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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第四部 魔法と魔人と量子の巨神
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第三章 本当の旅立ち(1)

■第三章 本当の旅立ち


 ドルフィン号に戻った僕とセレーナを、浦野が迎えた。


 彼女は、セレーナの姿を見て飛び上がって喜んだ。

 セレーナは、心配かけたわね、と言って、浦野を抱きしめた。

 途端に浦野は大泣きを始め、しばらくは手が付けられなかった。


 ドルフィン号は僕の指示で二万メートルの上空に待機した。


「トモミ、ごめんなさい。この私があんなに弱気になっちゃうなんて」


 セレーナは浦野を抱きしめたまま優しく言った。ちょっと小さなセレーナが背の高い浦野を抱いている姿はおかしな光景ではあるけれど。


「大丈夫よう……戻ってきてくれただけで十分よう。ぐすっ……うれしいよう」


「……ありがとう、トモミ。ジュンイチをけしかけてくれたのはレオンとあなただったみたいね」


「あっ……そう……なんだけど、……どうだった?」


「どうって?」


 セレーナがきょとんとして聞き返すと、浦野は涙にぬれた顔を笑わせた。


「大崎君の告白!」


「……はっ」


 セレーナは間髪を入れず短く笑った。


「笑っちゃったわ。本気であんな告白をされたら、もしその気があっても幻滅しちゃうわね」


 それはあんまりじゃないか。


 僕なりにかなり練習したってのに。

 何度も何度も。

 本気でそうなんじゃないかと思うほどに心の中で練習したんだ。


「大崎君は肝心のところでへたれだからねえ」


「いやいや、そんなことないだろ、セレーナだって――」


「黙りなさい!」


 怒鳴りつけられて僕は口をつぐむ。

 ……黙っていた方が良いだろうね。僕の言葉に彼女が泣き崩れた姿なんて。


「あなたの言葉がこの私の心を一ナノメートルでも動かすことなんてありえないのよ!」


「……御意」


 だけどそれでいいのだと思う。

 僕の言葉ごときで動揺するようなセレーナなんて、今後、一度でも見たくない。

 誇り高き王女であってほしいから。


「セレーナさん、それはひどいよう。大崎君だって勇気を振り絞ったんだからさあ」


 ようやくセレーナの抱擁から解放されながら、浦野は言った。


「いつかは、本気で向き合ってあげて」


「……考えとくわ」


 ……何が?


 と、考えておくのはやめておこう。どうせ浦野の妄想なわけで。

 どうしてこの年頃の娘は何でもそっちに結びつけるんだろうね。

 この僕の誇り高き王女への忠誠心と愛だの恋だのなんてのを一緒にするなんて失礼な話だ。


「さて。例によって何も考えずに飛び出したわけだけど。これからどうするのがいいと思う?」


 僕は場を仕切りなおそうと、今後について二人に問いかけた。


「すべきことはシンプル。エミリアに。父と摂政を説得するしかないわね」


 セレーナは、いつものように腰に手を当ててこちらを向いた。


「簡単に応じると思う?」


 と僕が尋ねると、


「……思わないわね。これだけのことが進んでいる以上、むしろ、貴族連中と枢機院が動いている。こちらの方が根が深い問題ね」


 セレーナはため息をつく。


「根強く説得を続けるしかない。私の考えでは……おそらくロッソ摂政は、枢機院と貴族たちの駒よ。だから、まずはロッソを失脚させ、一旦、親政に戻す」


 親政とは、つまり、王自ら政治を見るということだ。

 あれだけの大王国を王一人で取回していけるのか。


 ……でもやらなくちゃならないだろう。

 たぶん、それは、実質的にセレーナがやることになる。


「それから、王の権威を盾に、貴族病に冒された貴族どもを説得か、処断か……」


 遠い遠い道のり。

 だけど、まずその入り口にさえ立てないのが僕らの現状だ。


「セレーナ、言うことは分かるけど、まず、ロッソに勝たなくちゃならない。どうするんだ」


「まだ分からないわ……。力を持ってしまった一人の政治家を失脚させるとき、あなたたちはどうするの?」


 セレーナの問いに、僕は考える。


 もし不正をし私欲に溺れた政治家がいたら、新連合でならどうなるだろう。

 ……簡単なことだ。報道、そして選挙。

 彼は落選し、政治は浄化される。


「選挙で落選させる」


 しかし、……エミリアは君主制国家。


「だけどエミリアでは……もちろん、摂政や貴族は公選じゃないんだろう」


「はあ、そうか……。あなたたちには選挙があるのね。ああ、本当に馬鹿げた国!」


 セレーナは顔をしかめて吐き捨てるように言った。


「こんな馬鹿げた国で貴族が腐っていったとき、どうするものかしら。ジュンイチ、歴史は何と言ってる?」


「そうだね……いろいろあるけれど、一番効果的なのは、武力革命だ。有名なところでは、長く王制が続いて政治も経済も停滞した古い国で、民主化を求める民衆と事実上の王制を継続しようとする貴族の間で、武力衝突に至った。周りの国々も巻き込んだ戦争は民衆の勝利、王族貴族はことごとく……」


