第二章 魔法の国(2)
予定通り国王陛下が執務を終え寝所に入る時間を待ち、行動を開始した。
セレーナは、公園のお手洗いを使って初めて会ったときの白無垢の正装に変身していた。この格好であればある程度の顔パスが期待できるとか、そういうことなんだろう。
公園の脇に目立たない王家プライベートゲートがあった。
ゲートにセレーナが近づくと、そこにいた警備員は通例の身分検査をしようとしてその相手が恐れ多くも王女殿下であることを認めると気をつけの姿勢をとり、大変失礼いたしました、とはきはきと言って僕らを通した。
王宮の敷地内はレンガ敷きの歩道が張り巡らされ、背の低い庭木があふれている。
さほど歩くこともなくたどり着いた赤茶色の八階建てくらいのビルが、国王の寝室のあるという建物だった。王国とか貴族とかいう言葉からイメージする華やかなイメージをぶち壊しにしてくれる、ちょっとしたホテルという風情の外観。
実は王宮内に大豪邸もあるらしいのだけれど、改築のときに一時的に住んだこの国賓用施設を現国王陛下が気に入ってしまい、役割を入れ替えてしまったのだという。
セレーナは、玄関警備員に向かって、お父様はもうこちらでお休みかしら、と尋ね、先ほどお休みになられました、という答えを聞いて満足して玄関扉をくぐった。ついにここでも彼女は誰何さえされなかった。
僕らを乗せたエレベータは間もなく最上階に到着し、エレベータ出口で再び警備員の敬礼を受け、いよいよ国王の寝室の豪華な扉に手をかける。
扉が開くと、その向こうは、アーカイブでしか見たことの無い高級ホテルのスイートルームのような光景が広がっていた。広いリビングに大きなソファが三脚。間接照明と数々の調度品。寝室にあるべきベッドは入り口からはまったく伺えなかった。
そして、ソファでくつろいでいたのは、よく調えられた薄茶色の髪とがっしりとした顔つき、身長は分からないが、体格も相当のものだろう、ふさふさのガウンを羽織り、透明の液体の入ったグラスを片手に持っている男。
彼は、突然開いた扉に少し驚いたような表情を見せたが、すぐに扉を開けた主が分かると表情を和らげた。
「セレーナ。お前がこんなところに来るとは珍しいじゃないか。また家出して遊び歩いていたんだって?」
その人、国王陛下は、確かに一人の父親の顔をしていた。
「ごめんなさいパパ。こんな遅くに。どうしてもお話したくて」
パパ!?
「いいとも。まずこちらに来なさい。そちらは?」
と陛下は僕に視線を向けた。
「地球でいろいろとお世話になったオオサキ・ジュンイチ様。ひとりで困っていたところを、エミリアまで送ってくださったので、ぜひパパにご挨拶を、と思って」
そう言って、セレーナは僕に目配せした。その目配せの意味は、多分、礼を示せ、ということだろうと思い、僕は片ひざをつき頭をたれた。
いつまでこうしていればいいのだろう、と思い始めたころにセレーナにそっと肩を叩かれたので、僕は顔を上げた。
「パパ、その、私の結婚のことで、お話ししたいことがあるの」
セレーナが言うと、
「そうか、そういう話も出はじめておったな、ま、言ってみるが良い、ちょうど……」
陛下はそういって左手の備え付けバーカウンターのあるほうに目を向けた。
「ようやくお心をお聞かせいただけるのですね、殿下」
と、入ったときには気がつかなかったが、五十歳前後の白髪交じりの長身の男が立っていた。黒と灰色の銀ボタン付きの長いジャケットと黒のズボンといういでたちの、落ち着いた感じの男。
その男を見た瞬間に、セレーナの表情は呆けたように激変してしまった。
「ロッソ……摂政……様」
それは、彼女がなんとしてでも避けようとしていた摂政閣下その人なのであった。
なんという不運。
不正な手段で渡航し慎重に遠くに船を下ろし何時間も歩いて、なんていうもろもろの努力は、一瞬で水の泡。
何より、僕自身がここにいる意味が全く無くなってしまった。
僕の百光年の旅は、完全に失敗。
でも、がっかりという感情よりも安堵感の方が大きかったことは否定できない。
もしここでセレーナが陛下に従兄弟との結婚なんてまっぴら、なんてことを告げる場面に居合わせてしまったら、ちょっとした王国の陰謀に首を突っ込んでしまうはめになってしまうかもしれない、と、ちょっと不安に思っていたから。
僕がいろいろ考えている間、恭しくかしずいていた摂政は、再び立ち上がると、
「殿下のご結婚の儀につきましては私にとっては陛下、殿下への最大の恩返しの機会と心得ておりますゆえに、殿下のお心、お聞かせいただけますことうれしく思います。しかし、その前に――」
と言いながら、僕のほうをじろりと睨み付けた。
「王女殿下。どこの誰とも分からぬ平民を、恐れ多くも国王陛下の御寝所に引き込むとは何事ですか。いくら殿下の御意とはいえ、こればかりは」
そりゃそうだよね、こんな小汚い地球人を連れてたんじゃ、小言くらいは言われちゃうよね。
でもそのおかげで、セレーナが告げ口をしようとしていた件からは話は逸れるかもしれない。
摂政の声にセレーナはびくりと反応している。
「しかし摂政様、この方は私が地球で迷っていたところを助けていただいたのです」
彼女は反論するが、
「それとこれとは別です、殿下。助けていただいたことには礼を申しましょう、しかし、この侵すべからざる陛下の御寝所に踏み込むことの理由とはなりませぬ。殿下、今すぐにこの男を逮捕させなさい」
え、逮捕? 僕が?
