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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
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第六章 陰謀と破壊(5)

 僕は、セレーナのキャビンにいた。

 セレーナは、目を覚まさない。

 まだ半日くらいだから、もう少しかかるだろう。


 神経銃で撃たれるのって、痛いのかな。

 しばらく起き上がれないほどだって言うから、痛いんだろうな。

 感覚を無くして横になっているだけのラウリのほうがよほど楽に違いない。


 ジーニー・ルカの指示で、鎮痛剤と安定剤のパッチ薬を腕に貼ったけれど、気休め程度かもしれない。

 輸液のための点滴は、素人が扱えるキットがあった。自動で静脈の確認から刺し込みまでをしてくれるキットだったが、さすがに相手が王女様とあってはおっかなびっくりだった。輸液パックを扱うときの消毒なども手が震える思いだった。こんなことをてきぱきとできる医者ってのはすごい職業だと思った。

 本当は専門の病院に入れるべきだろうけれど、彼女の身分を考えると軽々しいことも出来ない。


 ホテルでの立ち回りがセキュリティシステムにばれているかもしれない。もしそれが分かったら、面倒なことになるのは分かりきっている。早々にこの惑星を離れることにした。


 まずは、地球へ。


 少しだけ遠回りになるけれど、グリゼルダの近くを通る航路を選んだ。

 もし途中でセレーナの容態が悪くなったら、一旦エミリアに戻すことも考えて。


 キャビンの扉が僕の後ろで開いた。

 入ってきたのは、このキャビンをセレーナと共同で使っている浦野。

 男三人にはどうしようもなく、セレーナの下着だの排泄だのの世話は全部浦野に任せることにしていた。

 こればかりは頭を下げるしかなかった。


「まだ、目を覚まさない?」


 僕の横に並んで、浦野もセレーナの顔を覗き込んだ。

 僕は、軽くうなずくだけで応えた。


「大崎君にずっと見ててもらえるなんて、セレーナさんも幸せ者ねえ」


 どうなんだろうな。


「浦野……その、ちょっと相談したいんだ」


「なあに」


「セレーナが目を覚ましたとき、僕が目の前にいたほうがいいのか、いないほうがいいのか……その、セレーナの意識の上では、自分が乱暴されるところで、そこに僕が駆けつけたところで止まってて……その、現場を僕に見られていたかもしれない、と勘違いしちゃったら、きっと……」


 僕はそんなことをずっとぐるぐると考えていて、立ち去るべきかいるべきか、セレーナの前で固まったままだった。


「そうねえ……あたしだったら、目の前に大崎君がいて、大丈夫、あいつはやっつけたよ、って笑顔で言ってくれたほうが、うれしいかなあ」


「そんなもんなのかな」


「そうよう。もしあたしがこんな状況で、もし大崎君があたしを避けてるみたいに思ったら、ああ、本当にあたしは大崎君の目の前で、って思っちゃう……かなあ」


「そっか……」


 セレーナと浦野は違う人間だから、それが正しい答えかどうかは分からない。

 だけど、浦野の言うように、ラウリをやっつけたのは僕だ。まず、僕がそれを告げ、それから、僕自身、まったく無事なことを見せるのがいいのかもしれない。

 出来るだけここにいて、目を覚ますのを待とう。


「浦野、いまさらだけど、ありがとう。君がいなかったら僕は戻って来られなかった」


「でしょーう? あたしが言ったとおりになったねえ」


 浦野はちっとも遠慮することなく胸を張った。


「大崎君は強すぎるから。優しくて強くて。セレーナさんのためなら国一つを滅ぼせるほどに強いのよう? でも自覚が無いのが困りものなのよねえ。だから、大崎君が帰ってこないかも、って思ったの、あのとき」


 そうじゃない。

 僕は弱い。この船に乗っているほかの誰よりも弱いんだ。


「暴走しやすいって言う意味なら、そうだね。気をつける」


「ほんとよう? でも、もしそうなっても、そのたびにあたしが連れ戻してあげる」


 すごいな、浦野は。

 意図せず巻き込まれただけの女子高生が。

 こんなに強くなるなんて。


 みんなみんな、こんな強さをどこかに持っている。

 どこにも持ってないのは、僕だけだ。

 ちょっと落ち込む。


「だけど、浦野がセレーナの物真似をするなんて思わなかったよ」


「うふふ、とっさの思いつき。大崎君を止められるのはセレーナさんだけだもの」


 浦野は、無邪気に笑って答えた。


「いや、君たち三人がいてくれたから」


「そうかなあ? あたしがセレーナさんの口調を真似てからよう、大崎君が正気に戻ったの」


「本当にセレーナに叱られたのかと思ってさ……体が勝手に反応しちゃったって言うか」


「よっぽどいつも叱られてるのねえ。……大崎君って、マゾ?」


「しっ、失礼な」


 まるで僕が喜んで叱られてるみたいに。

 本当に失礼な話だ。


「でも……セレーナもきっと同じことを言っただろうな」


「ってことは! やっぱりあたしってば、王女様と同格!?」


「そんなわけないだろ、調子に乗るな」


 僕の右手は浦野の頭をかすめて空振った。


「……さて。大崎君は、いつまで見てる? あたしはそろそろ」


「そう? ……ああ、そこで寝てるのか。いいよ、明かり消しても。目覚めたら知らせる」


「うん、お願い。……でも乙女ばかりの眠る部屋にいつまでも男子がいるものじゃないわよう?」


「ごめん、でもできるだけ待ってていたいから」


「ほどほどで休みなさいよって意味だよう。じゃおやすみー」


 浦野はそう言って、自分のハンモックベッドにもぐった。


 僕は、それから何時間も、身じろぎ一つしないセレーナを見つめていた。


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