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幻獣たちの恋  作者: クインテット
20/36

カカシュの恋

カカシュは私の創作獣です。

同名、似たような名前のキャラクター等がいても、当方とは関係ありません。

また、作中に出てくる書籍のタイトル、地名は

フィクションです。

「これで、いいだろうね。」

スナーフ、農夫はそう言って釘を刺した。

2つの意味でだ。

まずひとつ、妻に。

スナーフの妻、ミディは熟考型で、後になっていつも物事の欠点を思いつくのだった。

スナーフはそんな妻を嫌うことはなかったが、煩わしいと思っている。

できれば、その時に言って欲しいものだ。

そしてもうひとつ。地面に。

正確に言うと、地面に埋められた木箱に、だ。

地面に埋めた空箱に支えを刺すことで、モグラが闇雲に地面を掘り、彼がいる真下を掘ってしまうことを防いでいる。

そうしまければ、彼はたちまち倒れてしまうだろうから。

ようするに彼は、地面に埋まっていながら宙ぶらりんだ。

支えとなる足は木箱に据えられた木枠にはまっている。

だから底面はどこにも接していない。

「悪くないだろうね。」

ミディが言う。

怪物カカシュはこうして生まれた。


ミディは死ぬ間際になって自身の畑にこしらえた案山子の恐ろしさに気づいたが、その時にはスナーフはもういなかった。


道の真ん中に空き缶が転がっている。

ステューはもの珍しげにそれを拾って、また投げ捨てた。

ここはごみごみした路地裏ではない。

この街のメイン通りだ。

だから珍しかったのである。

ステューはそれから缶を道の端に蹴りどけながら歩く。

缶は次々凹んでいった。

道の端にひっそりと転がっている空き缶。

青い紙ー以前は商品の説明書きや美しいイラストがあったに違いないーの貼られた金属製のものだ。

それは無惨にもくの字型にえぐれたようにへこみ、以前の姿のかけらもない。


翌日、ペイル・ステュー氏(23)の変死体が発見された。

何者かに殴打されたらしく、損傷が激しかったので身元の特定には時間がかかったが、何故か体の上に置かれていた戸籍謄本によってステュー氏であることが分かった。

警察は、殺人事件とみて捜査をすすめている。


あぜ道の最中、白いものが目を引いている。

子墨(ズモー)は猫車を押して歩いていたが、立ち止まって猫車を半身で避け、それに近づいた。

見ると、タバコである。

「おおっ!」

こんな田舎にタバコとは珍しい。

ここいらではタバコは高価なのだ。

子墨は火打ち石やその類を持っていないので仕方なく袖口で軽く拭ってから口にくわえた。

うん、美味い。

これは上物だぞー。

子墨はひとしきりタバコを味わうと、あぜ道の下に投げ捨てた。


11/23、(ちん) 子墨氏の遺体が発見された。

彼は自分の畑で採れた作物を街の市場で売った帰りに、崖から滑落したとみられている。

子墨氏の膝下は濡れており、これによって足を滑らせたようである。


「これが、例の……。」

(とおる)は息を飲んだ。

語り継がれてきた伝説の怪物、カカシュが目の前にいるのである。

それは一見普通のカカシのように見える。

だがそうではないのだとか。

一部のオカルト好きに絶大な人気を誇る幻想生物。

それが、このカカシュだった。

亨は、生々しい生物よりも、こういう一見命などないように見えるものが好きだ。

その方がえもいえぬ怪しさ、恐ろしさがある。

恋人の優美に告げて外国まで来たのもそういうわけだ。

亨の左手には500円の本がある。

タイトルは「世界幻想生物案内」。

この中に、カカシュに関する記述があるのだ。

それはこういうものだ。


「カカシュはドイツ北西の元畑に立っている。

一見無害なゴミの寄せ集めでできたカカシだが、実はそうではない。

カカシュは恐ろしい能力を持っている。

それは、『世界のどこかにゴミを出現させ、それに関わった人間を殺す』というものだ。

この怪物が関わっているとみられる変死事件は古今東西にあり、現在もカカシュと見られるカカシが立っている。」


先程の本には詳細な地図が載っていたため、亨はここに辿り着くことができた。

この怪物の正体を何とか確かめたい。

それが亨の目的だった。

カカシュよりも存在が確定している幻想生物はいない。

亨はもう1冊の本をリュックから取り出した。

そこにはこうある。


「カカシュは、昔ある農夫によって作られたと考えられている。

実はカカシュは特殊な方法で取りつけられていて、それが特殊な力の源なのではないかと言う学者もいた。

彼いわく、地中に奇妙な箱があったらしいが……。

残念ながら彼はそれ以上のことを何も語らなかった。」


亨は額に汗が流れるのを雑に拭いて、一歩一歩止まりながらカカシュに近づいていった。

そのかたわら、頭につけてあるビデオカメラを起動する。

これで証拠が残るだろう。

たっぷりと時間をかけ、カカシュの目の前に来た。

「うっ……!?」

亨は思わず込み上げてくる吐き気に必死に耐えた。

とてつもない腐臭がする。

「なんだ、この匂いは……。

