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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
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第六章 陰謀と破壊(4)

 僕は急に体の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。

 その途端に、僕の両目から涙があふれてきて止まらなくなってしまった。


 こんなにも脆いんだ、僕は。


 結局、この三人がいなければ、ラウリのもくろみ通り、僕は壊れてしまっていた。

 ――いや、すでに僕は壊れたのかもしれない。


 立ち上がれない。

 心が体に命じてくれない。


 ただ涙を流す僕を、三人はしばらく放っておいてくれた。

 本当にいい友達だ。

 彼らには、どんなに感謝しても足りない。


 やがて、涙は止まった。

 涙が枯れるなんていう表現が、現実の現象から来た言葉だったことを初めて知った。


「僕は……僕は、人を殺してしまった」


 かすかな声で僕は、僕の苦しみを三人に訴えた。

 マービンが、僕の横に座り込んだ。


「大崎君、つらいかもしれませんが、落ち着いて聞いてください。まず事実を」


 僕は、うなずいた。

 はっきりとうなずいたつもりだったが、それはとてもゆっくりとしてあいまいな動きだったみたいで、三人を困惑させた。

 だから、もう一度うなずいた。


「ラウリさんは、生きています」


 マービンは言った。


「……分かってる」


 僕はまだうまく動かない声帯に力の限りの命令を送り続けた。


「だけど、そうじゃない……僕がやったことは、彼のブレインインターフェースを奪って彼の脳神経を破壊することだった。だから生きているように見えても、あれは抜け殻なんだ」


 僕は、ようやく自分がしでかしたことを三人に説明することができた。


「そうじゃないのよう」


 浦野もマービンの反対側にしゃがみ込んだ。


「あたしたちが連れ込んですぐに……目を覚ましたの」


「……え?」


 そんなことはありえない。


 僕は、セレーナに買ってもらったあの本で、ブレインインターフェースについて、学習した。

 過去のいくつかの試行錯誤の末、ブレインインターフェースへの神経入力は、脳が耐えられる限界の約一万分の一に抑えてある。逆に言えば、通常の一万倍を超えれば脳は過負荷に耐えられない。

 僕は怒りに任せて、三十日分を一秒で、つまり、二百万倍以上の負荷を入れた。完全にオーバーキルするつもりだった。


「ふん、どうやったかは知らんがな、お前はお前が思ってるほど特別じゃないってことだ。人を殺すような度胸も力も持ってないくせに、何を一人で悩んでるんだか」


 所詮素人の浅知恵。

 言われてみればそれまで。


「そうか……失敗だったのか」


 僕がつぶやくと、ジーニー・ルカの声が割り込んできた。


「ジュンイチ様の失敗ではございません。あのオーダーは間違いなくラウリ様の生命を脅かすものでした。しかし、セレーナ王女が最後に、ジュンイチ様を助けろと私にオーダーなさいました。私はそのとき、ジュンイチ様がラウリ様を死なせることはジュンイチ様に回復不可能な精神障害を与えると直感し、ラウリ様を死なせないぎりぎりのダメージを与えることができるよう、脳神経入力データを組み替えたのです。意に沿わぬオーダー違反をしました。申し訳ありません」


