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幻獣たちの恋  作者: クインテット
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フランケンシュタインの恋

「お前さ、次のやつも逃げたらクビだからな?」

ずっと就職したかった会社。しかし、現実はそう甘くはない。ブラックというわけではない。今、目の前で腰に手をやっている上司も、怒鳴っているわけではなく、呆れているような口調だ。

仕方ない。俺の見る目が無かったということだろう。


俺がこの動画配信者の事務所に就職して、もう数年になる。事務所によって方針は違うのだろうが、この事務所は動画の内容や売り出し方までしっかりと配信者と話し合って決めている。配信者に対し、自由なイメージのある人たちの中には、理想との乖離で辞めていく人もいる。

俺は、配信者のスカウトとプロデュースを担当しているが、中々彼らとウマが合わない。というのも、昔から好きだった配信者が、炎上で消えていくのを何度も見てきた。だからこそ、自分が担当している配信者には消えてほしくない。そうなると、攻めた企画を提案できず、彼らのアイデアをお蔵入りにしてしまうこともあった。申し訳ないとは思っても、謝る前に彼らは退所していく。


よれたシャツを引っ張り伸ばして、泡の切れたビールを口に含む。ぬるい。安さで居酒屋を選んだのは失敗だった。

俺はこめかみをぐりぐりと押し、のろのろとスマホを起動する。アイコンを押して、無所属で、芽が出そうで、事務所に貢献してくれそうな配信者を探す。

「いるわけないんだよなぁ……。」

そんな都合の良い人間が、そうそういるはずもない。他のやつはどうやっているのだろう。頭を掻きむしりながらも、右手だけはスワイプをやめない。

「もういいや、適当な動画見よう……。」

叱責されてやる気が萎えていたのもあり、俺は早々に新人探しをやめた。しばらく画面をスクロールしていくと、ふと指と目が止まる。ん?と頭の中で呟いた。


「【悪用厳禁】現代でもできるフランケンシュタインの作り方」

タイトルに、引っかかった。サムネイルは、恐らくフランケンシュタインの映画からの引用だろう。非凡なものではない。しかし、3分ほどのその映画に、俺の今の周波数が合ったのだろう。ポン、と画面をタップしていた。


今着ているスーツは、在庫処分セールで買った安物だ。線香の出費は痛いが、まあいい。俺は汗を垂らしながら、墓を暴いていた。罪悪感がないはずもない。しかし、酒のせいで麻痺していたのだろう。骨壷を取り出し、輪郭をなぞる。

「はぁ…はあ……よし」

俺は骨壷から極力多くの骨を失敬し、それをいくつもの墓で繰り返した。日本には火葬文化がある。当然ながら、骨しか揃わない。しかし、俺にはアイデアがあった。


家に帰り、見様見真似で一体分の骨を組み上げていく。足りなければ、また行けばいい。一度踏み外してしまえば、もはやどうでも良くなってくる。

結局1ヶ月ほどかかって、一体分の骨格ができた。ボンド塗れの床は不快ではあるが、どうでもいい。今の仕事をクビになれば、年齢的に再就職は見込めない。倫理観など、余裕のある人間だけ持っていればいいのだ。

俺は次に、友人のプログラマと電気技師に連絡した。

「動画の企画でロボットを作るので、協力してほしい」と。

俺が報酬をちらつかせると、二人とも了承してくれた。

半年後に、回路やギアが届いた。本物のロボットと違い、動かせればいいので、見栄えはなかなかグロテスクだ。俺はそれを友人のくれた説明書通りに骨格に回路を仕込んでいく。これで、筋肉と神経の代わりができた。といっても、手足しか動かないが。細かい事情も聞かず付き合ってくれた友人には、足を向けて眠れない。

俺は完成した骨格を、通販で買ったキグルミの中に入れた。これで、完成だ。


数週間後、キグルミ配信者キルコが誕生した。声は、ボイスチェンジャー越しの俺のもの。動きのプログラムに手間取ったが、慣れれば何とかなる。そう思うしかない。上司にはこんなのが売れるのか、と首を傾げられた。

