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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第四部 魔法と魔人と量子の巨神
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第一章 なすべきこと(1)

★第四部まえがき★


 全六部構成の「魔法と魔人と王女様」、その第四部全七章です。

 第四部のテーマは『友情』。


 では、どうぞ。


★★

魔法と魔人と王女様4 魔法と魔人と量子の巨神


■第一章 なすべきこと


 宇宙船ドルフィン号の四つある小さなキャビンの一つ。


 僕の目の前には、端正な顔立ちの金髪長身の男が横たわっている。

 彼の名は、ラウリ・ラウティオ。

 自由圏連盟のスパイ。エミリア王国第一王女、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティに対する暴行を企て、その報いとして脳神経をずたずたにされた男。


 命までは奪われなかったが、その神経は回復には遠く、ようやく指先がわずかに動くようになったくらいだ。

 僕が近づくと、首から上だけを動かして僕に顔を向けた。


「地球に着いた」


 僕が告げると、


「……そうか、ありがとう。君は僕をエミリアに引き渡すと思っていたんだがね」


 彼はこう返してきた。


「それが出来ないことくらい分かってるだろ。君の事を大ごとにすれば、エミリアと自由圏の間に揉め事が起こる。真実がはっきりしない今は、面倒を起こしたくない」


「それはあの王女の入れ知恵かい?」


 彼は嘲笑うような顔で僕を挑発する。


「いや、セレーナはまだ目覚めない」


 僕は短く事実を伝える。

 ラウリの神経銃の一撃で深い眠りに落ちた王女セレーナは、まだ目を覚まさない。

 そのことを考えるだけで、目の前の男をめちゃくちゃに引き裂きたい思いがする。


「そうか……君にしては賢明な判断だな。もっと無茶をする男だと思っていたよ」


「僕には、僕を止めてくれる友達がいる」


 毛利玲遠、マービン洋二郎、そして浦野智美。この三人がこの旅について来てくれてなければ、僕はラウリを容赦なく殺し、もっと恐ろしいことをしていただろう。


 彼の命を奪おうとしたのは、誰あろう、この僕だったのだから。


 セレーナが陰謀の主演者かもしれないと疑いだしてからの僕は、前よりももっと弱くなってしまった。自分の衝動にさえ勝てないほどに、弱く。

 三人はそんな僕を何度となく励ましてくれている。


 だけど、僕は、もう決めている。


 セレーナの件からは手を引く。

 それですべてが終わる。


 クラスメイトとして友達ごっこをするのなら喜んで相手しよう。

 けれど、それ以上は、もうごめんだ。

 エミリア王家もセレーナを退かせるだろう。僕に利用価値が無いと知れば。


 ラウリのようなスパイが僕の周りをうろつくことも無くなる。

 僕は普通の高校生に戻って、不自由の無い平凡な人生を送り、ちょっとした宇宙の秘密とともに棺桶に入る。


 だけどそのためには、最後にしなきゃならないことを、この地球に残している。

 僕自身が納得すること。

 僕が国民として所属する新連合国が、そしてその外交官である母さんが、エミリアの悪事に加担していないことを確認しなきゃならない。


 このために、これからスパイごっこを演じるつもりは無い。


 シンプルな答え。

 母さんとの対話。

 それだけでいい。


 僕が知るべきことはそれですべてだ。

 たとえ、母さんが嘘をつく可能性があったとしても、それを信じることが、母さんの子であり新連合市民である僕のとるべき立場だ。


 ……さて、その前に、この些事を片付けよう。


「ラウリ、君をどこかに降ろさなきゃならない。君の希望を聞こう」


 このスパイ野郎をどこかに捨てなきゃならない。

 カリブ海の真ん中にでも放り出してサメに食わせてやってもいいのだけれど。

 ラウリは、小さく咳き込み、僕を見上げた。


「手数をかけるね。もし可能なら、ストックホルムへ」


 ストックホルム。自由圏の国々の同盟本部のある町だ。


「もし連れて行ってくれる気があるのなら、ジーニー・ヴェロニカを通じて君たちが安全に行き来できるよう頼んでおく」


「……いいだろう。だけど、おかしなことを考えたら――」


「誓って、しない。君の恐ろしさは僕が一番よく知っている」


 彼にとって、僕は『強い』のではなく『恐ろしい』なのだな。

 さもありなん。

 僕はただ暴走して、彼の命と彼の国を脅かしただけなのだ。


 その後、彼の要求を聞き入れることを伝え、自由圏のお迎えとの合流方法を調整した。

 地球上空にとどまっていたドルフィン号は、僕のオーダーで自由圏、ストックホルム郊外に降下した。

 僕らはそこで厄介者のラウリに別れを告げ、再び誰にも邪魔されること無く飛び立った。


***


 確かにセレーナの言うとおり、地球、新連合国は面倒な国だ。

 地上の駐機場をID認証一つで確保することも出来ず、いちいち軌道上のカノン基地でアンビリア共和国への申請が必要なのだ。

 普通の貨物船や旅客船などであればシャトルへの積み替えでカノン基地を経由するだろうからこんな手続きも不要だろうが、個人の宇宙船を地上に降ろすとなると手続きの煩雑さだけで目が回りそうになる。


