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幻獣たちの恋  作者: クインテット
23/36

こくばんおばけの恋

静の学生時代、怪談が流行った。

大体において、小学校3年生くらいでこういうものにやたらと詳しくなる。

静もそのひとりだった。

いわゆる「学校の怪談」的な本を読みかじり、主要なウワサには詳しくなっていた。

では、静の学校には何かいないのか。

話は畢竟そこへと向かう。

静の読んでいた本によると、どの学校にも、必ずいるものがあるという。

それが、こくばんおばけだ。


放課後、黒板に落書きをして消さずに帰ると、深夜それが黒板から抜け出して動き出す、というものだ。

また、円を描いておくとそこが異次元に繋がる、とも噂される。

静はそれならここにもいるのではないか、と言った。

しかし、放課後どれだけ落書きをしたところで一日の仕事を終え教室の様子を見に来るーいじめやいたずら防止らしいー教師に消されるのが関の山だ。

そのうえ、犯人がバレてしまえば怒られること必須。

そんな面倒なことをするくらいなら、もっと手軽でポピュラーな。

そう、トイレの花子さんなんかに心は向くのだった。

同じように怪談が好きな友達からもまるで相手にされない。

それで静はむきになって、学校に忍び込むことを計画した。


塾の自習室に行く、と言って、夕方家を飛び出した。

背中のリュックにはもちろん教科書の類いなど1つもなく、父の部屋からくすねてきたカメラが入っている。

静たちの担任は気さくな人で、一日の仕事のスケジュールをほとんど言ってしまっていた。

もしかしたら、教師という仕事に関心をもってほしかったのかもしれない。

それが今、裏目に出ているのだが。


静は薄暗い校舎を見上げた。

恐らくまだ教頭や何人かの教師は残っているのだろう。

しかし、田舎の学校ということもあり、駐車場の車はまばらだった。

帰るのに時間がかかるから、この学校に赴任して先生は早く帰れるようになったよ。

まあ、家に着く時間は前と変わらんがな!

