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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
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第五章 ファレン共和国(2)

 目を覚ますと、向かいの壁に眠った毛利が涎を垂らしてぶら下がっていた。

 四つのキャビンに六人なんだから少なくとも二組は相部屋になるのは分かっていたが、僕の相方は毛利だったらしい。


 たぶん昨晩は遅い時間まで騒いでいただろう。宇宙に飛び出したというだけであのはしゃぎようだったのだから、さらにカノンジャンプとなれば、とても眠れるものじゃない。

 そんな風に思い、毛利を起こさないようにそっとベッドを抜け出して操縦室に向かった。

 たぶん、はしゃぐ三人の面倒を見るのにセレーナも随分付き合わされただろうから、まだ眠っているだろうな。


 自分がものすごく大人げないことをしたような気が、今さらながらしてきた。


 操縦室への扉をくぐると、そこにある人影はたった一人だけ。

 ラウリだった。

 特に何をするでもなく、最前方に浮いて、窓から見える次の中継カノン基地をじっと見ていた。


 何を話しかけていいものかわからず、僕は、いつも座っているナビゲータ席に体をベルトで固定し、外を眺めた。


「おはよう、ジュンイチ君」


 黙っていると、結局、彼の方から話しかけてきた。


「今、どの辺?」


 僕が訊くと、


「ジーニー・ヴェロニカによると、まだ道のりの半分程度らしいな」


 彼は瞬時にジーニーからの回答を口にした。

 国家の大事を任されジーニーに直接つながった彼と、ただの高校生の僕。

 セレーナとの釣り合いを考えればどちらがふさわしいかなんて分かりきっている。


 釣り合い? 何の?

 それはもちろん、宇宙のバランスを崩しかねない陰謀を暴く旅のパートナーとして。

 そう考えると、僕はなんて場違いなんだろう。


 いつかセレーナに、ジュンイチはもう来なくていい、と告げられる日が来るかもしれない、という不安が、彼を見ていると心に湧き起こってくる。

 もちろんその日はいつか来る。分かっている。

 でも、ラウリに取って代わられることでその日が来るのかもしれない、そう考えると、なんだかとても気分が悪い。


「ジュンイチ君、君は手を引くつもりは無いかい?」


 まるで僕の考えを読んでいたかのように、ラウリは突然、僕にそう訊いた。


 手を引く。

 つまり、これ以上、この件に、あるいはエミリアに、かかわらない、ということ。

 ただの高校生としては、それはもっとも自然な選択肢のはずだ。


「……僕は、最後までやり抜くつもりだ」


 僕は意識せずに、こう答えていた。

 子供っぽいとは分かっている。

 だけど、ラウリへの反発のようなものが、僕にそう言わせたのだと思う。


「分かっているよ、君は君ですべきことを持っている。けれど、それは本当に君がしなくちゃならないことか?」


「……僕はそう思ってる」


「そうか」


 ラウリはため息をついて、いつもはセレーナが座っているはずのメイン操縦席に体を収めた。


「あの王女が、君のことをそう思っているとは限らない」


 ラウリが言う。

 僕もその通りだと思う。


「でも、セレーナがどう思っていても、僕は、今、降りるわけにはいかない」


「僕はそうは思わない。君はただの高校生だ。君は当たり前の生活をして当たり前の一生を送る権利がある」


 セレーナにも同じようなことを言われたな。


「それに、君があの王女から手を引けば、僕も余計なことをしなくて済む」


 彼はセレーナのことを名ではなく『あの王女』と呼ぶ。僕らはともにあんな面倒なお人形にかかわる必要の無い自由人なんだ、とでも言いたいようで、腹が立つ。


「余計なことなんて頼んでない。僕は僕のしたいようにしているだけで、ラウリ、君がいるからと言って行動を変えたつもりも変えるつもりもない」


「分かっているとも。君は君のすべきことをしているだけだ。だが、それが、いずれ、君とあの王女を傷つけることになる。これは助言じゃない。警告だ」


 ラウリは鋭い視線で僕を睨み付けながら言った。

 ある意味で、彼の言うことは的を射ているのだろうと思う。陰謀の世界で暮らしてきた彼には、僕らの危うい行動の終着点が見えるのかもしれない。

 だったらなおさら、僕はセレーナを守らなきゃならない。


「それでも僕は……今は、進むつもりだ」


 僕が言うと、ラウリは目を伏せた。


「君は自分を特別な人間だと勘違いしている」


 そして、ギラリと僕をにらむと、続けて鋭い一撃を僕に見舞った。


「君は自分だけがあの王女に釣り合う人間だと思っている」


「そ……そんなことはないさ」


 否定しながらも、僕はセレーナに選ばれた特別な人間かもしれないという錯覚をしていたことを、心の中で認めざるを得なかった。


「君は実のところなんの力もない一般市民で、なおかつ子供でさえある。本当は君が背負うべき宿命じゃないはずだ」


「そうは思うけど……期待には応えたいと思っている」


「それが君の決意なら……仕方がない」


 そう言いながら顔を伏せ、再び上げて僕の瞳を覗き込んだ。


「しかし、君と王女の間にあるのは借り物の絆だけだ」


 借り物の絆?