 そこまで言って、僕は、セレーナの細長い首に目をやり、背筋が寒くなった。


「……首を切られて処刑された」


 あの革命では、民衆は暴走した。

 ただ貴族であったというだけで首を落とされたものも多い。

 もしセレーナがこんな革命を起こしたら。


 もちろん、しばらくは、セレーナは英雄だろう。

 けれどその後、権力を得た民衆は、きっと暴走する。

 それは何度も歴史で繰り返されてきた。


 抑圧的政治、開放、暴走、調整、それからようやく安定。


 暴走期の最後の血祭りの贄に、旗手たるセレーナを選ぶかもしれない。


「はあ。遊び半分で始まった王国にはふさわしい終焉かもしれないわね」


 セレーナは自嘲的な笑みを浮かべながら言った。


「遊び半分だって?」


 僕が目を見開いたのと同じように、浦野も両目を丸くしてセレーナを見つめる。


「そうよ。辺境の小さな惑星。地球のイタリア系大富豪が移住して。人が増えてきたから統治機構として建国を考え、政治体制を選ぶとき、当たり前の共和政を選ばずに、あえて王制を、なんて、金持ちの遊びとしか思えないわ。たいした資源もない誰にも注目されない宇宙の片隅で、身内だけで細々と王国ごっこをしているつもりだったのよ」


 セレーナは、そう言って、漆黒の宇宙の真空が映るドルフィン号の小さな窓をちらりと見やった。そのはるか向こうに、ごっこ遊びの王国があるのを透かし見るように。


 エミリアの出自は、そんなものだったのか、と僕は心中でつぶやく。


 確かに、マジック鉱以外にさしたる資源もなく。

 大富豪の別荘地での王国ごっこ。

 そうだったのかもしれない。


 けれども、そのごっこ遊びの王国は、今や宇宙でも最も危険な国になってしまっている。


「恥ずかしい話だけど、私もその馬鹿な大富豪の血を引いているの。それでも、何億の民を平和で幸福に統治するエミリア王家は誇り高き存在……だと思ってたけれど、なんだか急に冷めちゃったわ」


 最後にセレーナは再び僕と浦野を見て、苦笑いをして見せた。


「そんなことはないさ、今は少し暴走しているけれど、僕が見たエミリアの人々は、本当に幸せそうだった。今の馬鹿げた試みをただせば、きっともっといい国になる。もし君が女王になるなら、もっともっといい国になる!」