そう、担任が笑い飛ばしていた。

静は職員室前を通らないようにしながら、階段を上っていく。

屋上へと続く階段で屈んだ。

屋上は閉鎖されている。

それは周知の事実だから、誰も見回りには来ない。

しかも下からは死角になるので、発見されにくいと踏んだのだ。


職務の怠慢が奇跡を生み、教頭を退けた。

彼は懐中電灯を持って教室の電気や鍵を点検していった。

重大事件に気づかずに。

教頭が乗っている外車の独特なエンジン音を合図に、静は教室を目指した。

3年4組。

ここにはーここに限らないかもしれないがー鍵なしで教室に入れる裏ワザがある。

それは、教室の下の小窓。

ここは生徒によって鍵が開けっぱなしにしてあるうえ、教師はいちいちチェックしない。

うっかり忘れ物をした時、ここから入れば怒られないし楽なのだ。

静は周囲を確認し、小窓を開けて教室に滑り込んだ。


いつもと同じ場所が薄暗く、やけに静かだ。

それが少女を不安にさせた。

今までは冒険が与える高揚が不安を見えないようにしていたのが、静寂により取っ払われてしまった。

静は身震いする。

誰かにそれを見られている気がする。

振り返った。

誰もいない。

静は溜め息を吐くと、黒板の前に立ち、白のチョークをそっと立てた。

でも困った。

何を書くか、全く考えていない。

ひとまず、出てきても無害そうなチューリップを一輪描いて、父のカメラを黒板が写るようにセットした。

これで翌朝、何か写っていたら儲けものである。


静はベッドの上でたっぷり反省し、青ざめた顔で翌朝登校した。

まずいことをした。

絶対に怒られる。

だが、案外誰も気がついていなかった。

物陰に置いたからかもしれない。

大騒ぎして結局写っていなかったら嫌なので、静はこっそりカメラをてさげぶくろにしまうと、家で確認することにした。

机に両手で頬杖をついて数秒。

異変に気がついた。

教卓の上の花瓶に、一輪のチューリップが咲いている。

そんなはずはない。

今は9月なのだから。

造花か何かだろうか。

静がそれに近づき触れると、どうも触感が妙だ。

さらさらとしているのに、指にまとわりつく感じ。

思わず触った指を見ると、

「チョーク?」

ピンクのチョークの粉がついていた。

まさかと思いしゃがんでチューリップの花弁の下を見てみると、不自然にえぐれている。

消えたのだ。

静は叫びそうになるのをこらえて、その日は誰よりも早く家に帰った。


カメラを確認してみると、やはり、黒板の絵が次第に消えて、花瓶にチューリップが刺さっていく様子が写っていた。

夢に違いない。

そうだ、あんなにうまくいくはずがない。

学校に侵入して、誰にも気づかれなくて、実験も上手くいくなんて。

きっと、ウソだ。

そんなことがあるはずがない。


静はそれ以来怪談を語らなくなった。

友達は不思議に思ったが、よそよそしいわけでもないので特に気にしなかった。

静はあの件を、誰にも言う気にならない。

言えば事が大きくなるのは分かっている。

チューリップは不自然な赤を保ったまま咲いていた。


それから時は流れ、静は中学生になった。

こくばんおばけのことなど忘れかけていた。

しかし、ある時、不意に蘇ってくる。

あの、赤いチューリップが。

それは、決まって静が恋人を欲しがる時だ。

この年にもなるとなんだが恋人がいないと負けな気がする。

そんな、くだらない見栄ではあるのだが。

静は時々思う。

黒板に予想の男の子を描けば、私にも彼氏ができるのではないか。

上手いくかは分からないし、とんでもない化け物が生まれる可能性もある。

それでも、静は漠然と計画を立てていた。


暗い校舎、超然と響く水滴の音。

また、やってしまった。

静は誰もいない校舎の中。

もっと言えば、教室の黒板の前にいる。

ここまでくればままよ。

と、静は頑張って自分の理想の恋人を描いた。

絵心はお世辞にもあるとは言えない。

それでも、懸命だった。

完成して手直ししようとしていると、警備員のものらしき足音がして静は慌てて学校から逃げ出した。

当然母からも帰りが遅いと怒られた。

しかし、まだ後悔はしていない。

成功していれば、私にも恋人ができるだから。


翌朝。

登校してみたものの、落書きも男もない。

やっぱり、あれはただの偶然だったんだ。

静がそう思っていると、

「おはよう。」

と声をかけられた。

見上げると、見知らぬ、いや、昨日黒板に描いた男の子がいたのだ!

静は驚いて口をぱくぱくさせていたが、男の子は素知らぬ顔で静と話を始める。

チョークだからか肌は驚くほど白く、髪はたまたまあった茶色で塗ったためか不良に見えるほど明るい色をしている。

そのうえ目は青い。

少しカラフルにしすぎたかもしれない。

静はそう思いつつ、周りを見渡した。

静以外はこの状況を不思議に思ってはいないらしい。

人がひとり増えているというのに。


静はその少年と一緒に帰った。

そういえば、家はどこなんだろう。

あるはずもないような。

静は何も言えないまま黙って歩いた。

少年を気を使ってか何も言わない。

「あの、ごめんね。名前って……。」

学校からしばらく歩いて、ようやく静は切り出した。

少年は怒ったりせず、ただ微笑んでいる。

「好きに呼んで。」

少年はそれだけ言った。

静はその答えに少し困って、少年の肩を叩いて別の話題を切りだそうとした。

「触っちゃダメ!」

少年は大声をあげて飛び退く。

静は変な姿勢のまま立ち尽くしている。

「消えちゃうよ?」

少年はそう切なげに笑った。

どうやら、彼も事情を知っているらしい。

静はまごまごと口を動かしながらも、何とか少年の隣を歩いた。

少年は静を家まで送ると、どこかへ歩き去ってしまう。

静はその後ろ姿を二階の窓からこっそり見つめている。


少年と静は普通の恋人と同じように過ごしていた。

触れられないという制約はあれど、それほど気にならなかった。

だが、ある日の放課後、ザーッと雨が降り始めたのだ。

天気予報では晴れといっていたのに。

対策をしていた人は少なかったらしく、皆教室に残るか走って帰るかの二択を強いられていた。

静たちは、当然残るしかない。

もし雨の中を歩いてしまえば、少年はたちまち溶けて消えてしまうだろう。

「雨、やまないね。」

少年は窓の外を見ながら言う。

走って帰ったのか図書室にでも行ったのか、教室には二人しかいなかった。

「そだね。あ!そうだ!うたろう!

あなたの名前!うたろうにするね!」

少年、うたろうは静を見つめると、やにわに笑い出した。

「もう!雨に太郎って書いて雨太郎!

ずっと考えてたんだよ、名前!」

静の説明を聞きながら、雨太郎はどんどん笑いのツボへとはまっていく。

雨が僕を消し去ってしまうのに、それを名前にするなんて。

どうして僕を生み出したんだ!?

なんて心の中で突っ込むと、余計に。

笑けてきてしまう。


雨が止むと、二人はようやく連れ立って歩き始めた。

まだ雨の匂いがする小道は、どこか愛しい。

雨太郎もこんな日は初めてのようで、鼻歌を歌っている。

「静は雨、好きなの?」

雨太郎は楽しさの延長線上にこの質問を置いた。

「好きだよ。」

静も隣をスキップしながら答える。

「僕も好き。」

雨太郎はそう言って笑う。

静は、雨太郎を描いて良かったと心から思った。

最初は単純な見栄だったけれど、今はそれはどうでもいい。

恋人がいることがダサいと言われても、雨太郎と一緒にいる。

静は雨太郎の横で、何も言わずにそう決めていた。


電線は、雨粒をまとって光っている。

雨上がり、それが落ちてくることはままあるだろう。

それが、雨太郎を直撃することも。

ままあってはならないことなのだが。

大きな水滴は雨太郎を貫いた。

「雨太郎?」

静が駆け寄って声をかける。

「時間切れ、みたいだ。」

雨太郎は、静かに溶け始め、やがて、見えなくなった。

チョークが水に濡れたあの独特な匂いだけがそこに残って、静は震えながら家に逃げ帰った。


ある月夜。

といっても、外では無音のまま雨が降っていて、月は見えないのだが。

そんな中、黒板をチョークが叩く音が断続的に聞こえる。

教室の中にはスーツ姿の女性。

どうやらここの教員のようだ。

女性はチョークを置くと、適当な机に座って黒板をぼうっと眺めている。

黒板には男性の全身画。


深夜0時を告げるアラームが鳴った。

それと同時に、黒板の絵が動き始める。

そして、ゆっくりと黒板の外に出て来始めた。

「静、俺を呼ぶってことは、寂しくなったの?」

男はそう悪戯っぽく笑う。

「そんなところかな。

今度は私が守るからさ。

ちゃんと、一緒にいてよ。」

静はそう微笑んで、一つ多く描いた手をぎゅっと握った。

手は静の手の中で粉となって消えてしまったが、同時に雨太郎の温もりもまた、静の手の中にある。

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