第四章 必修科目(1)
■第四章 必修科目
惑星オウミへの前回の訪問のことを考えていて、ふと、ひどい目に遭ったことを思い出した。
ロックウェル連合のスパイにさらわれそうになったのだった。
結局、そのあとで地球でさらわれてしまったんだから、ここで命からがら逃げ延びたことは何の意味もなかったんだけれど。
いや、全く無意味でもなかった。
浦野のおかげであの時は命拾いしたんだった。 浦野が一緒の時に捕まったから助かった。
そんなことも忘れて、全部自分の責任で、自分の弱さが誰かを傷つけるのが嫌だなんてひねてた僕は、今考えてみればあまりに滑稽だ。
いつも誰かに助けられていたのに。
というのはもちろん本音ではあるんだけど、ここで危険に備えて、なんて言って高校生三人を同行させるわけにはいかなかった。
アンドリュー・アップルヤードとの面会。
アポイントメントなしの突然の訪問。
顔見知りの僕とセレーナだけしか通されないだろう。
それだったら、三人には連絡要員として船に残っていてもらった方が良い。
僕ら二人に何かが起きたとき、ドルフィン号を駆って僕らを助けるのは彼らの役目だ。
そんな考えを説明すると、三人は素直に従った。
面倒を起こさないよう、目立つマジック船はあえて郊外のさびれた場所に滑空で降ろした。どうせ何かあれば、数分とかからずこのマジック船はどこへでも駆け付けることができるんだ。
地下鉄の駅に向かう。
改札を通り抜ける前に、一度、手前の決済スタンドに僕のIDをおそるおそるかざしてみる。
表示された情報は、ラウリ・マービン。信用余力三千五百万クレジット。旅券同行者、四名。いずれもマービン一族に迎え入れられた孤児たち。念のため、同じ情報はマービン本人のIDにもコピーしてある。
僕とセレーナは、その情報で、地下鉄に乗り込んだ。
「それで、何を考えているの? アンドリューに会って」
セレーナが口を開く。きっとほかの三人がいなければ僕が何かしゃべるかもしれないと思ったのだろう。
「まだとっかかりにすぎないんだけど……ジーニー・ルカの秘密を知りたい」
「分かってる。けれど、どうしてアンドリューなの?」
それこそ僕の『直感』なんだけど、と前置きして、
「ジーニー・ルカは『お答えできません』と言ったんだ。彼自身は知ってるんだよ、秘密を」
「だったらジーニーを問い詰めれば済む話よ」
「それが答えられない。答えてはならない。答えることを制限されている、そう考えられないか」
「……ま、確かにそうね」
少し考えてからうなずいたセレーナに合わせて僕もうなずく。
「仮にも人類最大の発明にも近い知の魔人だ。その機能の一部を隠すことにどんな意味があるだろう」
僕が言うと、セレーナも考え込む。
「……そうね、あなた流の陰謀論でよければ」
「ぜひ」
僕は笑って先を促した。
「その機能はとても危険なんじゃないかしら。人類にとって。だから、機能を封じた。誰も使えないように」
「……いいね」
僕が言うと、セレーナはほほを膨らませる。
「馬鹿げてるわ。だったら最初からそんな機能を作りこまなければいいじゃない。危険と分かってからでも設計を変えればいいじゃない」
「うん、それも君の言うとおり」
セレーナの言うことは確かに正しい。
もし危険な機能があるのなら、設計から外せばいい。
わざわざ残したまま、誰かが偶然に引き金を引いてしまうのを待つ必要はない。
……そう、たぶんこの僕が意図せずにどこかで引き金を引いてしまったように。
「だからこそ、これは歴史問題だと直感したんだ。純粋技術上は当然、危険な機能は外してしかるべきなのに、そんな措置が取られなかった。誰かの意図が入っている。誰が、どんな理由で。それを知ることが、第一歩だと思った」
僕が言うと、セレーナは、ふうん、と唸る。
「なるほど。あなたが単に愛しのアンドリューに会いたいがために歴史問題をでっち上げてるのじゃないことだけは、分かったわ」
「ば、馬鹿なこと言わないで、僕は僕の歴史マニア的趣味よりも君の国のことを大切だと思ってるよ!」
あわてて反論する僕の顔はきっと真っ赤だっただろう。
そんな僕をみて、セレーナは声をあげて笑った。
「ごめんごめん。ジュンイチも変わったわね。どこかの小国のもめごとなんて知ったことか、なんて言ってたのが懐かしいわ」
「ま、まだあのこと覚えてるのかよ、あの時は君の言うエミリアがあのエミリアだなんて知らなくて……いい加減に忘れてよ」
「忘れやしないわ。あなたが、私の騎士として私を守ると誓ってくれた時のことだもの」
僕だって忘れない。
彼女の手を取って、誓いの握手をしたときのこと。
だけど、面と向かって指摘されると、恥ずかしくて、僕の顔は赤みを五割ほど増している。
「ふふ、顔真っ赤にしちゃって」
「してない!」
僕はセレーナから顔をそむけて抵抗した。




