勇者様”が、いつ戻ってきてもいいように待ってるんだ!」
え? なにそれ。
俺、聞いてないよ。そんなの全然知らないから。
――クリスの視線が俺に突き刺さる。
いや本当に知らないんだって!
「へ、へえー。初耳だな」
フランベルが珍しく、俺に呆れたような顔をした。
「オーラム様はかわいそうなんだよ。二十歳までに勇者様が戻られなかったら、有力貴族の中から婿を迎えなきゃいけないんだってさ」
ううむ。そんなことになっていたとは。
プリシラが瞳を潤ませる。
「そんなの超かわいそうじゃん! 勇者様ひどいし! 早くお姫様を迎えに来てあげてよ! クリっちもそう思うでしょ?」
急に話題を振られてクリスが全身をビクッ! とさせる。
いや、俺だって同じ気持ちだよ。今の不意打ちは魔族の破壊魔法連打よりも怖いって。
ここはなんとかやり過ごしてくれ……いや、くださいお願いしますクリス様。
「え、ええと、そ、それは気の毒に思うけど、話の続きをしましょう? たしか、どうして次女のアルジェナ様と三女のフローディア様が、勝負をするか……という話よね?」
フランベルは「あっ! そうそう! そうだったね」と、笑った。
ナイス話題戻しだクリス!
俺も促すように聞いた
「それで、どうなんだフランベル?」
「アルジェナ様とフローディア様の、どっちが魔法騎士団の団長になるのか、決めるんじゃないかな?」
プリシラが眉尻を下げた。
「ねぇねぇ魔法騎士団ってなに?」
フランベルも突然の質問に困り顔だ。クリスが代わった。
「王城の守りを固める近衛師団のことね。家柄と魔法の才能。それに剣技に長けた者だけが入団を許される特別な部隊のことよ」
プリシラは「ふえぇー。クリっちってなんでも知ってるんだね」と、感心しきりだ。
「つまり、姉妹で騎士団のトップを争ってるってわけか」
フランベルの表情が曇った。
「姉妹で戦わなきゃいけないなんて、なんだか悲しいな」
すっかり消沈してしまったフランベルに俺は聞く。
「もしかしてフランベルにもそういう経験があるのか?」
顔を上げてフランベルはポニーテールを左右に揺らした。
「ぼくは一人っ子だよ。一人娘だね。だから最後まで責任をとってほしいな」
急に俺めがけてぶっ込むのはやめてくれ。
プリシラとクリスが「「責任?」」と、声をそろえた。
言及に及ぶ前に話を変えよう。
「え、ええと、そういえば姫はいるけど王子はいないんだな?」
俺の疑問に答えたのはクリスだった。
「直系男子が望まれていたけど、王妃様は病気で亡くなられてしまって……」
「そうだったのか」
ここまで俺が王宮の事情を知らないのも、意図的に避けていたからだ。
ふと十年前の王宮での事を思い出した。
あれはきっと第一王女オーラム……だったんだろうな。
王宮に出入りをしていた頃に、金髪の女の子が城の中でしょっちゅう俺の後ろにくっついて来てたっけ。
お兄ちゃんお兄ちゃんって俺を呼んで、まるで妹みたいだった。
あれが今は立派な第一王女に育ったのか。
「師匠? なにぼーっとしてるんだい?」
「ん? いや別に……。ともかく、俺はその三姉妹の三女を竜狩りってので勝たせなきゃならないんだが……そういえば竜狩りってなんだ?」
三姉妹の姫のことには詳しいフランベルだが、俺の質問に困り顔だ。
「うーん、ちょっとわからないかも」
プリシラは聞く前から「知らないし」と俺に質問もさせてくれなかった。
頼みの綱のクリスも渋い顔だ。
「私もさすがにそこまでは……。ただ、竜狩りというからにはドラゴンと戦うんじゃないかしら?」
俺も大まかにだが、クリスと同じ印象を抱いていた。
プリシラが目をまん丸くさせる。
「レオっちやばいよ! クロちゃんのお父さんならともかく、ドラゴンはまずいし」
いやいやプリシラ。獅子王はそこいらのドラゴンよりも断然強いぞ。
フランベルがゆっくり頷いた。
「この前、王都で戦ったドラゴンにレオ師匠はやられちゃったよね? 心配だなぁ」
「あれは疑似体験する遊びだろ?」
二人とも心配しすぎだぞ。
クリスだけは俺のドラゴンキラーっぷりを知っているだけあって……あれ?
眉尻を下げてクリスは呟く。
「……レオことだから心配していないけど、それでもなんだか嫌な予感がするわ」
「大丈夫だって。俺の実力はクリスが一番良く知ってるだろ?」
クリスは小さく頷いた。
プリシラがぷくっとほっぺたを膨らませる。
「なんかやらしー。あたしだって心配してんだかんね」
いつもの軽口が嘘のようにプリシラは真剣な眼差しを俺に向けた。
「レオっちってトラブルを見て見ぬふりができないっていうか、自分から首をつっこんじゃうとこあんじゃん」
「そ、そうかな?」
「絶対そういうとこあるって! でなきゃ、あたしのことなんて面倒みてるはずないし……って、あたしのことはいいの! 問題はレオっちだよ。王都には、いーっぱい人がいて毎日トラブルだらけで……レオっちはすぐに巻き込まれちゃいそうで心配だし」
安心しろプリシラ。試験前にさっそく巻き込まれたから、もう手遅れだ。
「わかった。気をつけるよ」
「ホントに?」
「ああ。本当だ。余計な事には首をつっこまない」
「じゃあテストしてあげる」
プリシラは立ち上がって俺の前に立った。
「テストは苦手なんだけどな」
「文句言わないの! ええとね……これは例え話なんだけど、P子ちゃんの話」
「P子ちゃんか。こういう時はA子ちゃんじゃないのか?」
「いいから聞いてて。P子ちゃんはエステリオの生徒なんだけど、実は入学できるかどうかわかんなくて、王都にある普通の子が進学する魔法学校に行くかもって思ってたらしいの」
フランベルが「あっ! わかった! P子ちゃんってプリシラだよね?」と空気を読まずに声をあげた。
「フラっちはストーレートすぎるし! ええとね、ともかくその学校にはP子ちゃんの幼なじみが通ってて……その幼なじみから聞いた話なんだけど、王都の学校で流行ってる遊びがあるんだって……」
プリシラの口振りが重たくなった。
「遊びって……なにかまずい遊びなのか?」
プリシラがにんまり笑った。
「ほら! レオっち気になっちゃったでしょ? 話を聞いて興味をもって、利用されたり騙されちゃだめだかんね」
そう告げるプリシラのアッシュグレーの瞳は、どことなく悲しげだ。
同時に昼休みの終わりを予告する鐘の音が鳴り響いた。
名残惜しいがクリスたちには午後からの授業があって、俺には王都で家庭教師の仕事が待っている。
学園と王都を行き来する日々が始まろうとしていた。