 何のことを言っている?


 僕とセレーナの絆。

 ……まさか、究極兵器の秘密のことか?


 ラウリは一体――。


「君は一体、どこまで知っているんだ?」


 僕は耐えかねて彼に尋ねた。

 彼は、ふん、と鼻を鳴らした。


「全部、知っているつもりだ」


 彼の言う全部がどこまでなのか、確かめようがない。僕は意味の無い質問をしてしまったようだった。


「君がおそらく知らないことも含めて。……この旅そのものが無意味なものだと、いずれ君に気づかせてやるつもりだ。だから僕は同行することを申し出た」


 僕の知らないことも含めて。

 彼は一体どこまで、何を、知っているのだろうか。

 結局ただの高校生にすぎない僕には、本職のスパイの知ることなどその片鱗さえ知りようがないのだ。


「……本来僕はここまでしゃべっていいほどの権限を持っていない。にもかかわらずしゃべったのは、君にほどほどのところで手を引いてほしいと僕が本心から思ったからだ」


 彼の本心とはいったいどこにあるのだろう。

 そもそもスパイのしゃべる言葉をどこまで信用していいものか。


「君が本当の絶望を知る前に」


 最後に彼は付け加えた。

 本当の絶望。

 それはどんな形でやってくるのか。


「……この王女様の席を勝手に使っていたと知られたら大変だ、僕は一旦引っ込もう」


 最後まで一方的にしゃべり終わると、彼は操縦席を離れ、キャビンへを向かう扉をくぐって行った。


***


 ファレン共和国主星、惑星ファレンには二日半の道のりだった。

 考えてみればすでに学校では週明けの授業が始まっている。ま、こんな遠くまで来てしまっては気にしたって仕方があるまい。


 いよいよ目的地となると、再び毛利たち高校生三人組ははしゃぎ始めたが、あまりはしゃいでいると突然重力が戻ってきたときに危ないぞ、という僕の忠告でおとなしく席に着いた。


 ファレンの首都は『第一市』という味気ない名前だった。比較的遅くから植民された惑星ではよくあることのようだ。いずれ伝統ある名前を付けようという意図であえて序数名をつけ、結局そのまま定着してしまうパターンだ。

 僕らは、各国の大使館などが密集する官庁街にほど近い駐機場を堂々と利用することにした。もちろん、船籍は前と同じように偽装し、今はマービン家のプライベート船ということになっている。ついでに言えばセレーナもマービンの従妹、つまり、ラウリの妹ということになっている。マービンの架空の叔父は、世界各地から孤児を引き取って育てる慈善家なのだ。


 来るまでに、ジーニー・ルカから、ファレン共和国についてあらましを聞いた。


 この国は、商社と開発業者などからなるコンソーシアムにより開発された惑星ファレンに自然発生した共和国で、最近ようやく近隣星系資源開発を始めた国のようだ。

 当初は豊富な資源が期待されたこの惑星は、採掘がはじまってからすぐに貧しい星だということが知れた。それでも低コストで掘れる資源を格安で輸出して、それを原資に周辺いくつかの惑星への探査を開始した。


 いくつかの惑星の中から資源の豊富な惑星を一つ見つけ、それ以外の探査中の五惑星は資源探査の常識に則って領有だけを宣言して放置した。その放置された中に、惑星カロルがあった。


 最初にカロルの可能性に気づいたのは、例によってロックウェル連合国だった。

 ロックウェルは金銭での譲渡を持ちかけたが、その頃にはファレンもカロルの重要性に気づき、譲渡を拒否した。しかし、領有したまま共同開発することには比較的乗り気だった。二惑星を同時に開発するだけの余力が無い以上、ロックウェルの豊富な資金力は魅力的だった。


 そこに現れたのがエミリアだった。

 突如、エミリアは、ファレンに莫大な投資を始めた。ありとあらゆる企業や労働者がエミリアの投資により潤い、ほんの二回の国政選挙を経たところで、政権与党は親エミリア系政党にすげ変わっていた。

 ロックウェルとの共同開発の話は立ち消え、さらに、惑星カロルをまるで無いもののように扱うようになった。それが、今の状況なのだった。


 エミリアという国にあまり親しみを持たぬうちにこのような話を聞けば、汚い国だ、という感想を持ってしまうだろう。事実、マービンなどはあからさまに、道理にもとるやり口だ、と怒りの声を上げたほどだ。


 そんなことを思い出しているうちに、もう地表から数千メートルというところにまで降下し、翼を広げて滑空飛行をしていた。ドルフィン号の翼を初めて見た高校生三人はまた窓際に駆け寄ってはしゃぐのだった。



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