第四章 バルコニーの密談(1)
■第四章 バルコニーの密談
スプリングフェスティバルが終わり、クラス内売り上げ競争の勝者が確定したということで、授賞式、兼、お疲れパーティが開かれることになった。
それはずいぶん前から決まっていた。
教室でこじんまりやってもいいのだけれど、そこはそれ。
実質的な企画遂行委員となっていた六人の中に一人、地元のお金持ちがいるのだ。
マービン洋二郎の実家には、どういうわけか、パーティホールがある。
さらには、夜遅くなってもそのまま泊まれる客室まである。
金持ちだとは思っていたけれど、何かちょっと違うレベルの金持ちだということを、この話が決まったときに初めて知った。
そういうことで、そのパーティホールを借り切って、僕らのクラスのお疲れパーティが開催されることになっていた。
お泊りNGなどの理由から幾人かの脱落者を出しながらも、クラスの面々はマービン家のパーティホールに集合した。
広いホールに、丸テーブルがたくさん。料理も用意されていて、立食形式のパーティとなるようだ。建前上は、屋台の利益から用意したという事になっているが、売り上げ金額から考えれば大半はマービン家のご厚意に甘えているということになるだろう。
個人宅にあるパーティホールとしては破格なことに、ステージまで用意されていて。
まずは毛利が壇上に上がり、お疲れ様でした! の号令。
みんながそれぞれ好みの飲み物を入れたグラスを掲げ、ぶつけ合って唱和した。
続けて、早速、パスタ班十名が壇上に上がった。
プレゼンターは、セレーナ。
簡単な表彰の言葉に続けて、一人一人に小額のクレジットクーポンと小さなフラワーポットが贈られた。
エミリア王女に手ずから表彰を賜るなんて、おそらく宇宙でも有数の栄誉なのだけれど、ま、だからと言って神妙に受けなきゃならないというルールもあるまい。せいぜい美形のクラスメイトからの手渡しに喜ぶ程度の、あのはしゃぎ方で十分だろう。
表彰式が終わり、三々五々に分かれて、歓談が始まる。
僕はまず、今回の戦友、プリン班の集まるテーブルへ。
そこで再びグラスをぶつけ合わせて、戦敗を祝った。
なんだかだで浦野と僕がほとんどをやりつくしていたので、僕らに対するねぎらいが主な話題になるのだけれど、それでも、たいして興味も無いプリンのために一日付き合ってくれたことはありがたい話で、僕は何度もお礼を言った。浦野が、プリンの魅力が分かる人がこれだけいるなんてすばらしいことです、なんて的外れなことを言うものだから、ちゃんとお礼を言いなさいとたしなめることも忘れなかった。
困ったことに、テーブルの上には、ノンアルコールばかりでなくアルコールまで並んでいるものだから、幾人かは早速酔っ払っていたりする。まあ、寝られる場所がすぐというこんなときくらいは、と思わないでもないけれど、未成年の飲酒はあまり体に良くないってのは事実だし、僕はアルコールには手を出さなかった。
最初の塊がばらけてきて、いくつかのクラス内のグループの間を行ったり来たりした後に、僕はようやくセレーナたちの近くにいた。
まずは彼女とグラスをぶつけ合う。
ベルナデッダでの戦勝パーティをなんとなく思い出す。彼女とグラスをぶつけ合ったのは、あれ以来じゃないかな?