今まで、経験したことのない、

腐臭が……腐乱臭がする。」

カメラに対して喋るも、あまりの匂いに目を開けていられない。

ガスのようなものが出ているのだろうか。

ともかく亨は、念のため持ってきておいた防塵マスクとゴーグルをつけて、カカシュ本体を傷つけないように慎重に掘り始めた。

それでも、涙が止まらない。

ゴーグルの中にしょっぱい水が溜まっていく。

亨は早く帰りたい気持ちが強くなっていったが、掘れば掘るほど匂いはキツくなっていく。

何もなしでは帰れない。

いや、でもなぁ。

亨はあれこれ逡巡しながらも、手は止めなかった。

亨の頭は、その実好奇心でほとんど占められていたのだ。


亨の指先が、何やら固いものに触れた。

どうやらこれが件の箱らしい。

終わりが見えたことに安堵しながらも、匂いの発生源がこの箱らしいことが分かると、一瞬首をもたげたやる気がみるみる萎えていく。

これ、今から開けるんだよな。

亨は一瞬カカシュを見上げた。

しかしそれは普通のカカシのように、何の変化もない。

亨は溜め息を吐いて周りの土も掘っていく。

予想よりも随分大きな箱で、1.5m四方はありそうだ。

亨はひとまず蓋を開けられるだけの量の土をかきだすと、そっと両手をかけた。

ごくっ、と唾を飲む音がやけに鮮明に聞こえる。

ありったけの力をこめて一気に蓋を開けた。

「ぎゃあああああああああ!」

亨は叫ばざるを得なかった。

そこにあったのは、カカシュの足ーカシの木の棒ーではなく、尋常ではない数のヒルの巣だった!

しかも、通常のヒルより何倍も大きい。

それが幾重にも蠢き、巨大生物の内蔵のように見える。

実は、スナーフ夫妻が使ったこの箱は、ミンチ肉を香辛料に漬けて保管していた箱だった。

中身を食べ尽くしたので、それを使ってカカシを立てようとしたのだ。

しかし、ミンチともなればある程度箱に肉は残る。

しかも香辛料によって鮮度が保たれたのか、ヒルが群がり……。

こんな状態になったのだろう。

怪物カカシュは捨てられたものたちの怨念の因果なのかもしれない。

亨はその光景を見ながら倒れることもできなかった。

何故か体がぴくりともしない。

目が釘付けになっている。

閉じようにも、瞼は痙攣して止まない。

亨はもう一度叫びそうになった。

が、その瞬間のこと。

カカシュも、その木箱も、跡形もなく消えてしまった。

亨はその目を疑った。

しかし、現にその目の前には何もない。

ヒルもいない、あの不気味なゴミ人形もいない。

亨はとうとう気絶することに成功した。


亨は日本の病院のベッドの上で目を覚ました。

夢かもしれない。

それにしても、僕はどうしてここに?

亨は周りを見回したが、ヒントになるものは何もない。

大人しく天井を見上げる。

夢か。世紀の大発見だと思ったのにな。

もしかしたら、僕は怪物退治をしたかもしれないってのに……。

亨は心の中でぼやきながら、鼻で細く溜め息をついた。

まどろみかける。

穏やかな時間だ。

少しずつ世界が白んでいき……。

ガバッ!と身を起こした。

「そうだ、カメラ……。」

亨はベッド脇の机の上にあったリュックからカメラを引っ張り出し、ガチャガチャと中の映像を確認した。

幸いにも映像が残っている。

早回しで全部見た。

やはり、カカシュは突然消えている。

一体、どういうことなんだ?

亨は数度瞬きしたが、何も分からなかった。


美樹は、通勤途中、道にコーヒーの空きカップが落ちているのを見つけた。

この辺りはカフェなんてないはずなのに変だなぁ。

美樹はそう思ったものの、特に何も警戒せずそれを拾い上げる。

流行りものほど捨てられるのよね。

美樹はそう思いながら、最寄りのゴミ箱の中にひょいと捨てた。

そのまま歩きだそうとした時、ドンっと背の高い外国人とぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい。」

見上げると、彼は随分古めかしい格好をしている。

顔つきから想像するに、恐らくドイツかそこらの男であろう。

「いや……。助かったよ、足が痒くてたまらんかった。」

男は妙なことを言う。

だが、日本語の発音も拙いので、何か別の言葉と勘違いしているのだろう。

そんなふうに美樹は思った。

「あの、この後お茶でも。」

「えっ、いえ、私はこれから仕事なので……。」

男の突然の申し出に美樹はたじろいだ。

それでも男は食い下がる。

「じゃあ、終わったあとでいいです。

この喫茶店で待ってますから。」

男はそう言い、紙切れに何やら書いてよこした。

美樹は不審に思いながらも、いくらか好奇心があった。

「分かりました。あの、お名前は?」

「ヴィンシュです。」

男はそう言うと、歩きづらそうに去っていった。

美樹は仕事中逡巡したものの、ヴィンシュの誘いを受けた。

それが今の美樹の夫である。

彼は農夫をしている。

少し優順不断だが、ものを大事にすることに関して、すごくうるさいのだと、例の喫茶店で美樹は愚痴るのだった。


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