売れなければ困る、と俺は笑って返事した。


上司の不安は的中。

当然ながら、再生数は3桁に届けば良い方だった。

俺も、当然ここまでは織り込み済み。

そこで、こんな動画を投稿した。

「登録者1万人いったら、素顔出します」

この動画も、初めは同じような再生数だった。

しかし、どうやらこの動画がSNSで話題になったらしく、みるみる再生数が伸びていった。

いまや、SNSで「キルコ」と入力すれば、1日に何人かは話題にしている状態。ささやかながら、ネットニュースにもなった。キルコの声はボイスチェンジャーで加工されているため、中身は元芸能人なのでは?という噂もあるらしい。

馬鹿らしい、と俺は発泡酒を舐めながら思った。だが、売れればいい。とりあえず、キルコの再生数が安定したら、上司もある程度俺に寛容になるだろう。そうしたら、まともな人間を探せばいい。

隣に転がっている着ぐるみは、ダルそうにこちらを見ている。ふわり、漂う汚臭。俺は舌打ちして、立ち上がった。今日はもう寝よう。


「芹沢、ちょっと来てくれ」

翌日、俺は上司に呼び出された。

俺の期待に反して、険しい顔でこちらを見ている。

「あのキルコってやつ、どこから見つけてきたんだ?所属するまで、どのSNSもやってない。お前の親戚か何かか?」

煙草臭い会議室に閉じ込められ、上司はまた腰に手を当てていた。

「鍵垢だったんですよ。趣味が同じだったんで、たまたま繋がって。動画投稿に興味があるっていうから、誘ったんです。」

俺は俯いたまま言った。本当のことなど一つもないが、ウソがバレることもない。我ながら苦しい言い訳だが、絶対の自信があった。

「ほう、そうか。

それはいいとして、履歴書をもらってきてくれ。それから、来週の水曜、面接をするから、伝えておいてくれ、頼んだぞ。」

上司はポン、と肩を軽く叩くと、返事も聞かずに会議室を出ていった。

面接…?俺は、心の中で繰り返した。出来るはずがない。着ぐるみの中身は骨だぞ。しかも、残念ながら代役を頼めそうな女友達は俺にはいない。

「クソ、今時の日本で皮と肉が手に入るかよ」

俺はイスを足蹴にすると、ぐっと拳を握った。


帰宅後、ひとまず窓を開けた。臭くてたまらない。忌々しい。あんなに手間と金をかけたのに、まともに俺に貢献しない。

「せめて、少しは役に立てよ……。」

俺は、着ぐるみの頭を取った。

「いっ…!?」

なんと、骨の周りに皮が張っている。

が、頭蓋骨もいろんなやつらの寄せ集め。左右で色の違う眼球、まだらな肌、むき出しの歯茎。それに加えて、強烈な腐敗臭が漂っている。

「うっ……。」

俺は慌てて口を押さえ、噴き出す脂汗を拭った。再び着ぐるみを被せて隠そうにも、体が動かない。目も、意識すらこの気味の悪い物体から離れない。

「は……?なんで…?」

ゆらり、着ぐるみが立ち上がる。どこにも接続していないのに。ごろ、と眼球が動いてこちらを向いた。

「そ、そんなのプログラムして…。

く、来るな!来るんじゃねぇ!」

着ぐるみは、ゆっくりと足を上げ、近づいてくる。ピンク色のクマの体と、まだらの皮と腐臭を放つ骨のコントラストが迫ってくる。

「うああああああ!」

俺はドアをこじ開け、すぐにカギを閉めた。金属製のドアにもたれると、自分の体の震えが増幅されて返ってくる。

「何だあれ…なんだよ……。」

俺は、震える指で動画アプリを呼び出し、件の動画を見た。本編を倍速で見ても、こんなことは書いていない。縋るように概要欄を開くと、後編へのリンクが張ってあった。同じく倍速で再生する。

「フランケンシュタインは、まれに術者に好意を抱く場合があります。

特に、生前の夢が叶った場合、もしくは術者が死者に近い生活を送っている場合。

フランケンシュタインが恋をした場合、足りないパーツを補い、人間になろうとします。この期間のフランケンシュタインはとても繊細で、気が立っています。変身中に姿を見られると、今度は術者を自分に合わせようとします。

つまり…。」

ドンドンドンドンドン!

