キョンシーの恋
むずかしいことはよくわからない。
でも、ワタシはともかくご主人さまのもとに生まれたんだ。
ご主人さまは、ワタシはもう死んでいて、生き返っただけだって言う。
ワタシがキョトンとしていると、ご主人は、「ああ、脳まで腐っているから難しいことは良く分からないんだな。可哀想に。」
と言って抱きしめてくれた。
ご主人さまはあたたかった。
でも、抱きしめかえそうとしてもなぜだか体がうごかない。
あとあとご主人さまを見ていて気づいたのだけど、ご主人さまが器用に曲げているところが、ワタシは曲がらないらしい。
同じようなものがついているのに、へんなかんじだ。
ワタシは今いるばしょからうごきたいときはとんでうごくし。
たべるときはお皿にあたまをつっこまないとダメだ。
ご主人さまはすごい。
それをよく曲がるものでかんたんにやっている。
ご主人さまがワタシを生んだのにはりゆうがある。
ざんねん!
ワタシにはむずかしすぎてわからない。
でも、ご主人さまはどうやらある女の人を見つけてほしいらしい。
「この虞という人を見つけてくるんだ。いいね?」
ご主人さまはまいばんワタシにその人のしゃしんを見せる。
そのしゃしんにはそのグ、という女の人と、ご主人さまがいっしょにうつっている。
とても幸せそうなかおで。
ワタシはまいばんこの国をとび回る。
両足をしっかりそろえて、とばないところぶ。
それはいつのまにかおぼえていたコツで、
「洗濯の手間が省けるな。」
とご主人さまは笑ってくれた。
ワタシのからだに土がつくと、土にすんでいる小さないきものたちがワタシを食べてしまうらしい。
だからワタシはぜんしんをおおうようにいつも長そでのふくをきている。
ワタシはいつもバランスをとるためによく曲がるものをまえに出している。
だからころんでもだいじょうぶだと言うけれど、ご主人さまは、
「大事な体を傷つけるのを許すはずがないだろう。もう、治らないんだから。」
と言って、いつもおこる。
それはとてもやさしいいかりなのだと分かってはいる。
でも、どうしてやさしいのか、とかはよく分からない。かんじんなことは分からない。
「おい、まだ虞を探してるのか?
いい加減諦めたらどうだ。」
ある日、ご主人さまをたずねてきた人が言った。
ご主人さまはあたまをかかえて、うぅん、と言う。
「虞は生きているんだ。
遺体は見つかってないんだぞ。
俺は、必ず見つけ出さねばならんのだ。」
お客さんはけむりをぷうぷう吐いて、
「だからって、キョンシーに手を出さんでも……。」
と呟いた。
キョンシー?それが、ワタシの名前なんだろうか。
「はぁ……。まだ、愛しているのか?それとも、金を持ち逃げされた復讐でもする気か?
どちらにせよ、とっととあの忌々しい死体は処分しろよ。部屋もなんだか湿っぽいじゃないか……。」
おとこの人はつくえに足を上げて、ご主人さまをにらむように見ながら言った。
ご主人さまはまたあたまをかかえた。
こんどはもっとふかく。
この二人の会わをきいても、ワタシは心うごかなかった。
ご主人さまはあんなにかなしそうなのに。
ワタシがとび回るたびに、ひびくコツコツというおとがまちの全てだった。
まどの中をこっそりみて、グがいないかさがす。
いないなあ。いないなあ。
みつけたら、ご主人はきっとよろこんでくれる。
また、だきしめてくれるかな。
それまでにれんしゅうして、お返ししたいな。
そらをとぶほうが速くうごけるけど、さがすときはこっちの方がいい。
ご主人さまはそうおしえてくれた。
あたたかそうな灯りのいえをのぞくと、そこにはだれもいない。
おかしいなぁ、そうおもっていると、
「化け物め!」
そう叫びごえがして、ぼう切れでなんどもなんどもなぐられた。
いたくはないけど、いちどケガしたらなおらないらしい。
もう、ご主人さまのやくには立てないな。
ワタシはじめんによこたわって、なぐられるままになっていた。
そのとき。
「何をする!」
ききなれた、こえ。ご主人さまだ。
ご主人さまはワタシをかばうようにだきしめて、町の人から守ってくれた。
ご主人さま、あたたかい。
ご主人さま、すき。
「骨は折れてないか!?
今日はもういいから帰ろう、な。」
ご主人さまはそう言うと、ワタシを肩にかついでおうちまでつれてかえった。
やさしい。ご主人さまは、やさしい。
もしも、グっていう人がみつかったら、ご主人さまはワタシを土にかえしてしまうかもしれない。
だから、グをみつけたら、たべちゃおう。
ご主人さまのすきなものだから、きっもおいしいよね。




