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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
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第四章 バルコニーの密談(4)

「さて、状況は飲み込めたね。僕は、君たち二人から何かが得られるかもしれないと思ったが、残念ながら失敗だ。このままでは自由圏は失望し、いずれバランスは崩れる」


 それが、セレーナにどんな表情をさせるかを想像して、僕は首を横に振った。


「だめだ。そんなのはだめだ」


「ジュンイチ君……君の気持ちは分かるが、君たちが何も知らないんじゃ、結局何も出来ないよ」


 何かないのか。

 新連合が何を考えているのかを示す方法は。

 母さんに訊くなんてもってのほかだ。僕にしゃべる程度の秘密ならラウリみたいなスパイは必要ない。


 ……僕らがスパイをすればいい。

 どこに?

 もちろん、新連合、そして、エミリアに。


 だけど、新連合内でのスパイは馬鹿げている。セレーナの故郷エミリアでのスパイなんてもっと馬鹿げている。

 問題の焦点はどこだ?


 そう、カロルだ。


 それを領有するファレン共和国だ。

 そうだ。

 もし新連合がカロルにかかわる利権でエミリアに組するなら、間違いなく、ファレンに対してアクションを起こすはずだ。


「……ファレンに行こう」


 僕は、うつむいたままつぶやいた。


 それ以上のことは考えていない。

 だけど、何か行動を起こさなければ。

 誰かに背中を押されるだけの人生と決別しないと。


「なんだって?」


 ラウリの反応は予想通りだった。

 顔を上げる。彼の表情は、驚きと言うよりは訝しみだった。ごうっとつむじ風が通り過ぎ、彼の柔らかな金髪を巻き上げる。


「……ファレンには、ロックウェルもエミリアも新連合も、大使なり駐在員なりを送り込んでるだろう? もし新たな陰謀が動き始めているなら、問題の焦点にいる彼らに動きがある。ラウリ、君ならできるだろう、彼らにスパイを仕掛けることも」


「……もちろん。だが、ファレンは遠い。君が考えているよりずっと。僕のこのぴかぴかのIDは、いずれ疑いを持たれて道を閉ざすかもしれない。事実、自由圏のスパイは、IDの不便のために宇宙ではほとんど活動できないんだ」


「それは僕がごまかす。いくらでもやりようがある」


「君が、だって?」


 ラウリが驚きの声を上げると、


「ラウリ、あまり聞かされてないのね。ジュンイチは、ジーニー使いの天才なのよ」


 セレーナが笑いながら割り込んできた。

 そのとき初めてセレーナが笑っていることを知って、僕も勇気が湧いてきた。


「天才ってわけじゃないけど、セレーナの持つジーニーは、特別なんだ。なぜかは分からないけど、特別なんだ。君の身分を当分隠し通すくらいなら、やってみせる。……ジーニー・ルカ、やれるね」


 セレーナのリボンを通して聞いているであろうジーニー・ルカに呼びかけた。応答はすぐに僕の左手首のインターフェースからあった。


『はい、オーダーをくだされば、いつでも』


 答えを聞いてから、僕はラウリに視線を突き刺した。


「いいか、ラウリ。僕は、宇宙のバランスなんて知ったこっちゃない。だけど、君たちが僕らにかけた疑いがセレーナを泣かせることが我慢できない。だから無実を証明するために僕は行動する。そんな僕の個人的な行動に君が参加できないというのなら、僕は侮蔑をこめたさよならを君に告げよう。だが、君が本当に正義のために動いているのなら――」


「――挑発は必要無い。僕も行こうじゃないか。僕にかき回されてセレーナさんとの友情を危うくされた君の憤りはもっともだが、これは僕の利益のためでもある。これですべてがはっきりすれば、僕は手を引こう」


