第三章 本当の旅立ち(4)
ラウリ・ラウティオとその持ち船は、痕跡を宇宙中にふりまきながら、アンビリア領内を、続けて、ロックウェル領内を突き進んだ。
どこでも止められることはなかった。
しかし、僕は、その臭いIDが宇宙に痕跡を残していることが我慢できなくなった。
他の四人がそれぞれに休んでいる間に、ジーニー・ルカとそのことを話し合った。
この船が、そもそもこの宇宙に存在できないように見せかけられないか、と。
最初、ジーニー・ルカは、即答で不可能と言った。
それはもちろん不可能なのだろう。
だけど、たとえば、宇宙船が何らかの施設を利用する瞬間はもちろん存在するのだけれど、それが終わったとたんに、誰がどんなふうに検索してもこの船の行方を突き止められないようなことはできないか、と考えた。
宇宙船や個人の行先を突き止める事には、たくさんのシステムがかかわっている。
船に関して言えば、まず何をおいてもカノン航行システムだ。
どんな船も、カノンの投擲なしに星間距離を旅行することはできない。
カノンの利用記録を見れば、たちどころに船の所在はばれる。
だが、地球の星間カノン基地への侵入でも分かる通り、カノンの管理システム自体は、まだジーニー・ルカの攻撃に対応できていない。
そこを突破口に、全宇宙のカノン航跡検索システムをだますような手が打てるのではないか。
やがて相談にはマービンも参加した。
情報をゼロにしようとするからだめなのです、と彼は言う。どんな情報も痕跡をゼロにすることはできない。
臭いが気になる時は香水を振りかけるように、鼻がもげるほどの悪臭を放てば、誰も近づいてこないでしょう、と。
すぐに面白がってセレーナが参加した。
あらゆる検索システムが、嫌がるような臭いをさせればいいんでしょう、と言う。簡単に言うものだけれど、そんな臭いがあるものだろうか。
馬鹿馬鹿しいとは思ったが、僕は、ジーニー・ルカに、そんな臭い、つまり、特定の情報パターンがないか、推測させた。
ジーニー・ルカは答えた。
カノン航跡の検索に使われているクライアントシステムは四十二万六百十一種類、その内、固定長バッファを持つシステムは三十万以上に及び、このバッファサイズ以上の検索結果を返すようなダミーデータを仕込むことが有効だと。
残り十万ほどのシステムに対して、さらに弱点がないかを探すように命じると、ジーニーらしからぬ沈黙を挟んで、彼は答えた。
ある特定の四万ビット強のビット列に対してすべてのシステムが復号エラーとなる、と。
通常の手段では入力不可能なそのビット列は、特定の結節に侵入すればセキュリティの隙をついてカノン航跡システムに入力が可能だと。
一度入力したビット列はレコードの一部に残り続けるため、その後、いくら航跡情報が追加入力されても、必ずそのデータを読み込んだシステムはエラーを返す。少なくとも、検索をされたときにこの船の情報は結果に含められることはない。
いくつかの高価な資料を(ラウリに移し替えたセレーナの信用余力で)取り寄せて調べてみると、おおむねその理屈は正しそうな気がした。あとは、その『ビット列』とやらが、ジーニー・ルカの推論通り、すべてのシステムに対してクリティカルなものかどうか、そこに賭けるだけだ。
慎重を期して、最後のジャンプ、惑星オウミに向かう最後のジャンプの時にそのごまかしを起動した。
カノンジャンプは問題なく行われ、僕らは惑星オウミの近辺にいた。
セキュリティの弱い検索システムに侵入して、惑星オウミ近辺へのジャンプ記録を検索してみても、この船の情報は出なかった。
この船の航跡を直接検索すると、検索結果はエラーとなり、最後のキャッシュ情報として、惑星オウミの一つ手前の中継カノン基地に留まっている、と、結果を表示した。
ジーニー・ルカの力で、僕らが強力な情報シールドを手に入れた瞬間だった。
恐るべき情報の巨人。
それは、ジーニーすべてがそうなのか。
ジーニー・ルカだけがそうなのか。
そのどちらであるかを、僕は知らなければならない。
ジーニー・ルカの力を使って戦うために。
ジーニーすべてがこんな可能性を秘めているのなら、おそらく個人船に乗ったちっぽけなジーニーはいずれ容易く制圧されるだろう。
ジーニー・ルカだけの異常なのだったら、これは強力な武器だ。
とても不安定な武器だけれど。
その謎を、これから解かなければならない。ジーニーの歴史をひもとくことによって。
その結び目の発端となるであろう惑星オウミは、もう目の前に青々とした姿を見せ始めていた。