お小言を言われて追い出される程度だと思っていたけれど、余りに予測を外した彼の言葉に、今度は僕がぽかんとする。
いやいや。
そうは言っても。
セレーナに逮捕させる、だって?
まさか、セレーナがそんなことを命じるわけが無い。
この恩人の僕を。
だよね、と思いながら、セレーナをちらりと見やった。
「……申し訳ありません、摂政様。誰か、今すぐこの男を逮捕なさい」
しかし僕の予想に反してセレーナは扉の向こうにこんな声をかけたのだ。
扉の向こうに待機していた警備兵はすぐに一礼して寝室に入ってくると、僕の両脇を押さえた。
「セ、セレーナ……殿下、ちょっと、本気で?」
僕の問いかけに彼女は答えず、それどころか、目線さえ合わせずに、連れて行きなさい、と、そっぽを向いたまま命じたのだった。
***
長い長い二日だった。
僕には、ただ考えることしかできなかった。
セレーナの命令で逮捕され、王宮の一画にある留置所に拘留された。
独房、と言うには随分快適な部屋ではあったが、それは間違いなく独房であり、その部屋に面した廊下の先には常に看守の気配が感じられた。
取り立てて美味くもなくかといってまずいわけでもない、まるで昔の給食を思い出すような食事が、六回供された。
拷問どころか尋問も無い。かといって、弁明や弁護の機会も無い。
身分の確認さえされなかった。
もちろんIDの提示は求められたが、持っていなかった。
思い返してみると、セレーナの宇宙船に操縦者証として挿し込んだままだった。
だから、僕は正真正銘有無を言わせず身元不明の不審者なのだ。
正しい名前を名乗ったにもかかわらず、ここでの僕の名前は、セレーナ王女囚一号だった。
この宮殿では、王族や貴族の特権の一つとして、王宮で不始末をやらかした平民を逮捕する権利があるのだろうと思う。逮捕された囚人は、逮捕を命じた貴族の名前+通し番号で呼ばれることになるのだろう。
そういうわけで、僕は、セレーナ王女の名誉ある第一号虜囚となったわけだ。
ただ何もすることなく椅子が一つと机が一つあるだけの部屋で僕が考えたことの一つは、地球と家族のことだった。
親父も母さんもまさか僕がはるか百光年の彼方で罪人になっているとは思ってもいないだろう。
待てど暮らせど息子が帰らず、何かがあったかもしれないと気が付いて騒ぎ出すまで、どのくらいかかるだろうか。
僕の人権保護のために新連合国は動くだろうか。みじめに地上にはりつけにされた地球人は、僕一人のために今をときめくエミリア王国に物申すことができるだろうか。
けれども、それより長い時間、僕の思考を虜にしたのは、セレーナのことだった。
最初は、なぜ、セレーナは僕を裏切ったんだろう、という憤りだけだった。
僕が無事に地球に帰るまでが自分の責任だ、と言ったじゃないか。
その約束が破られたことが、とにかく悔しかった。
けれども、あの時、摂政を前にして顔を真っ青にした彼女の表情を思い出すと、彼女の自由を戒めるものの強さを思い、セレーナへの恨みの感情はいくらかは和らいだ。
――あれこそが、彼女の日常なのだ。
国家元首の娘として、強大な権力者に表立っては逆らえない。
そこに、自由なんてものは無くて。
自分がまだ子供で、彼女も子供でしかないことも、悔しかった。
僕は自己弁護する機会を自分で作るべきだったのかもしれない。
彼女は、頭の上がらない相手についにたてつく潮時だったかもしれない。
僕ら二人とも、そのどちらの行動もとることができなかった。たったこれだけのことができない子供二人が、そもそも権力にまつわる陰謀の炎に手を突っ込んだことが間違いだったのだ。
