第三章 本当の旅立ち(2)
「で? 結局お前ら何してんの」
乗り込んできた毛利とマービンに一通り経緯と目的を説明したところで毛利の口から出てきた言葉はこれだった。僕はさすがにがっくりと肩を落とす。
「説明しただろ、エミリアが不正をやってる、ロックウェルと新連合はそれを糾弾して、セレーナも捕まえた。僕らがそれを助け出して、これから、エミリアの不正をやっていた貴族どもを懲らしめる」
「で、誰が敵なんだって?」
「宇宙全部!」
僕が叫ぶように、ありとあらゆる利害関係を抜きにしてシンプルに説明すると、ようやく毛利は得心したようににやっと笑った。
「なんだよ、最初からそう言えよ。ええ? 五人対五百億人の大戦争ってわけだ、一人百億人相手にすりゃいいってわけだな」
「ふふっ、状況は多少不利なようですけど」
毛利の軽口に、マービンも乗って笑っている。
「笑ってる場合かよ、こっちは高校生が五人だ」
「そのうち一人は王女様。もう一人は王女様を傷つけられたと怒って眉一つ動かさず惑星一つを滅ぼせる従者。負ける気がしねーな」
「お前までそれかよ……勘弁してくれよ、あれは本当に僕の間違いだったって」
「分かってますよ、でも、だからこそ、私たちは大崎君をとても頼りにしているのです。もちろん、大崎君が道を間違いそうになったら、私たちが全力で引き戻します。だから、大崎君は何も気にせず自分の力を振るえばよいのですよ」
マービンの言葉に、僕はとても心が熱くなる。
そうとも、彼らがいれば、僕一人の過ちはいつでも帳消しにできる。
僕は、みんなを守ることに全力を尽くせばいい。
「で、エミリアの貴族どもを懲らしめるんだろう。前にやったように大崎がエミリア中のエネルギー源を手中に収めて、全部ぶっ飛ばすぞ、と脅しをかけりゃいいわけか」
「そんなに単純に行くとは思えない」
今までの戦いは、完全に非対称な戦いだった。
言ってみれば、僕に圧倒的に有利な条件が常にそろっていた。
相手がジーニーの情報伝播攻撃の不意打ちを受けるような状況だ。
相手のジーニーが万全の状態で迎え撃ったとき、それを打ち破れる自信はない。
……僕の言葉に魔力がある、ということを、科学的に説明できない限り。
「――ジーニーに精通した科学者が防御を固めれば、たぶん、ジーニー・ルカがそれを打ち破るのは無理だ。エミリアにだって、おそらく、巨人のようなジーニーがいる。単純な処理能力で勝てないかもしれない。加えて、そんな至近距離で情報戦をしているうちに、戦艦に物理的に囲まれてしまったらおしまいだ」
「おいおい、じゃあどうするんだよ」
「まずそれを考えたいんだ。ジーニーの本当の力を、僕が正しく理解したい。それから、どこかに突破口を見つけるために、また旅をしなければならないかもしれない。もしかすると一生かけてもそれは見つけられないかもしれない。……それでも毛利もマービンも、本当に来るかい?」
僕が言うと、
「なんだ、そんなことか。大丈夫大丈夫、すぐ見つかるって。俺らがついてんだ、なあ?」
「ま、流れ上、そうですよ、と言っておかなきゃならないでしょうね」
毛利もマービンも、気安くそう言って、笑った。
良い友達だな。
そんなものは見つからないかもしれない、そう思っていても、僕のために力を貸してくれると、そういう意味なのだ。
全宇宙を敵に回しても。
僕が、たったそれだけの決断をするのに、長く長く悩んで、何十滴という浦野の涙を必要としたのに。
「……ありがとう」
僕が言うと、
「ばーか、お前のためじゃねえよ。俺らの友達にして誇り高き王女様、セレーナ殿下のためだ」
毛利は照れ隠しか、そう言った。
「よく言ったわ、レオン。それから、ヨージロー。あなたたちを、ジュンイチに並ぶ我が騎士として列しましょう。かしずきなさい、そして忠誠を誓いなさい」
セレーナの言葉に、毛利もマービンも、さっとひざまずく。
「この命は殿下のために」
「同じく」
「命まではいらないわ、しばらく顔貸しなさい」
セレーナが言うと、二人はそろって吹き出し、つられるようにセレーナも笑った。いつの間にか僕も笑っていた。
「あのう、じゃああたしも、騎士様に」
「トモミは、騎士って感じじゃないわねえ。侍女なんてどうかしら」
浦野のエミリア侍女姿を思い浮かべて、僕はまた吹き出した。あのメイド服風の侍女の制服が、浦野に似合うかなあ。
「あー、大崎君、なんか失礼な想像したでしょーう」
