ぶくぶくおんなの恋
おかしなことを、と思うかも知れないが、私はこれを2020年に書いている。
しかし、これは2020年から数えてそう遠くない、およそ200年後の実話なのである。
今から数えて167年後、人口増加に伴い、競争に敗れた人々は、「開拓使」という名目で月へと移住させられたのだった。
何も知らない彼ら、あるいは彼女らは、自分たちは最先端のイカした民族だと、胸を張ってロケットに乗り込んでいった。
実際は、用が済んだら彼らは宇宙空間に放り捨てられる予定だったのだが。
だが、そんな今からすれば倫理的に問題のあるこんな計画は、立てられる必要がなかった。
開拓使が、生きて地球に帰ってくることは無かったし、そもそも月面を開拓しようなどという気はさらさらなかったからだ。
開拓を甘受するものたち―移民と呼ばれている―は、少々計算を誤ったらしい。
確かに開拓使らは扱いやすい程度には愚かだったが、知恵のない者が勤勉なはずもないのだ。
彼らは地球から送られてくる資源や食料を摂取し、その日暮らししていた。
宇宙服から出ることもできず、時折弱い重力を楽しむように跳ねる。
それ以外はただ移民たちがもっと昔に作った酸素スポットの近くでただ、だべっている。
これは、そんな開拓使に伝わる実話である。
開拓使の初め、ベティという女性がいた。
ただし、開拓使によってはアリスと呼んだりハナコと呼んだりするので、民族や宗教などによってバラつきがあるのかもしれない。
それはそうとして、開拓使の歴史にもう少し触れておこう。
彼らは初め、真面目に開拓に勤しんでいたが、その不毛さにすぐに気がついてしまった。
こんなに必死に開拓しても、所詮120年の命だ。
これが終わる頃には、長いこと恩恵を享受できるような歳ではなくなっているだろう。
そう思うと、やる気も削がれた。
さらに悪いことに、彼らはこの「最高の思いつき」を仲間に話したのだ。
おかげで、誰ももう反重力鋤など握らなくなってしまった。
最初の開拓使はせいぜい10人未満だったとされる。
移民たちは痺れを切らしたのか、次の開拓使グループを最先端の装備を持たせて派遣した。
より月に順応していた初代開拓使はそれを剥ぎ取り、代わりに古い宇宙服を着せて彼らを支配した。
しかし、することもなくなった彼らは、一体どうやってかは2020年の私は知らないが、子供を作り、より爛れた生活になっていく。
ベティはそんな頃に月にやって来た。
だが、彼女にはジャスミンの花のような淑やかさがあって、所構わず、来るもの拒まずといったような関係は結びたがらなかった。
ケヴィンもそうだ。
ベティは、3代目―4代目という説もある―の開拓使で、ケヴィンは開拓使同士の子供だった。
そうは言ってもベティは10歳の頃、実験的に月に派遣されたので、ケヴィンとベティの歳はそう離れてはいない。
2人は別の酸素スポットにいたのだが、暇を持て余して散歩している時に偶然出会ったのだ。
2人が20代半ばのことだった。
2人は大分性能が上がったので着たまま会話が出来るようになった宇宙服越しに、いろいろなことを話した。
ケヴィンのことは言い伝えられていないので良く分からないが、一般的に爽やかな好青年として伝わっている―その声の響きも素晴らしいのだ、と息巻く開拓使の女性もいたが、黙殺して構わないだろう―。
そんな彼に、ベティは好意を抱いたらしい。
また会う約束をして、2人はどんどん仲良くなっていった。
しかし、ベティは思いを告げる気にはならない。
というのも、ヘルメットのガラスのような部分に、内側から自分の顔が映り込んでいるのだが、それが大層醜かったのだ。
ずっとヘルメットで覆っていたので、体がもう体裁を整えなくていいと判断したらしい。
ヒルが這っているかのように筋状に膨れ上がった顔、肥大した唇、ボウボウに伸びた上に1度も洗っていないゴワゴワの髪。
今だけでなく、未来の地球でもこのような姿は醜いとされている。
ベティは、宇宙服を脱いでも自分を好きでいてほしかった。
しかし、これでは叶うまい。
ここからは諸説あるので正しいことは良く分からないのだが、何かがあって、ベティは告白を決意するのである。
それは太陽系オオワニの襲来という馬鹿げたものから嫉妬といったさもありなん、というものまであるが、その紹介だけで長くなるので割愛する。
ともかくベティは酸素スポットにケヴィンを呼び出し、ヘルメットを脱いだ。
「こんな姿でごめんなさい。
でも、好きなの、ケヴィン。」
「一向に構わない。」
ケヴィンは笑った。
「僕もそんななりなのだ」




