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幻獣たちの恋  作者: クインテット
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ゴーレムの恋

ある心理学者が、困ったことになっている。

仕事は仕事だから彼女はやり遂げるだろうが、何度心が折れそうに、いや、折れるだろうか。

彼女が今相対しているのは、人間ではなくゴーレムである。

彼の体は土でできていて、各パーツごとに何やら呪文が書かれている。

彼女の心の中にいる小さな彼女が頭を抱えて、どうしたものかしら、と何度も言っている。

心の外にいる大きなー目に見える163cmのー彼女は冷静に、一応お客様なのだから、事情を、と言ってメモ帳を取りに行った。


「どうされましたか。」

少し革がはげてきた椅子に座り直し、心理学者は聞いた。

魔術師というものが仕事として認められてからもう数年経つが、未だに町を歩くゴーレムを見ると小さな心理学者は跳ねてしまう。

「人の心が欲しいのです。」

ゴーレムの流暢な英語に感心しながら心理学者はメモをとった。

それを見て、えぇと、と言った。

「何故、心が欲しいんですか?」

ゴーレムは少しも言い淀むことなく、こう答えた。

「導師様が仰ったからです。」

心理学者はふんと鼻を鳴らしてペンを走らせ、もっと詳しく聞こうと決意した。

変な導師もいるもんだ。

と今までのメモの最後の行に書き足した。


ゴーレムの話は多少要約するとこういうことだった。

ゴーレムというものは、作られてから毎日少しずつ成長するものである。

その際、体が大きくなるだけでなく、精神面も成長する。

すなわち、今まで自分を操っていた導師を憎み、殺そうとするのである。

そうなっては困るので、このゴーレムの導師は、心理学者のところにでも行ってリョウシンを手に入れてこい、と言ったそうだ。

リョウシンとかいう得体の知れないものを持つのは危険と判断し、多少予習したところ、リョウシンとは人の心の1種だと分かった。

それでやっと安心してここに来たのである。


小さな心理学者は導師を憎んだ。

心とは自ら欲するものだと言うのである。

自分から心を渇望するまで、周りのものは黙って見守るべきだ、芽を摘むなとも。

この子はどうも感傷的で困る。

原寸大の心理学者は胸の辺りをドンと叩いてちびすけ心理学者を黙らせると、導師に賛同した。

自分もゴーレムも傷つかない、最良の方法ではないか。と。

それに、そもそもゴーレムを生み出したのは導師だ。

煮るなり焼くなり好きにすれば良いだろう。


「リョウシン、心、くれますか?」

ゴーレムがそう言って身を乗り出した。

肩の辺りから土がポロポロと溢れる。

彼と話すことができるのは、大きな心理学者の方だ。

「ええもちろん。」

心理学者はそう言って笑った。


それからゴーレムは心理学者の元に通いつめるようになった。

心理学者はクラシック音楽を聴かせたり、物語を読ませたりしてみるも、めざましい効果は得られない。

良く良く考えればこれは元から心があるから動かされるのであって、彼には効果をなさないようだ。

結局、一番効果があったのは心理学者の昔話を聞かせることだった。

波乱もない、恥もない。

そんな人生を聞いて面白いだろうか。

いささか疑問はあったものの、ゴーレムは大人しくそれを聞いていた。

だが、一方で小さな心理学者の方は黙ってはいない。

あの時あなたこう言ったじゃない、だの彼はスティーブンじゃなくてステファンでしょ、だのと訂正を入れてくるのだ。

何故か大きな心理学者より記憶力が良いらしい。

その声の度に心理学者は咳払いをしたり小さな声で注意したりした。

すると、さすがにゴーレムも何かおかしい、と気づいたらしく、あるかどうか視認できない太い首を傾ける。

「どうかしましたか?」

心理学者はどう答えたものか首をすくめた。

しかし、ここでごまかしてもまた何度も質問されるだけだ。

それはそれで面倒に感じ、溜め息を嚆矢に語った。

「私の心には、もう一人私がいるの。

生まれつきね。

それが嫌で嫌で、治すために猛勉強したわ。

そして悟った。

これは、不治の病だとね。

気づいたら医者になってたから、結果オーライだけど。」

ゴーレムはボローニャの石を輝かせ、心理学者を見つめた。

「あなたに似ていますか。」