そうして、セレーナへの恨みは、いつしか、彼女への心配に変わっていた。
この事件は、彼女の経歴に大きな汚点として残されるのではないだろうか。何も音沙汰がないのも、実は、彼女自身が責められているからなのではないか。
あの小さな体で、彼女は、有象無象の王宮の物の怪たちと戦わなければならないのだ。
しかし、あの時、摂政の言葉に力なく降伏した彼女を思い出すと。
結局彼女もわずか十六の少女で、権威と経験と人脈に裏付けられた本物の権力に対してはまるで無力。だから、彼女は僕を犠牲にささげて恭順の意を示すほかなかった。
こんな考えがぐるぐると頭の中を行ったり来たりしているうちに、逮捕された夜が更け朝になり昼になりまた夜が来て、それをもう一度繰り返した。
そして二日目の真夜中、王宮の夜の静けさに慣れた僕の耳に、独房の外からの言い争いの声が聞こえてきた。
その声の二つともに聞き覚えがあった。
一つは、この夕方、今日の宿直だと自己紹介していった看守の野太い声。
もう一つは、今の僕の呼び名の第一単語として燦然と輝く女性の高い声だった。
遠くから聞こえていた言い争いは徐々に近くなり、内容が聞き取れるようになってきた。
「……ですから、王女殿下と言えども、囚人に単独で会っていただくわけには……」
「おだまりなさい! あれは私の囚人です。この王宮のいかなる貴族も、私する囚人に対して自由に尋問し処分する権利を有します」
「それでも法というものがございます」
「では王族として法に優越する権利の行使を宣言いたします。不服があるなら今すぐ貴族弾劾裁判の準備をなさい!」
声がそこまで聞こえてきたときに、その声に付きまとっていた足音は僕の独房の前で止まった。
「看守、私は権利行使を宣言しました。開けなさい。裁判は後で受けます」
「王女殿下、どうかご勘弁を、殿下を弾劾など私には……宣言は聞かなかったことにいたしますので、お手短にお願いいたします」
看守がしぶしぶと折れて、部屋の鍵を外す音が聞こえた。
そうして開け放たれた扉の向こうには、例の白無垢正装で凛と立つセレーナ王女殿下の姿があった。
「……看守、しばらく下がっていなさい。必要とあらば……」
「そ、その儀には及びません、どうぞお手短に……」
言いながらそそくさと看守は去っていった。
看守が立ち去るのを確認すると、セレーナは扉をくぐり、後ろ手で扉を閉めた。
ゆっくり僕に近づいてきて、五歩も歩けば僕に手が届くというところで立ち止まり、じっと立っている。
消灯時間後のため暗い常夜灯の下では、彼女がどんな表情なのかも分からなかった。
「ジュンイチ、ごめんなさい……」
彼女は、両脇で拳を握りしめていた。
「……自分がこんなに無力だなんて……いいえ、そんなこととっくに分かってたのに……私のせいであなたをこんな目に……」
彼女は小さくそうつぶやき、深くうつむいた。
僕は、彼女に対する恨みの感情など跡形もなく消えていくことに気がついた。
僕の目の前にいるのは、ただのか弱い女の子に過ぎないんだった。
どうしてそれを忘れて、その小さな背中に王族の責任とやらを背負わせようとしたんだろう、僕は。
「気に……しなくていいよ。僕も不注意だったし、君は僕を助けるために、君の手で逮捕したんだろう?」
ここにきて僕はようやく気がついた。
もしあの時、セレーナが逮捕を命じなければ、僕の虜囚名は『ロッソ公爵囚XX号』になっていたのだ。あのいけ好かないやつが僕の生殺与奪を握ることを考えれば、セレーナに逮捕されたことはなんという幸運だろう。
彼女は、追い詰められたぎりぎりの状況でも、僕を救うための最善手を考えていてくれたのだ!