強く、部屋の内側からノックが聞こえた。着ぐるみの指では、カギが開けられないのだろう。

「何で俺なんだ!ふざけんなよ!」

ドアを背中で押さえながら叫ぶ。俺の言葉は理解できているのだろうか?いや、待てよ。カギを開けられないのなら、逃げればいい。警察には頼れないが、仮にあの化物がカギを開けて出てきても、誰か通報するだろう。俺との結びつきはしばらく出てこない。そもそも、あんな化物を捜査するやつなどいないだろう。

俺は走って階段を駆け下り、アパートの駐輪場にあった自転車を一台失敬した。隣町の公園に逃げよう。あそこなら、住宅街に近い。叫べば、誰か通報してくれるだろう。


信号待ち以外一切休憩せず、公園に辿り着いた。そういえば、あの動画を最後まで見ていない。俺はひとまず寝床にするべくベンチに寝転がり、動画を再生した。

「術者を殺した後、フランケンシュタインは動かなくなります。こうして、フランケンシュタインは心のバランスをとるのです。

バランスのとれていないフランケンシュタインは、暴走状態となり、術者を殺すべく彷徨い歩きます。」

殺す、と物騒な言葉が何度も羅列され、俺はまた気分が悪くなった。だが、助かる方法が書いてあるかもしれない。

「命の危機に晒された術者の方は、身を隠しましょう。延命できます。

ただし」

助かることはまずありません。神に祈りましょう。その文字列が、目に入った時だった。

プシュー、と音がして、公園の前でエンジン音が聞こえる。漂う、強烈な腐乱臭。

俺は、足をがくつかせながら正体を確かめようとした。目の前にあるのは、軽トラック。荷台には、大量の着ぐるみ。どこから集めたのか、全てあのピンクのクマだった。それが、次々と荷台から降りてくる。中には、抱えられて降りてくるものもあった。

良く見ると、頭の部分がガクガクと揺れている。どうやら、足の部分にしか中身がないらしい。つまり…この大量の着ぐるみの中身は、バラバラの……人間ということだ。

俺は、慌てて自転車に乗り込もうとした。が、その自転車ごと着ぐるみに蹴り倒される。着ぐるみ共は、縫い針を手に掲げた。

叫ぼうにも、声が出ない。俺は空の着ぐるみにねじ込まれると、頭にも着ぐるみを被せられた。狭まった視界はピンクのクマで埋まり、シュッ、シュッという音がする。良く見ると、着ぐるみの首元が縫われていっている。俺はようやく、事態の重大さに気づいた。

「やめろ!おい!やめろ!」

俺は暴れようとしたが、どうやら外側から押さえつけられているらしい。叫んでも、外にはくぐもってしか聞こえていないのだろう。

やがて、首の隙間から差し込んでくる月明かりが消えた。


俺は蹴飛ばされて転がされ、柔らかい地面に倒れた。網目状に、夜の空が見える。ダメ元で頭を外そうとしたが、よほど頑丈に縫われているのか、ビクともしない。ああ、この着ぐるみと心中するのか…。

「ああ、せめてあのクソ上司を道連れにしたかったな…。」

俺はそんな冗談を言って目を閉じた。



「失踪していた、会社員の清水崇さん(43)と、同じ職場で働いていた芹沢藍さん(28)が、遺体で発見されました。清水さんらはクマの着ぐるみの中で餓死しており、二人が発見された場所の近くでは、同じように着ぐるみの中からバラバラにされた遺体が発見されています。警察は、同一犯の犯行と見て、捜査を進めています。」

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