心理学者はペンでこめかみをぐりぐりと押していたが、それを止めて、

「小さい頃の私にはそっくりね。」

と言う。

ゴーレムは足をバタバタとしている。

心理学者は身構えたが、少し興奮しただけらしい。


「どうだ、ココロはもらえそうか?」

導師は新たなゴーレムを作りながら、心理学者の元に通いつめているゴーレムに聞いた。

「はい、もうじき。」

ゴーレムは新しいゴーレムは何のためにいるんだろう、と考えた。

いつもはすぐに答えを弾き出せる。

だが、今日は思考回路とは別のところがそれを邪魔しているようだ。

おかしい。

「お前が失敗したときのためだよ。」

導師は事も無げに言った。

ゴーレムはそれを聞くと、腕を振り始めた。

導師はそれにも気づいていない。

導師様はおかしい。

きっと、心がないものとの触れ合いに慣れすぎているんだ。

「明日、また行ってきます。」

ゴーレムがそう言っても、もう導師は返事をしなかった。


翌日。

「あら、毎日熱心ね。」

心理学者は内外声を揃えて言った。

気づけば彼は疎ましくなくなっている。

毎日やってくる自分の話を聞いてほしいだけの連中より、よっぽど彼は真面目で彼女にとって心地好いことに気づいたのだ。

「先生の心、1つくれますか?」

ゴーレムは出し抜けに言った。

心理学者は目をパチクリとさせ、小さな心理学者も音を立てて息を吸い、両手を頬に添えた。

「えっと……。

それは、できないわね。」

心理学者の言葉に、ゴーレムは肩を落とす。

しかし、心理学者は誤魔化そうとはしなかった。

「心は人にあげるものでもないし、代わりになるものでもない。

そんな大事なものだから、あなた欲しいんじゃないの?」

患者に嘘を吐かない。

それは、彼女を診察してくれていた医師の信条だ。

あまり人気のないクリニックだったが、彼女は好きだった。

「でも、導師様は言いました。

『お前が失敗したときの代わりを作ってる』と。

心のないゴーレムは不要品です!

心が2つあるなら、1つ下さい!」

ゴーレムはまた足をばたつかせた。

昨日とは違い、床には穴が出来ている。

ゴーレムが成長した証拠だ。

時間はあまりない。

ゴーレムが焦るのも無理はなかった。

「何よ、それ……。」

心理学者はもはや自分が何を言っているかわからなくなっていた。

口が勝手に動いていたのだ。

「そんな人のために、働かなくてもいいわ。

もう帰って!」

ぼそぼそとした語気が、急に荒くなった。

ゴーレムは怯み、急いで立ち去った。

通りには誰もいない。

雨が降っているからだ。

ゴーレムは自分の体が泥になって川に流れ落ちていくところを空目した。

だが、実際は魔法で雨など弾かれていく。

どこへ帰ろう。

こんな時間に帰っても、いや、いつ帰っても、導師様はきっとこちらを見てもくれない。

それが嫌で嫌で仕方なく、何故だか足が重い。

「これが……心?」

ゴーレムはそう独りごちたものの、答えてくれる心理学者は一人としていなかった。


雨粒を眺めていた。

それにも飽きて、ようやく導師のいる家へと入っていく。

「早いじゃないか。」

導師は相変わらず土をこねている。

もう頭以外のパーツはできていた。

「導師様、それはいつ頃完成するのですか。」

導師は唇を湿して、フンと鼻を鳴らすと、

「お前の寿命に合わせてある。」

と言った。

ゴーレムはその時ついに悟った。

導師様は自分に期待してなどいなかったのだと。

ゴーレムに心なんて。

だがもし上手くいけば万々歳だ。

その程度だったのだ。

私は何号だろう。

知りたくもない。

「明日も行くといい。」

導師は薬を調合しながら言う。

「あの心理学者さんによろしく言っときなさい。」

ゴーレムは初めて思った。

やなこった、と。

自分は明日にでも崩れてしまうだろう。

それなのに、会いにいくわけにはいかない。

ゴーレムは太く成長しすぎた指で懸命にタイプライターを操作し、手紙をしたためた。


翌朝。ゴーレムは病院が開く前にポストに昨日の手紙を投函すると、どこか遠くの方へ歩いていった。

心理学者はそれを発見し、大きく溜め息を吐いた。

文面はこうだ。

「ココロ テニハイッタノデ モウ キマセン」

小さな心理学者は不思議そうにその文字列を眺めている。


心、手に入ったので、嘘、吐かないといけません。


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