 そう言えば、セレーナは、宇宙船を貨物コンテナに偽装して海上貨物船の上に隠していた。悪くない方法なんだろうけど、今の僕らが使える手段ではない。

 違法駐機してばれない隠し場所にも心当たりがないので、前にセレーナがやったように、乗員だけ地上に降りて軌道上に放置するのが一番よさそうだった。

 だから、セレーナが目を覚まして動けるようになるまで、軌道上で全員待つしかないということだ。


 ラウリを放り出してもう一日が過ぎたとき、ようやく変化が見られた。


 僕と、同室の浦野が見守る中で、セレーナが身じろぎを始めた。

 やがて、何度か苦しそうに眉をひそめるような表情を見せ、うっすらと目が開いた。

 瞳がくるくると動いて、周りの様子を確かめている。


「おはよう、セレーナ。気分は?」


 僕が声をかける。


「ジュン……イチ……? ここは?」


 弱々しく、彼女は問うた。まだ状況を思い出せていないかもしれない。


「ドルフィン号。地球の軌道上。君はラウリに神経銃で撃たれて眠っていた。君が撃たれた直後、僕が……ジーニー・ルカが、ラウリを無力化した。だから、君も僕も無事だ」


 手短に、伝えるべきことを伝える。

 それから、そばの備え付けチェストから、白い大きな花をあしらったリボンを取り出し、彼女に手渡す。


 彼女はほぼ無意識に、それを頭の左側に取り付ける。時々痛みをこらえるような表情を見せている。

 付け終わると、大きくため息をついて、また目を閉じた。


「セレーナさん?」


 また意識を失ったのかと思った浦野があわてて声をかける。


「……大丈夫よ、トモミ。体は痛むけれど……頭ははっきりしてる」


 そう言ってから、ややあって、セレーナは目を開けた。


「細かいことは分からないけれど……またあなたは奇跡を起こしたのね」


「奇跡じゃない、理屈どおりのことをやっただけ、それに、それはジーニー・ルカの力」


 僕は軽く首を振った。


「同じことよ。……ラウリはもう去ったのね。あの人とはもう一度きちんと話をしておきたかったけれど」


「あんなやつと話すことなんて無い」


 僕がセレーナの言葉を否定すると、セレーナは特に何も言い返さず、目を伏せて微笑んだ。


「どうして私を……放っておかなかったの? 約束したのに」


 どうしてだろう。僕にも分からない。

 だけど、最初からその約束は破るものだと思っていた。


「答えはいいわ。なんとなく、分かるから。でも無茶をするときは、きちんと裁可を仰ぎなさい、私の騎士を気取るつもりならね」


「うん、そうするよ」


 その役割をもう捨てようと思っているから、僕の言葉は少し震えた。


「……ああ、ジーニー・ルカ。分かってるわ。ジュンイチはしゃべってしまったのね。ジーニーが究極兵器だってこと」


 彼女がジーニーと思考だけでどんな会話をしているのかは、はっきりとは分からないが、たぶん今は、僕が逆上して自由圏に災厄をもたらそうとしたことを報告しているのだろう。

 もちろん、僕自身からも話すつもりだったけど、ジーニー・ルカが話してしまうなら、別にそれでもいい。


 思い返してみれば、ジーニーこそが究極兵器だという秘密は、ジーニー自身に知られてはいけなかったのだ。

 僕は自らその禁を犯して、ジーニー・ルカの究極兵器性を奪ってしまった。ジーニー自身がそれを知ってしまったら、そこにつながるすべてのジーニーが知ることになる。ジーニーを究極兵器として起動しようとした瞬間、相手のジーニーにもそれは知られ、究極の情報攻撃は防がれてしまう。


「……ジュンイチ、何をしたのか、話しなさい」


 突然、セレーナに低い声で言われ、僕は体をびくりとさせてしまった。

 話すつもりだったとはいえ、目の前に鋭い眼をしたセレーナを見ると、萎縮してしまう。

 それでも、僕は話さなきゃならない。


「ラウリの使っていたジーニー・ヴェロニカを通じて、自由圏に情報伝播攻撃を仕掛けようとした。それは、千年前に地球で起こったことの再現。毛利とマービンと浦野が止めてくれなければ……攻撃は実現していた」


 とたんに、僕の左ほほにセレーナの平手打ちが飛んできた。

 見ると、セレーナ自身も痛みに顔をしかめている。


「……うう、はあ、……二度と、馬鹿なことをしないで」


 この件で殴られるのは、浦野に続いて二回目。浦野はセレーナの真似のつもりでやったんだから、セレーナに二回殴られたようなものだ。


「我ながら、なんて馬鹿なことをしたんだと思ってる」


 僕が言うと、セレーナはうなずいた。


「……それから、トモミ、ありがとう。あなたがいなければジュンイチは歴史に名を残す犯罪者だったわ」


「ううん、結局大崎君を取り戻したのは、あたしがセレーナさんの真似をしたからで……」


「はあ。そんなことまで。そこまでしないと正気に戻れないなんて。本当に、馬鹿を相手にすると困るわね」


「そうねえ。あ、いや、あたしは大崎君のこと馬鹿なんて思ってないよう?」


 浦野はあわてて弁明するけれど、やっぱり僕は馬鹿なんだよな。

 自分の力も限界も知らない馬鹿者。


「ジュンイチのこと……これから、お願いね」


「へえっ? あ、だったらセレーナさんの方が!」


 変な声で言った浦野の言葉にセレーナは答えず。

 眼を閉じ、やがて再び眠ってしまったようだった。



★第四部まえがき続き★


 壊れたジュンイチ、目覚めないセレーナ、そんな状況で終わった第三部から、第四部スタートです。


 セレーナが負っている(かもしれない)秘密の使命。


 二人の友情は、陰謀を持った王女とその標的の間の、かりそめのものに過ぎないのか。


 答えの出せないジュンイチ。


 答えようとしないセレーナ。


 そして、事態はさらに泥沼化し始めます。


★★

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