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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第四部 魔法と魔人と量子の巨神
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第一章 なすべきこと(5)

 翌朝、いつもより早く目が覚めた。

 じっとしていられなくて、朝早くに目が覚めたら、体が勝手に起き上がっていた。


 親父を起こさないようにそっと家を出て、薄暗い中を散歩した。


 風はとても冷たく手足は凍えたけれど、朝がこんなに気持ちいいものだなんて知らなかった。


 真っ暗な恐怖の闇を太陽が切り開いて、すべてのものが新しく生まれ変わる。

 なんて詩的なことを心に思い浮かべたくなるほど。

 でも、だからと言って毎日早起きして散歩、なんて決意はしない。だって、やっぱり朝は苦手だから。


 家に帰ると、親父が朝食を整えていた。

 お前が朝の散歩なんて、何かおかしなことでも起こらなきゃいいがな、なんて失礼なことを言われたが、そんなに心配ならこれで最後にしておくよ、なんて軽口で返した。


 いつものように制服に着替えて家を出たけれど、学校はサボると決めている。

 同じく学校をサボった浦野と待ち合わせた。


 待ち合わせ場所は、もちろん、駅前の、焼きたてパンと洋菓子の店デイジー。

 先にプリンをゲットしてテンション上げていきましょう、と主張する浦野を抑えて、まずはセレーナに会おうと決めた。


 駅からすぐのところにある、セレーナのいるはずのホテル。

 まだ朝も早く、人の出入りは全くない。

 玄関からフロントが見える。


 僕と浦野は、玄関をくぐり、フロント係に会釈してエレベータホールへ向かった。


 いや、向かおうとした。

 その時、フロント係が僕らを呼び止めたのだ。


「……なんですか?」


 僕が訊くと、


「昨日から、一般のお客様には遠慮していただいております」


「でも、友達が泊まってるんです」


「一般のお客様にはほかのホテルに移っていただいているはずですが……ご連絡はございませんか」


 もちろん、セレーナからそんな連絡はもらっていない。

 僕と浦野は顔を見合わせた。

 何か、おかしなことが起こっている? 目線だけで会話する。


「すみません、どうしても会いたいんです。まだいるか、もう移ったならどこに行ったか、教えてもらえないでしょうか」


 しかし、フロント係は首を横に振った。


「大変申し訳ありませんが……政府公用でご遠慮いただいていますので、政府の許可がありませんと」


「政府公用?」


「はい、詳しくは申し上げられませんが」


 ……間違いない。

 すべての利用客はいないだろう。

 たった一人を除いて。


 ……セレーナ。

 十階の端の部屋を利用する彼女だけが、このホテルに留め置かれている。

 新連合が、セレーナを、事実上の監禁。


「……ありがとうございました」


 僕は礼だけを言って、浦野の手を引いて外に出た。

 ホテルの向かいまで道を渡って、それから、もう一度、ホテルの最上階を見上げる。

 あそこに、いる。


「ちょ、ちょっと、大崎君、一体なによう?」


 浦野が声に抗議の色を込めて僕に言う。

 暖かいロビーから再び寒風の下に放り出されて、彼女は小さく足踏みして寒さに耐えている。


「こんな安ホテルが政府公用で召し上げられる。あり得ると思う?」


 僕が真剣な眼差しで言うと、浦野は少しおどおどしながらも、


「うーん、そうねえ、横須賀まで出ればもっと良いホテルはいくらでもあるし」


 言いながら、両手にはーっと息を吹きかけた。


「そうしたら、このホテルの唯一の特徴、政府が気にする唯一の特徴は何だ?」


 僕が最後のヒントを出すと、彼女の足踏みが止まった。目線が、ホテルの最上階と僕の間を何度か行き来した。最後に、


「……セレーナさん」


 そう言ってから、浦野もそのことに気づいたようだった。


「セレーナさん、捕まっちゃった……んだ……」


 寒さに頬を押さえていた彼女の手が、がくりと両脇に落ちた。


「……どうして、どうしてよ、大崎君!」


「分からないよ。だけど……母さんは、新連合がエミリアを警戒しているって言っていた。何かがあって、その警戒レベルが、セレーナを監禁して外に出すべきでないと判断するところまで達したんだと……思う」


「どうしてこんな時に……」


 浦野は両目に涙をためて、僕と同じように最上階を見上げた。


 もう終わりなのか。

 誤解も解けないままに。


 ――なんて、あきらめる僕じゃない。

 こんなこと、想定の内だった。

 僕がセレーナと一緒に戦うと決めれば、新連合は一番最初の敵になることは分かっていた。


 向こうが動き始めた。

 結構じゃないか。

 向こうが見せた最大の隙だ。


 さあ、始めようじゃないか。


 たった二人と全宇宙の戦争を。


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