「そ、そんなことないよ、浦野の侍女姿は、それはもうかわいいだろうね」
「やっぱりだー! いじわる!」
浦野がぷくっと膨れて向こうを向いた。
その時、小さなアラーム音。
「セレーナ王女、通信です」
「来たわね、回線開いて」
いよいよ、ここから戦いが始まるのだ。
***
ドルフィン号は、宇宙に漕ぎ出すために、地球の星間カノン基地に向かっている。
到着までせいぜい残り三十分という距離。
通信に中断されたのは、そんな位置だった。
回線の向こうからの声は言った。
『こちらは、アンビリア警備艇団、旗艦マレーネ。船主と使用者を明らかにせよ』
「船主も使用者も、エミリア王国第一王女セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティよ」
窓の外、遠くに小さな点が、よく見れば見えるような気がする。
拡大パネルを見てみると、それは確かに、警備艇団。
しかし、構成している船は、どう見ても、正規宇宙戦艦だ。警備艇なんてとんでもない。
それが六隻。その周りに護衛艦がたくさん。つまり、宇宙艦隊の行動単位丸々が僕らの行く手をふさいでいるのだ。
これは参った。
アンビリアじゃない。こいつら、ロックウェルだ。
セレーナ一人のために、宇宙艦隊まで地球近辺に配備していたのだ。相当の本気を認めざるを得まい。
『……確認しました。アンビリア共和国への入国制限がございます。新連合国内へ引き返してください』
相手の声が淡々と告げる。
「嫌だと言ったら?」
『不本意ではございますが、本警備艇団は貴船を拿捕する準備がございます』
「……だそうよ?」
セレーナは送話を止めて、通信席からこちらを振り向いた。
「……僕に聞くまでもないだろう?」
何と奴らに返してやるか、くらい。
「ふふっ、そうね」
セレーナは通信パネルに視線を戻し、送話を再開した。
「道を開けなさい、アンビリア。私の行く先を遮るのなら我がエミリア王国からの報いを受けるわよ」
うわあ。そこまで言えとは言ってないけど。
「ジーニー・ルカ。警備艇団の指揮系統を調べて」
僕は小声でジーニー・ルカに指示を出す。
『無用な脅しはおやめください、殿下。手荒なことはしたくありません』
「四つの指揮系統が冗長構成をとっています」
ジーニー・ルカも察したか、小声で僕に結果を伝える。
「結節点は?」
「三十二です」
「三十一の結節点の侵入パスコードを推測、同時に制圧し、毎秒百兆ビットの無意味なデータを僕がストップをかけるまで連続でぶち込め。残り一つは同じように侵入後、武装解除の信号を」
「武装解除の暗号コードが分かりません」
「それも直感で推測しろ」
僕は無茶苦茶なオーダーをしている。こんなことが常識でまかり通るわけがない。しかし――。
「かしこまりました」
そのオーダーを、ジーニー・ルカは受け入れた。
「エミリアの力をなめないことよ。エミリア王女には魔法が使えるの」
セレーナは通信相手に向かってとんでもないことを吹いている。失敗したらめちゃくちゃかっこ悪いぞ、それ。
『致し方ございません。拿捕の手続きを開始します』
「ならば、後悔なさい」
冷たい声で言いきって、セレーナは通信回路を閉じ、僕に振り向いた。
「これでいいのよね?」
自信にあふれた笑顔で僕に問いかける。
「……たぶん」
僕が自信無げに答えたとき、
「ジュンイチ様、準備整いました」
ジーニー・ルカがレポートした。
何という速さだ。
直感による推論は、何かまったく違う仕組みで動いているということは分かっていても、これほどに速いと、驚くしかない。
「ジーニー・ルカ、やれ!」
僕が命じるや否や。
目の前の宇宙戦艦と護衛艦が一斉に火を噴いた。
正確には、あらゆる弾丸を空中に放り投げて、自壊させたのだ。
艦列はバラバラに乱れ、右往左往が始まっている。
「……ジーニー・ルカ、もういい」
なんてことだ。
僕はたったいくつかの単語を並べてオーダーをするだけで、宇宙艦隊を破れる。
こんなことが可能だなんて。
「……ははっ、やっぱりな。お前、強すぎ」
毛利が僕の後ろで笑いを漏らした。
「非常識ではありますが、現実にできているのを見ると信じざるを得ませんね」
「だな。これで俺らは宇宙の誰にも負けない!」
当の本人の僕を差し置いて、随分無責任なことを言うやつらだ、とは思うけれど。
……なんでもできる。
そんな、意味不明な自信と確信が僕の中に湧きつつあった。




