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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
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第六章 陰謀と破壊(1)

■第六章 陰謀と破壊


 戻ってから何を話したのか、よく覚えていない。

 気がつくと、新連合が陰謀にかかわっているかどうかはまだ分からないから、明日も同じように張り込みを続けよう、ということが決まっていた。


 セレーナの顔を一度も見ることができなかった。

 セレーナが一言でも発言したかどうかも覚えていない。


 みんなで出かけて味のしない夕食を摂った記憶がある。


 地球より短いファレン標準時では深夜はあっという間にやってくる。

 睡眠時間を十分にとるため、ファレン標準時二十二時にはキャビンのハンモックベッドの中にいた。


「大崎、何があった」


 向かいのベッドにいる毛利が話しかけてきた。


「いや、何も」


 別に言うべきことじゃない。彼らには関係の無い話だ。


「何も無いなんてことは無いだろ。帰ってきてからのお前は明らかにおかしかった。ついでに言えば、セレーナさんもな」


 セレーナも。

 ……僕に、彼女の目的を聞かれてしまったから。


「毛利たちには関係無い。いずれ済む」


 僕は低く短く、答えた。


「は? ここまでかかわらせておいて関係無いだ?」


 毛利は声を強めた。


「俺が何も分からない馬鹿だと思ってるんだろう。だがな、お前とセレーナさんの間に大変なことが起こっているくらいのことは俺にだって分かるぞ。それが、お前一人の力じゃ解決できないってことにもな」


 その通りだ。

 だけど、それを毛利に話しても無駄なんだ。


「……なあ、大崎、付け上がるんじゃないぞ。『この僕に解決できないことがお前に解決できるもんか』なんてことを思ってるだろう」


 確かにそんな風に思っているかもしれない。

 だけど、これはエミリア王家の問題。たとえ僕とお前が束になったってかないっこない。その上、その陰謀は、この僕を絡めとろうとしているんだ。


「そりゃ、現実はそうかもだがな、試してみもしないでこの俺をそんな風に見下しているんだとすると、怒るぞ。いや、軽蔑する」


 その毛利の言葉に、はっとする。


 僕は、毛利を見下していた。

 何てことだろう。

 大切な友達を。

 ただ、後から参加したというだけの理由で。


 僕も毛利も、無力な高校生という意味では、まったく同じじゃないか。


 僕は馬鹿だ。

 軽蔑されて当然のことを、していた。


 目を上げると、毛利の真剣な視線に気が付いた。

 彼なりに、僕のことを案じてくれているというのに。


「……毛利、ごめん。お前の言うとおりだった。お前を見下してた」


「だろう。え? だったらこれからどうするんだ?」


「……僕の悩みを、親友に相談する」


 僕が言うと、とたんに毛利は相好を崩してうなずいた。


「よし。じゃあ言ってみろ」


 僕はうなずいた。


 そうして、僕は今日見聞きしたことをすべて毛利に話した。

 エミリア大使館で聞いた会話。

 僕が思い描いた陰謀の全容。


 もちろん、呆然として耳にほとんど入らなかったその後のことは語るところがほとんど無かったが、そこはむしろ毛利がしっかりと見聞きしていた。

 彼は、きちんと、僕の親友として、僕が知るべきことを補ってくれていたのだ。


「……なあ、大崎」


 聞き終わって、しばらく考え込んでいた毛利が、やがて口を開いた。


「なんだよ、改まって」


「お前って、かなりおいしいよなあ、間違いとはいえ、お前さえその気ならあのセレーナさんの婿になれるんだぞ?」


「……間違い?」


「間違いに決まってるだろ。さほど嫌いでもない許婚から逃げるために宇宙中を家出していた王女様が、お前なんかとくっつけられそうになって黙ってると思うか?」


 ……なるほど。

 道理だ。


「……僕『なんか』ってところは聞き捨てならないけど、まあ、毛利の言うことも一理あるな」


「だろ? お前がずっと付き合ってきたセレーナさんを、まずは信じてやれよ。それがもし全部嘘だったら、そのときに改めて落ち込め」


 確かに彼の言う通りかもしれない。

 そこまで含めてお芝居だったかもしれないけれど、今すべきことを考えるのに、そんな可能性をいちいち論じる必要なんてあっただろうか?


「落ち込むだけで済めばいいけど」


「落ち込むだけで済むんだよ。信じてた友達に裏切られたー、ショックだー、ご飯ものどを通らないー。……で? それで宇宙が滅びるのか? また立ち直ってほかの友達と楽しく暮らせばいいだろ」


「だけど彼らの狙いは僕で……」


「ほっとけ。お前がなびかなきゃあっちに打つ手は無いんだよ」


 ああ、なんてシンプルな答えを口にするんだろう、この男は。

 僕は何を難しく考えていたんだろう。

 そうとも、エミリア王家の小娘ごときが僕の気持ちを好きにできると思ったら大間違いだ。


「それでもお前が納得いかなかったり、セレーナさんがいつまでも態度をはっきりしないみたいだったら、とっておきの手がある」


 そう言って、毛利はにやっと笑う。


「何だよ、もったいぶるなよ」


 ああ、あれはおかしなことを考えているときの毛利の顔だ。


「お前な、セレーナさんに告白しろ。愛の告白ってやつだ。それで王女様がそれを受け入れるなら、しょうがない。何もかもあきらめてエミリアの王様にでもなればいい。ある意味でハッピーエンドだ。そんときは友達として手放しで祝ってやる。そうじゃなければ……まあ、そっから先は、お前とセレーナさんで考えればいい。だけど、お互いに誤解が解けて、それはそれでハッピーエンドってわけだ」


「……嘘の告白をしろと」


 とんでもないことを言うやつだ。

 僕がセレーナに告白?

