第二章 嘘(2)
全力で飛べば日暮前には戻れる。
飛び降りてきたドルフィン号に飛び乗ると、僕はすぐに次の目的地としてセレーナのホテルを指示した。
早速、ニュース記事を確認すると、母さんの示した通りの公式ニュースがすぐに見つかった。
それに加えて、ロックウェルがエミリアに対する支払いを無期限で凍結するというニュースもすぐに見つけられた。
記事によると、地球新連合国もその措置を黙認したとのことだ。
この件に関してはロックウェルと新連合の利害が一致している、ある意味で共謀さえしているということなのだ。
エミリアは孤立している。
エミリアの取引相手はもちろんロックウェルだけではないだろうが、それでも、宇宙で最大の商業帝国と、宇宙で最大の消費人口を持つ母なる地球に見放されてしまっては、エミリアはじりじりと干上がるしかない。
こんなニュースさえチェックせずに一人でおろおろしていたなんて、今になってみれば恥ずかしい話だ。
……セレーナはどこまで知っているだろうか。
おそらく、すべて分かっていると思う。
その上で、セレーナはきっと、僕と同じように自分の無力を嘆いている。
せめて自分だけでも恭順を示そうと考えているかもしれない。
だから、あのじゃじゃ馬セレーナが、こんなにおとなしくしているのに違いないのだ。
「ジーニー・ルカ。お願いしたいことがある」
「はい、ジュンイチ様。セレーナ王女のホテルのセキュリティを破るのですね?」
「聞いていたのか!?」
「いいえ。ジュンイチ様のお考えは理解できるつもりです」
おかしなことに、僕は、ジーニー・ルカが直感であらゆることを知り、先回りすることに驚かなくなってきていた。
ジーニー・ルカのこの力。そして僕の言葉の魔力。
何か関係がある。
知らなければならない。
たぶんこれからの戦いで、一番重要な武器になる。
いろいろな優先事項はあるけれど、やはり、これこそが最優先だ。
セレーナの体と心を取り戻すことができたら。
まず、セレーナにこそ、これを相談しよう。
「ファレンでやったように屋上階のセキュリティを破ってそこに僕を降ろして」
「かしこまりました。しかし、屋上にもセレーナ王女のお部屋前にも警備が入っているようです」
「そんなことまで分かるのか、君は。そうだな……タイミングを合わせて一階で騒ぎを起こせるかな」
「偽の警報を出しましょう」
「頼む」
「かしこまりました」
さあ、あとはいちかばちかだ。屋上経由で僕は侵入し、セレーナの部屋へ。
……さて、そこで何をすればいいんだろう。
部屋に踏み込んで。
きっと、セレーナがいる。
思いつめた表情で。
そう、いつか、ロックウェル艦隊で僕を迎えたときのように。
これはすべて自分の責任だと。
彼女だったら必ずそう言う。
あの時の僕は。
……そう、彼女を捕まえて抱きしめて。
そんな嘘はやめろと。
けれども、今度は嘘じゃない。
エミリアは自ら陰謀を進め、自らその落とし穴に落ちたのだ。
セレーナ自身がどこまでこの陰謀に加担しているのか、まだ僕には分からない。
きっとそうじゃないと信じたいけれど、それでもまだ不安な僕がいる。
それに、エミリアの陰謀の失敗の原因は、きっと、セレーナだから。
セレーナが首尾よく僕を惚れさせてしまっていれば、地球新連合はエミリアに強気に出られなくなるはずだったんだ。
あの美貌をもって一か月以上もかけて、馬鹿な小僧一人を落とせないなんて、それは、エミリアにとっては誤算だろう。かつてたった二人で旅をして密通さえ疑った二人が、くっついていないなんて、と。
その失敗の原因は、セレーナの気持ちなんじゃないか。
もし密命のを帯びていたとしても、さすがにこの僕と結婚しなくちゃならないとしたら、引くよなあ。
もし知らずにいたのだとしたら、もっとショックだろう。
そんなことを考えると、知っていたにせよ知らなかったにせよ、セレーナが感じている責任感は、とてつもなく重いものだと思う。
すべてを背負って、自ら火あぶりの魔女の役を買って出ようとしている。
それは、僕たちや、かかわったすべての人を助けるために。
分かってない。
セレーナが助けようとしている人たちは、セレーナをこそ助けたいと思ってるんだから。
そのことを分かってほしい。
そして、高らかに宣言してほしい。
セレーナらしく。
自分の意のままにならぬ宇宙なら宇宙を変えてしまえと。
「……なあ、浦野、それで結局、僕はセレーナに何をすればいいんだ?」
僕は、セレーナの席のはずの操縦席に座って眼下を通り過ぎていく大気の模様をぼんやりと眺めている浦野に尋ねた。さっき浦野は何かを思いついたと言っていたけれど。
「え? ……えぇー、大崎君、やっぱり分からないのう?」
「分からないよ、君が大丈夫だって言うから」
僕が言うと、浦野は、くふふっ、と小さく笑った。
「えーとねえ、大崎君が、セレーナさんに愛の告白をするのです!」
「はあ?」
思わずおかしな声が出てしまった。
「毛利君が言ったんでしょーう? セレーナさんの気持ちを確かめるにはそれが一番よう。もしオッケーされても、悪い気はしないでしょーう」
そりゃあれだけきれいな子が、って思えば。
だけど、そんな卑怯な手段でセレーナの気持ちをもてあそぶなんて。
……ああ、そうか、こういうことを言っていたのか、卑怯な手段、ってのは。
「だけど、それでもし僕とセレーナがそういうことになってしまったら……お互いに嘘だらけのカップルができておしまいじゃないか」
「その時はあきらめなよう。セレーナさんは大崎君に嘘をついてエミリアの陰謀に加担する残念な人だったってだけなんだから。大崎君が宇宙を相手にして戦うほどの人じゃなかった、ってだけよう。あたしたちはだまされた大崎君を後ろから大笑いしてあげる。でも、あたしは、セレーナさんはそんな人じゃないと信じてる」
何とも無責任なことを言う。しかも、ほとんど毛利と同じことを。
だけど、これから宇宙と戦うのなら、僕もこんな手段を覚えていかなくちゃならない。
きっと、これは僕にとっての最初の試練だろう。
セレーナだったらうじうじと悩む僕の頬をひっぱたっく。
僕ができることは、うじうじと悩むセレーナの心をひっぱたいてみることだけだ。
「わかった、やってみる。……でも心配だな、僕はそういう演技はあまり得意じゃないから……」
「……あたしで練習してみるう?」
「……それは御免こうむるよ」
「えーつまんないー」
浦野はふてくされて、セレーナが主の操縦席の背もたれにぱたりと倒れこんだ。
僕はセレーナにどう接することができるだろうか。
セレーナに、君が好きだ! って言う、だって?
……恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
あんなにずっと二人きりで旅を続けた相手に。
今さら、好きだ、なんて。
滑稽に過ぎる。
ああ、でも、そんな顔をしちゃだめだ。
真面目に。
思いつめた表情で。
そのあと、浦野に手鏡を借りて、その時の表情を何度も練習することになった。