僕の問いに、セレーナは何度かうなずいた。
そこから、彼女が押し黙って何分ぐらいだっただろう。暗闇がすべての音を吸い込んでいるように。
僕には一時間くらいに感じたが、たぶん実際にはほんの数分というところだと思う。
「……ここの暮らしは?」
「まあ、快適だよ、僕の家よりはね」
軽口で返してみたが、僕も彼女も笑わなかった。
「君はその……僕の事で、いろいろとひどい扱いをされてない?」
僕は気になっていることを訊いた。
「うん……、ま、王女の大失態ってことで、まだ当面はいろいろと詮索されそうね」
力なく彼女は答える。
「あの偏屈オヤジの民に対する優しさは間違っても私に向けられることは無いって思い知ったわ。今、彼が何をしようとしているか聞いてみる?」
そうして、ようやく愚痴をぶつける相手を見つけたからか、彼女の瞳には再び強気の火が燃え上がり、怒りをあらわにした。
「どんなことを? 宮殿の権力争いなんて言えば、相手の失態につけ込んで失脚を狙うなんていう話なんだろうけど」
僕が促すと、
「そうよ、だけど、よりによって、私が未開国の平民と――その、密通したって言うのよ。信じらんない」
「密通……って?」
「馬鹿! 密通ってあれよ、その、あ、あれ、もっと深い男女の関係ってことよ!」
「もっと深……えぇっ」
彼女の言いたいことを理解し、想像した瞬間に顔から火が出た。きっと耳まで真っ赤になっただろうと思う。常夜灯の下でそれをセレーナに見られなかったか気になる。
「前にも言ったけれど……王女の純潔性はとても重要なことなのよ」
「そ、それなら僕だって証言を――」
「あなたの出る幕はないわ。証人とか証拠とかって話じゃないの。これ以上は政治の問題。疑われる行動をとった時点で政治的に負け。あとは、私が何を彼らに提案するかってだけなのよ。彼らが口を閉じるに十分な特権なり財産なり、何かを示す必要があるってだけ」
彼女は、たった一人で、こんな政治の駆け引きを生き抜いている。
一方僕は、独房で恨み言をつぶやくだけだ。
そりゃ生まれた立場が違うって言えばそれまでだけど、僕にだって何かできることがないだろうか、と悔しくなる。
「あなたは、自分のことは気にならないの?」
セレーナが言う。
「気にならないってわけじゃないけど……」
君の苦悩に比べたら、僕のことなんてすっかり忘れてしまっていた。とは言わなかった。きっと、彼女にとって、平民の僕にこんなみっともない姿をさらす事はこの上ない恥に違いない、と思って。
「ま、二日もこんなところに閉じ込められてちゃ、へこみもするでしょうね」
そして急に僕に近寄り声色を落とし、
「とりあえず、助けに来たのよ。行きましょう。あなただけはこっそり逃がしてあげる」
と僕の耳元でささやいた。
……僕を逃がす、だって?
どういうことだろう。
こんな夜中にこっそり。
つまり、さっきの看守との押し問答のような特権的手段を駆使して僕を王宮から助け出す、そういうことだ。
少なくとも身元も何もばれていない以上、王宮から逃げ出せば、たぶん、それ以上の追跡は無理。
普通の旅行者の顔で地球に帰ることもできるだろうと思う。
セレーナは真剣な目で、僕の返事を待っている。
この魅力的な誘いを受け入れない理由が無いじゃないか?