「おつかれ。高校のお祭りはどうだった」
僕は関係のないことを考えながらも、ともかくセレーナに話しかけた。
「エミリアのスクールでもこんなことをやっているかもね。戻ったら、今度お忍びで入り込んでみようかしら」
遠まわしに、楽しかった、と答えるセレーナ。
「僕もこういうのに参加したのは初めてだよ。この地方独特の文化なのかな、この、何でも許される陳腐な感じは」
そばにいたラウリはけなしているようで、それでいて楽しんだことを告白し、
「ジュンイチ君、なんだい、君はお酒は飲まないのかい?」
目ざとく僕のグラスの中身がジンジャーエールだということを見抜いた。
「一応さ、未成年だし」
「えー、飲んじゃだめなんて法律はないのよう? こんなときくらい、乱れちゃいなさいよう」
横から割り込んできた浦野は、これはもう十分に乱れている。
「そうさ、ジュンイチ君。こんなこと、年に何度もあることじゃないんだから。楽しむときは楽しむ、そう思わないか?」
そう言われて、ニューイヤーフェスティバルのときのことを思い出した。
ひねた考えで周囲を見下し馬鹿になって楽しむことも出来なかった去年と、全部忘れて楽しんだ今年と。どちらが楽しかっただろうか、なんて考えるまでも無い。
「大崎君はこーんなときでも、『未成年にお酒はあまりよくないんだよ』なーんて真面目なことをすぐ言うんだもの、つまんないよう」
そこまれ言われちゃ。
「うーん、そうだな、じゃ、今日は僕も――」
そういってアルコールのボトルに手を伸ばそうとしたら。
「だめ」
とセレーナが僕の腕をつかんだ。
「あなたは飲んじゃだめ。あなたは飲むと、その、すぐおかしくなっちゃうから。いいわね、絶対飲んじゃだめよ!」
びっくりするほど真剣な目をしたセレーナに止められて、ちょっと釈然としないものの、僕は右腕を引っ込めた。
あのベルナデッダで、やっぱり僕は相当の醜態を演じたのだろうな。黙っていてくれているだけで。
「分かったよ、僕は遠慮する」
残念なような、安心したような、複雑な気持ちだけど。
「セレーナさんって厳しいんだね」
グラスを傾けながら、ラウリ。
「こいつだけはちょっと、ね」
特別扱いされて喜んでいいものやら悔しがればいいものやら。
それから、味気ないソフトドリンクで時を過ごした。
セレーナもラウリもこの場にあっては相変わらず引っ張りだこで、気が付くと二人とも僕の視界から消えていた。
気が付くと、大きなげっぷをしている毛利だけがそばにいる。
「あーつまんねーなー。お前らはお前らで仲良くやってるしさー」
ああ、またくだ巻いてるのか。
「お前ら、って、僕と誰のことだよ」
「お前と浦野だよー。なんだよ、いつからだよ」
僕は、思わず笑った。
「違うって。プリン班が実質僕と浦野しか動いてなかったから、一緒にいることが多かっただけさ」
僕が言うと、毛利はグラスに半分残ったもの(あ、酒だあれ)をぐいっと喉に流し込み、
「でも、浦野のご指名じゃねーかよー。マービンが行こうとしたら、大崎がいい、なんつってさー」
「まあ……プリンの仲もあるからなー……浦野が何考えてるかはよくわかんないけど」
「ふん、ラブラブじゃねーかよー」
「違うって」
毛利はテーブルの横にある椅子に、どさりと座り込んだ。
「浦野が大崎に、ねえ」
とかなんとかぶつぶつ言いながら、気が付くと、テーブルに額をつけて、なんだか眠り込んだような。
酒癖悪いんだな、毛利。
会場を見回す。
背が高く金髪のラウリはすぐに見つかった。
なんだ、やっぱり女子に囲まれてる。
人がもてているのを見て、うらやましくなったり妬ましくなったりしないとは言わない。
毛利から見れば、浦野と僕はそんな風に見えたのかな。
確かに、ラウリを見ていて、あんな奴のどこがいいんだろうね、と思わなくもないんだけど。
そして、同じ金髪のセレーナを探すが、どこにもいない。
確かに少し背が低い方だから、とは思うものの、本当にどこにもいない。
お手洗いだろうか。
そう思って窓の外に目を向けると――
バルコニーで、手すりにもたれかかって、静かに空を眺めている彼女の姿があった。