「組み替えたって……君が? まさか、直感で、そのぎりぎりのレベルを導いたのか」


「はい、その通りです」


 何てことだ。

 僕は、ジーニー・ルカに二度も助けられていた。

 しかも、僕の理解できない『直感』の力で。


「君は、僕がラウリを殺そうとしていることを理解していたのか」


「差し出がましいこととは存じますが、理解しておりました」


「……そうか。ありがとう、ジーニー・ルカ」


「どういたしまして」


 いつもの調子で社交辞令を返すジーニー・ルカ。

 それから、僕は感謝すべき残る四人を思い出した。


「毛利、マービン、……それに浦野。ありがとう。僕は完全に間違うところだった」


 三人は黙ってうなずき返すだけだ。

 そして僕はもう一度セレーナに視線を落とす。


「ジーニー・ルカ、神経銃で撃たれたら、どのくらいで回復する?」


「フル出力の場合、通常は数日間の昏倒、意識を回復してから起き上がれるまでにさらに一ないし二日を要します。後遺症は発生しません」


 とすれば、セレーナは当分起き上がることは無いのだろうな。


 今すぐセレーナにお礼を言いたかった。

 最後の瞬間、自分の身が危ないと知りながら、ジーニー・ルカに僕を助けろとオーダーしたこと。


 結局彼女は、僕が約束を破ることなんて分かっていたんだ。

 僕が暴走してしまうことなんて分かっていた。


 僕の周りにいるのは、みんな優しくて強くて。大切なときに大切なことをきちんとできる大人で。


 僕一人がひどく弱い子供だ。

 そんな劣等感にまた涙があふれそうになる。


「……まず、ラウリに会おう」


 涙をこらえて、僕は立ち上がり、言った。


「やめておけ」


 毛利が言うが。

 僕は僕の弱さと向き合わなきゃならない。

 自分の弱さで止めを刺しそこなった仇敵に向き合わなきゃならない。


 だから僕は毛利の制止に対して、首を横に振った。


***


 ラウリはハンモックベッドの中にいた。

 僕らの気配を感じて、目を開けて視線を向けた。

 僕が近づくと、怯えと笑いの混じった表情を見せた。


「……気分はどうだい」


 僕から口を開いた。


「最悪だ。君にこんなことが出来るなんてね」


 少したどたどしい発音でラウリは答えた。


「僕は君を殺すつもりだった」


「だったら良かったのにな。そのやり方でも君の心を完全に壊せただろう」


「……半ばまでは、君の狙い通りだった」


「だが君は壊れなかった。残念だよ。君の勝ちだ」


「ラウリ、君に勝ったのは僕じゃない。セレーナだ」


 そして、ジーニー・ルカだ。


「セレーナの最後のオーダーは、僕を守ることだった。君を殺させないことだった。だから、君に勝ったのはセレーナだ。君みたいなスパイごときが、宇宙一の王女にかなうなんて、夢にも思わないことだ」


「肝に銘じるよ。いつも王女のそばにいる恐ろしい騎士のこともね」


 彼は、小さく笑いを漏らした。


「焼き切れたかと思ったブレインインターフェースはすぐに回復したよ。君の手加減のおかげでね。そして、ジーニー・ヴェロニカが、ジーニー・ルカに制圧されていることを知った。君が、自由圏を滅ぼそうとしていることも」


 そんな。そのオーダーは何一つ実行されていないはずだ。

 ……ジーニー・ルカが、僕を安心させるために嘘をついたということか。嘘をつけないはずの知能機械が。


「ヴェロニカは身じろぎ一つの抵抗も出来なかったよ。王女の言葉を思い知った。君の言葉には、ジーニーに無限の力を与える魔力がある」


「そんなものは無い。すべて、それがセレーナのジーニーだったからだ」


「だとしたら君たちは相性が良いのだろうな」


 そして、大きく一息、彼は深呼吸した。


「ひどいもんだ。人生のありとあらゆる恐怖をあの一秒の夢に見たよ。僕の体は当分動きそうも無い。実のところ、首から下の感覚はまったく無いんだ」


「報いだ。一生そうしていろ」


 僕は吐き捨てるように。


「お、大崎? 落ち着けよ?」


 後ろから毛利が声をかけてきた。


 ……大丈夫。

 僕が狂いそうになっても、友達がいる。


「ラウリ。今度は容赦しないぞ」


 僕がにらみつけると、


「大丈夫さ、僕はもう外される。知らない誰かが、君に絶対にばれないようにスパイを続けるだけだ」


「せいぜいばれないように伝えておけ」


 僕は最後にそれだけを言って、ラウリの寝かされたキャビンを後にした。



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