でも。
看守をどやしつけて身元不明の犯罪者を解き放った誰かさんは、どうなるんだろう。
ふとそう思った次の瞬間、僕は、なぜか頓珍漢な第三の選択肢を口にしていた。
「一緒に逃げよう」
彼女は僕の言葉を聞いて、しばらく表情が固まったまま動かなかった。
ようやく正気に戻ると、
「は、はあ? 何を言ってるの? 私は逃げる必要なんてないのよ。あなた一人がこの王宮から解放されればそれでおしまい。何のお咎めもなく民間の船で地球に帰れるわ」
「じゃあ、残された君はどうするんだ。これまでのいくつかの罪に加えて僕を逃亡させた罪まで一人で背負うつもりか? それで君がどれほどの譲歩をしなきゃならないか……その譲歩が君の一生にどれほど重い鎖を付けてしまうか……」
「そんなこと分かってるわよ。でも私は、王族、王女としての責任があるわ」
「なぜ君だけがそんな責任を負わなきゃならないんだ。君は身分は王女でも、僕から見れば、普通の女の子に過ぎない!」
「ひどい言い様ね! 侮辱だわ!」
彼女は小声なりに言葉を荒らげるが、僕も負けじと、
「必要ならいくらでも侮辱してやる、君が自分を助けると決めない限り」
「私は生まれたときから重荷を背負うことが決まってるの。そんなものあなたごときに変えられないわ。今回も私の不注意で重荷がひとつ増えるだけ」
「だからって黙って受け入れ続けるのか? ずっと?」
「じゃああなたに何ができるって言うの!?」
何ができるか、だって? 気圧されて、視線を下げる。暗い床が目に入る。
「分からないよ、だけど……」
そう、確かに何もできない。
でも、僕にあって彼女に無いもの。
……市民の権利。
貴族に蹂躙されない、地球新連合国市民の地位。
「……地球新連合に一緒に駆け込めばいい、何の警告も無く逮捕された地球市民です、って。王女様はそれを救い出した英雄だ」
母さんは新連合の公務員だし、ちょっとしたツテくらいなら期待できる。
でも彼女は納得しない風だ。
「たかがあなた一人の身のために国を巻き込むなんてやめて」
「たかが? 見くびらないでくれ。僕は新連合国の主権者だ、君のお父さんと同じにね。国家に対する責任と権利で言うなら君よりよっぽど上の立場だって言ってもいい」
「だからって……」
僕の権利主張に、彼女は突然弱弱しくつぶやいた。
国を背負う責任を知っているからこそ、僕の言葉に反論が浮かばないのだろうと思う。
正直、ちょっと追い詰めすぎたかな、と感じる。
「その……君を助けるためにも……新連合国から正式な抗議をしてもらうなんてことも……できるんじゃないかと思う……んだけど」
僕の言葉もちょっと尻すぼみ。
いくらツテがあっても、本当にそんなことができるのか、僕にも自信が無い。
セレーナは、しばらく僕の瞳を覗き込んだまま、立ち尽くした。
それから、弱々しい声で言う。
「……ありがとう、でも、だめよ……」
彼女の瞳が潤んでいるのが暗い照明の下からでも分かった。
言い過ぎたのかもしれない。
考えてみれば当然だ。僕が地球を捨てられないように、彼女だってエミリアを捨てられない。
ましてや、王族の一員としての責任を捨てて、地球を頼って逃げるなんて。
僕はなんて馬鹿なことを言ってしまったんだろう。
現実離れしている。
セレーナが言うとおり、僕は世間知らずの子供、なのだろうな。
ごめん、今のは無かったことに、と言おうと思い、大きく息を吸い込んだとき、先に声を出したのはセレーナだった。
「どうせ考えなんて無いんでしょう」
言葉を取り戻した彼女は、いつもの強気の彼女だった。そう、僕を叱りつけるときのあの顔で。ここでセレーナに叱り飛ばされてこの話はおしまい。内心僕はほっとする。
「もちろん、無い」
僕は正直に答えた。
「そ、安心したわ。あなたに考えがあるなんて言われたら逆に不安だもの。じゃ、行きましょうか」
「え、え?」
僕はあわてた。
いや、僕の中ではこの話は『なし』になっていたはずだった。実に失礼なことを言われたはずなのだが、それ以上に、彼女の決断への戸惑いのほうが大きくて、苦情を言うことも忘れていた。
「行くって、どこへ?」
「知らないわよ、でも、あなたが一緒に逃げてくれるんでしょう? あなたが行きたいところならどこへでも」
「だって君の立場じゃ新連合に駆け込むなんて……」
「前と同じ、ばれやしないわ。しばらく家出してればほとぼりも冷めるわよ、これまで家出だって一度や二度じゃないしね」
僕は、底抜けに強気で前向きな彼女が帰ってきたことを、正直に喜んでいた。たとえ言っていることがむちゃくちゃでも、落ち込んですべてをあきらめた彼女より何倍も魅力的で。
その彼女はさっと振り向いて歩みだそうとし、それから、固まっている僕を振り返った。
「なに立ち止まってるのよ。いまさら怖気づいた?」
「まさか。僕が行こうと言ったんだ」
「ふん、そういうことにしといてあげるわ」
そう言って彼女は僕の手を掴むと、自由な世界に向かって一歩を踏み出した。
***