 僕はどうしても、ラウリに対して優位でいたいと思った。

 ラウリに暴言を叩きつける側でいたいと思った。

 その理由は、よく分からない。


 なんだか、ラウリに対してこみ上げてくる、悔しいような歯がゆいような気持ち、感情的な敵愾心に過ぎないのかもしれない、そんなことは分かっているのだけれど。

 本当は違うと分かっていても、こいつが僕らのすべてを否定しようとしている、そんな思いがあった。


「それじゃ、いつ出発しようか。次の長期休みまで、何日――」


「今だ!」


 考える前に口をついて出た言葉は。

 今すぐ出発しろと命じた。

 僕の中の僕がそう言うなら、そうしようじゃないか。


 そうとも、今、出発しよう。


「セレーナ、ドルフィン号を」


「待ってジュンイチ、週明けからの授業は――」


「そんなものどうだっていい。一分出発が遅れたら一分長く君が苦しむというのなら、一分でも早く出発するんだ」


 僕が言うと、セレーナは、ふう、と大きくため息をついた。


 でも怒ってはいないようだ。

 その頬には微笑みの色さえ見える。

 きっと、出発に賛同してくれる。


「ひえー、大崎君、言うねえ」


 セレーナの答えを待っていたつもりが、予想外の声が聞こえてきてしまった。

 浦野の間延びした声が。

 見ると、バルコニードアの脇のカーテンに体半分包まっている。


 ああ、どうして見落としていたんだ。

 ラウリはずっとバルコニーの外を向いていたし、セレーナも僕のほうを見ていた。室内側が見えていたのは僕だけじゃないか。

 ……僕のミスだ。


 驚いた表情で振り向いたラウリとセレーナも、すぐに非難の色を込めて僕をにらみつけた。


「う、浦野……あの、お尋ねしますが、いつから?」


「えーと、ラウリさんが出て行ってからすぐかなあ。セレーナさんをめぐる熱いバトルが見られるんじゃないかと思って……ごめんねえ」


 思わずため息を漏らしてしまった。

 浦野をここまで深入りさせるつもりは無かったのに。

 だが、そんな浦野を見ていると、さらに困ったことになった。


 浦野の包まったカーテンの陰から、さらに二つの影がひょいと出てきたからだ。

 言うまでも無く、毛利とマービンだった。


「いやその、見に行こうぜって言ったのは俺でさ」


 ばつが悪そうに頭に手をやって弁明する毛利。


「……セレーナ、人の記憶を消すような権力は、王族には無いのかな」


「うーん、廃人になってもいいのなら、やれないことは無いけど。ジーニーのブレインインターフェース技術を使えば。でも物理的に消しちゃうほうが早いわね」


「うわわっ、待て、待ってくださいセレーナ殿下! 忘れます!」


 あわてて毛利が膝をついて頭を下げた。


「冗談よ。信じるわ。誰にも言わないでね」


「もちろんです、殿下!」


 ここまで平身低頭の毛利を見るのは初めてで、僕は思わず笑ってしまった。

 ラウリも、まあ、苦笑いしているところを見ると、大目に見るつもりなのだろう。スパイという本業の前に、彼は、毛利たちとの友人の立場を優先してくれたようだ。

 しかし、浦野の反応はまた違ったようだ。


「セレーナさんの船って、何人乗りなんだっけえ?」


「キャビンは八人分……おいちょっと浦野、何を考えてるんだ?」


「じゃあ、六人なら十分ねえ」


「トモミ、悪い冗談はやめて。これ以上巻き込みたくないのよ」


 セレーナも焦って止めに入る。


「ここまで巻き込んでおいてそれはないよう。あたしだって、大崎君のこともセレーナさんのことも、もちろんラウリさんのことも、心配なんだよう? 何ができるか分からないけどさ、連絡役くらいはできるもん」


 と、浦野は胸を張って見せる。


「大丈夫、心配要らないから」


「でも、なんだか帰ってこないかもしれないって思うと不安なんだもん……」


 誰が? とは訊き返さなかった。


 きっと、セレーナのこと。

 もしかすると面倒が起こって、セレーナがそのまま連れ戻されたり。

 そんなことは十分に考えられる。


 それに対抗するには、考えることだ。

 考えるだけなら、一人より二人。三人より六人だ。


 もちろん、僕が前に自分で言ったことだ、それは良く分かる。


「だけど浦野、分かってくれよ。セレーナはこれ以上、いろんな人を巻き込みたくないって思ってる。この僕でさえ、ことあるごとに、もうここで船を下りろと言われるんだから。セレーナの不安をこれ以上増やさないであげてくれないか」


 僕が諭すように言うと、浦野はほっぺを膨らませて抗議の意思をあらわにした。


「そんなこと言うなら、今の話、全部話しちゃうもん」


「そ、そんなことしたら、いくらトモミだって――」


「――大崎君のお母さんに」


 セレーナは言いかけた言葉を飲み込んでしまった。

 それはセレーナにだけ効力を持つ、浦野の究極兵器。

 浦野は僕と一緒に誘拐された不幸と引き換えに、宇宙一の王女を黙らせる究極兵器を手に入れていたのだった。


 その炸裂の余波は僕をも黙らせ、そんな様子を眺めながら、ラウリは苦笑いのまま、横から言った。


「……僕らの負けのようだ。僕もお荷物はごめんだが、あの怖い外交官ににらまれる方がもっとまずい。しょうがないね」


 どうやら僕の母さんは、ラウリにとっても鬼門のようだ。そう言えば、母さんは、自由圏を相手にしているほうがよほど楽だ、なんて言っていたな。


「だけど、授業はどうするのさ」


「どうにでもなるって」


 僕の問いには毛利が答えた。さらに続けて、


「私が無理やりフェスティバル大勝利旅行に連れ出したことにしますよ。アリバイ作りのためにいくつか別荘を押さえておきます。教師陣に連絡して補習の日程も調整しておきましょう」


 マービンが助け舟を出す。こんなとっさのときにも、どこまでもそつがないやつだ。


「さあ、そうと決まれば気が変わらないうちに行きましょーう。どうせ大崎君のことだから、各自準備をして来いなんて言ってその隙に出かけるつもりなんでしょう?」


 もちろん、そのつもりだった。

 鈍ちんの浦野にここまで読まれてしまっちゃおしまいだな。

 この勝負は完全に僕らの負けのようだ。


「しょうがないな。セレーナ、じゃあ、船を」


「待ちなさいジュンイチ。いくらなんでも、一晩分の準備しか無い女の子を連れ出すのはあんまりよ」


「えー、セレーナさんの貸してくださいよう。下着とか多少きつくても我慢するから」


「……トモミ、あなた、案外失礼なのね」


 僕はそのとき初めて二人の胸元を見比べ、セレーナの言葉の意味を理解して一人で顔を赤くしてしまった。


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