 その後にどれだけひどい目を見るのか、目に見えている。


 要するに、真実を知るためには犠牲が必要だ、そういうことか。


「嘘でも本当でもどっちでもいい。陰謀の目的がお前とセレーナさんの結婚だって言うなら、いずれにせよそこが終点だろ。いろんなやつの思惑が入り込む前に直行便を出せばいい」


「……お前って頭が良いのか悪いのか、分からなくなるな」


「俺は基本頭悪いんだよ。だからスタートとゴールしか見えねえってだけだ」


 一方の僕は、ちょっと小賢しい知恵を付けたばかりに、見えているはずのスタートとゴールも見ずに、見えもしない陰謀の根とやらを勝手に妄想しているわけだ。


 毛利に打ち明けて本当に良かった。


 悩みが吹っ切れた、わけではない。


 セレーナ自信が陰謀に加担している可能性は、否定できない。

 それが、僕が心に持つセレーナの理想の姿を粉々に砕くことを考えると、胸が痛む思いがする。

 だけど、まずは見えるもの、僕が今まで見てきたものだけを信じよう。


「……ありがとう。僕のことを一番良く見ていたのは、実のところ毛利だったんだな」


「気色悪っ。いいから言うとおりにすんだぞ」


 毛利は照れ隠しか、毛布を頭から被ってこちらに背を向けた。

 そうとも、この旅で何が見えてもかまわない。

 今は、僕の知る真実を信じるだけだ。


***


 夜が明けて、また同じ時間に出発した。

 四日目になるこの喫茶店。

 何も言わないのに、カフェオレでいいですか? と店員に尋ねられた。


 そろそろ、張り込みの場所のバリエーションを持たせたほうがよさそうだな。


「よかった、大崎君、今日はご機嫌ねえ」


 浦野が最初から砂糖とミルクを入れた紅茶をすすりながら言った。


「え? そう?」


「そうよう。昨日は、もう死んじゃうんじゃないかって思うほど、落ち込んでるように見えたよう」


「そ、そうか。ごめん、心配かけて」


「立ち直れたんならいいよ。話したくなければ話さなくてもいいし」


 浦野はそう言って、大使館に入っていく人たちを眺めている。

 そうだな。浦野に話さないのは、フェアじゃないかもしれない。

 毛利は、きっと今頃マービンに事情を説明しているはずだし。


「……昨日、盗聴でちょっとショックなことを聞いて」


 僕が話し始めたが、浦野は窓外から目を離さない。

 穏やかな陽光が差し込んで、浦野の横顔を浮き上がらせた。


「その……セレーナが、僕を誘惑するために転校してきたって言うんだ。僕らを結婚させて、地球をエミリアの後ろ盾として利用しようとしているって」


 浦野の表情は、それを聞いても変わらなかった。


「僕は分からなくなって……セレーナが本当にそんなつもりで僕に近づいてきたのか、と思うと、なんだか裏切られたような気がして……」


「なるほど、ねえ。大崎君らしいな」


 浦野はようやくこちらに顔を向けた。


「ほんと、君ってピュアだねえ。いいじゃない。大崎君はセレーナさんのこと好きなんでしょーう? 陰謀でも何でも使ってくっついちゃえば」


「僕がセレーナのことを?」


 またおかしなことを言う友人が一人。


「違うのう?」


「違うよ」


「えー。てっきりそうだとばかり」


「おかしな妄想はやめて」


「でもあたしよりは好きでしょーう?」


「いやいや、同じくらい」


「ほんとに!? あたしってば、王女様と同格!?」


「言いすぎ」


 僕は浦野の頭を軽くはたいた。


「痛いよう。でも大崎君が元気でよかった」


「毛利のおかげ」


「毛利君かあ。いいところあるよね、彼も」


 彼女はにこにことしながら、再び窓外に顔を向け、遠くを眺める。


「本当だよ。僕は自分で作った袋小路の中で動けなくなってた。毛利は、ほっとけ、って言った。セレーナがどんなつもりだろうと、ほっとけば良いって。その通りだと思ったよ。誤解ならいつか解けるし、解けなければ、嘘の告白でもして本音を聞けば良いってさ」


「嘘の告白? 何それ、面白そう」


 あ、しまった、変なところにスイッチを入れてしまった。


「ようし、だったら、あたしが絶好のシチュエーションをプロデュースしてあげちゃうわよう。まずねえ」


「ストップストップ。それはまたいずれ」


「なんだよう、人の妄想に口を出すなよう」


「妄想なら口に出すなよ」


 浦野は一瞬ふくれっつらをしたが、再び窓外に目を向け、にやにやと笑っている。


 そんなときだった。


 腕に付けていたジーニーインターフェースのランプがつき、同時に、イヤホンから、ジーニー・ルカの声が聞こえてきた。



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