 僕が言うと、浦野も横で何度もうなずいた。


「……ありがとう、ジュンイチ、トモミ。でも、もし民衆が私の首を望むなら、喜んで与えるつもり」


「そんなこと大崎君が絶対にさせません!」


 と、浦野。


「セレーナ、革命が必要だなんて言ってないよ、君のような王族がいる限り、まだエミリアの王制は浄化できる。おかしくなってるのは一部の貴族たち、そうだろう?」


「……そうね。でも、そんな貴族たちを抑えつけるには、圧倒的な力が必要よ。『王の娘』なんていうとってつけたような権威じゃなく、本物の力が」


「本物の力……」


 どこに、それはあるだろう。

 今ここにいるのはたった三人の十代の若者。


「だったらあるじゃないのう」


 浦野が笑いながら言った。


「どこにだよ」


「ここよう!」


 そういって僕の頭に人差し指と中指をそろえて突き付けた。


「君の頭には地球を滅ぼせるほどの知恵が詰まってるんだよう? エミリアの貴族ごときに負けるわけないよう」


 ……ああ。

 浦野が妙に強気に僕についてきたのは、そういうことか。


 僕が、何か不思議な力を持っていると。

 そんなことを思ってたんだな。


 確かに、セレーナと会ってからこちら、あまりに奇跡は続きすぎたけど。

 次も奇跡に期待するのは、ちょっと分が悪い賭けだ。


「せっかくだけど、僕の力じゃない。……奇跡なんだよ。全部。起こそうと思って起こしたことじゃない」


「何度も続くことを奇跡なんて言わないよう。大崎君はきっと自分を過小評価してる」


「そうよ、ジュンイチ。私も、あなたが戦うと宣言してくれたから、あの扉をくぐる決心をしたのよ。今さらの自嘲は許さないわ」


 セレーナまで。


 僕にはそんな力はなくて。

 全部、ジーニー・ルカの力。


 ……待てよ。


 そうじゃないか、僕は忘れていた。

 最優先事項。

 きっと戦うのに必要な力だって。そう、さっき決めたじゃないか。


「……セレーナ、浦野、だったら、頼みがある。しばらく、時間をくれないか。僕は、ジーニー・ルカの……ジーニーの秘密を知らなくちゃならない」


「……秘密?」


 セレーナが眉をひそめて訊き返してくる。


「そう。僕の言葉の魔力には、秘密がある。その魔力こそ、最後の力になる」


 セレーナは僕の言葉を聞いて、小さくくすっと笑った。


「馬鹿ねえ。私がそう言ったのは、比喩表現よ。まさか本当に魔法だのが存在するとでも?」


「そうじゃない。まだよくわからないんだけれど……それは僕じゃない。ジーニーが持つ力。秘密がある」


「……呆れた。ジーニー・ルカ、あなたにジュンイチの言うような神秘の力でもあるのかしら?」


 セレーナは空中に向けて問いかけた。


「ございません、セレーナ王女」


「……ね?」


 セレーナは首をかしげて僕に訴えかける。

 だが、僕は質問を変えて重ねて問う。


「ジーニー・ルカ、答えろ。君は特別な機能を持っている。僕らに秘密にしている特別な機能を」


「お答えできません」


「……ね?」


 今度は僕が同じようにセレーナに首をかしげて見せた。


「……どういうことよ」


「彼はノーではなく答えられないと言ったんだ。秘密の何かを持っているから」


「馬鹿げてる!」


 セレーナは言って、でもそれから、床をじっと見つめて考えている。


「いいえ、あるかもしれないわね。私が使いこなせなくて、あなたが何らかの原因で偶然に使ってしまっている機能」


「そう。そしてそれは直感機能に関係がある」


 異常な直感力。

 考えてみればおかしなことなのだ。

 侵入先のシステムのパスコードなんていう論理記号を直感で導くなんて。


「まだまだたくさんの力が必要だと思う。きっとこんなことをしている暇はないと君は怒るかもしれない。だけど、僕はそれを突き止めて……君の力になりたい」


「……いいわ。私たちに出来るのは、知ることと、考えること。知ることは最優先事項よ。何より、自分の持つ武器を知ること。あなたにしては冷静な判断だわ」


 セレーナの承認を受け、僕は、浦野に、いいかな、と視線で問いかけた。浦野は、黙ってうなずいた。


「毎度で申し訳ないけれど、そのためにはやっぱり歴史をひもとく必要がある」


「……オウミのアンドリューね。はあ、ほんと、あなた、あの人のこと好きなのね」


「ち、違うよ、ほかに歴史研究家が思いつかなくて」


「だから言ったでしょう、人生で一番大切なのはコネクションだって。ま、あそこにコネクションを残してきたことは、偶然とは言えよくやったわ。本当なら、もっと安全な国のもっと大物にコネクションを残しておいてほしかったものですけれど」


「まあまあ、セレーナさん、大崎君はこの通りの人でねえ、あまり人に頼ったり迷惑かけたりってことをしたくない人なのよう。でもちゃんと変わってくれるみたいだし」


「……ま、そうね」


 浦野とセレーナが何か勝手に納得しているのが実に気に食わないが、ともかく、最初の目的地は決めることができた。三度目となる、惑星オウミ。オーツ共和国。


「二人とも、忘れ物がないなら、すぐにでも出発したい。もしかすると新連合の追っ手がかかるかもしれないし」


 僕が言うと、


「大切なもの忘れてるよう?」


 大切なもの?

 浦野に言われるようなものを忘れていたっけ。

 僕がなんだったろうと空中に視線を漂わせていると、


「君の友達だよう!」


 浦野が言った。


「そうね、私ももう誰も巻き込みたくないなんて馬鹿なことは言わないわ。ジュンイチを守ってくれた彼らの力は、本物よ。私たちの武器は知ることと考えること。中枢神経の数は多いに限る」


 二人が言っているのは、つまり、毛利とマービンのことなのだ。

 そうだった。

 僕は浦野に約束した。浦野と、それから毛利、マービンを、この宇宙を相手にした戦争の味方として連れて行くと。


「いいとも。すぐに連絡を取ろう」


 それから二時間もしないうちに、二人はドルフィン号の船上に、二度と戻れないかもしれない旅路に、身を置いていた。


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