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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
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第三章 スプリングフェスティバル(1)

■第三章 スプリングフェスティバル


 スプリングフェスティバルに向けての準備の日々が始まった。

 もともと、春のお祭りは大した規模じゃなく、あまり真面目に準備してまで何かをしようと言う連中がいないのが例年のことらしい。美術の授業で書いた絵画の展示会くらいでお茶を濁そうとしていたところに毛利がそうそうたるメンバーの連名で大爆弾を投入したものだから、そりゃ大騒ぎになったものだ。


 結局、毛利以下六名(僕を含む)が中心となって準備をする、ということを引き換え条件に、三品同時提供のクラス屋台という企画はクラス会で承認された。


 まあ、そこには多少の下心はあった。なぜなら、あまり真面目に準備をしてまで企画ものを出そうとしないクラスが多いというのなら、逆に、きちんとした企画ものの屋台を出せば食を求める客足を全部吸い上げることもできるかもしれない、ということだから。そんなわけで、莫大な売り上げと配当金にありつけるかもしれないという下心はクラスの大きな原動力になった。


 係の割り振りの希望をとった時、当然ながら、セレーナとラウリが担当となったクレープ班にクラスのほぼすべての希望が集中した。人数調整の末、三十五人のクラスの内、十八人がクレープ班、十人がパスタ班、七人がプリン班という内訳になった。


 企画そのものは、幾人かの希望者を除いてはほとんどが事前準備での役割を持たず、もっぱら言いだしっぺの六人が日々集まっては企画準備を進めるという形になった。

 と言って、決まり決まったテンプレートの屋台準備の手続きを終えればテントや機材の手配は終わり。残り三日となり、準備期間最大のイベント、『試作&試食』のためにキッチンルームを借りられた日がやってきた。


 毛利率いるパスタ班がパスタなんてどってことねーよとうそぶきながら持ち寄った材料候補は、普通の乾燥パスタと出来合いのソース何種類かだ。これはひどい。でもそれはそれで楽しそうで何より。


 セレーナたちのクレープ班は、それなりにいろいろな具材を試そうとフルーツだのジャムだのよくわからないスパイスだのを集めてきている。さすがに人数が多いと違うな。


 問題は、プリン班で、僕と浦野だけだ。結局レシピは浦野任せ。一人じゃ寂しかろうと僕が付き合っているだけ、というようなもので。

 浦野が材料をこねくり回しているのをぼーっと見ているだけの僕に、別の会話が聞こえてくる。


「昨日は遅くまで悪かったね、セレーナさん」


 その声は、ラウリだ。


「いいのよラウリ。私スパイスなんてさっぱりだもの。よく知ってるのね」


「いろんな国に行くからね」


「甘いお菓子にスパイスなんて発想、よく出てくるわね」


 見てるだけのつもりだったら、なにやら卵と何かを入れたボウルを浦野に手渡され、よくかき混ぜろと言われる。


「いや、僕だってこれはチャレンジさ」


「何にだってチャレンジできることは素敵だと思うわ」


 混ぜているそばから浦野が何かを注ぎ始めた。何だこれ。ミルクか何か? でもなんか臭うぞ。


「セレーナさんとのショッピングが楽しすぎてチャレンジしすぎてしまったけどね」


 黄色いボウルの中身がどんどん薄まっていく。本当にプリンになるのかな、これ。


「さすがにこの量はやりすぎよ」


 セレーナの笑い声を背景に、プリンの元はほぼ真っ白になった。


「今度は買出しとかじゃなくて、一緒にどうかな。都心の方にちょっと気になるブティックとレストランがあるんだ。昨日お話しした感じだと、きっと君も気に入ると思う」


 鍋で溶かしていた何かをぐるぐると混ぜ始めた。都心のレストラン? 何を高校生が気取ってんだ。


「ラウリはセンスが良いから、素敵なレストランなんでしょうね。考えておくわ」


「ぜひ」


「大崎君、かき混ぜおしまいだってば」


 突然浦野に言われて、驚いて手を止めた。


「あ、ごめん、それから?」


「型に入れるのよう。……二人の会話が気になるのう?」


 後半を小声で僕に向かって言った。


「な、二人って、何の話?」


「セレーナさんとラウリさんの会話に聞き入ってたんでしょーう。気が気じゃないよねえ」


 浦野は何を勘違いしているのか、ニヤニヤと僕の顔を覗き込む。


「そんなんじゃないって言うのに」


 とは言え、キッチンルームを見渡すと、その美男美女の会話に耳を傾けている風の男女の姿は枚挙に暇が無さそうだ。


 気を取り直して、浦野が並べる型にプリンの元を注ぎ込む。用意された型は、使い捨ての耐熱樹脂容器のようだ。


「あ、じゃ、それお願い、蒸し器の準備してるから」


 そう言って浦野は半分くらい残った型の束を残してレンジの方に向かっていった。


「……実際のところ、エミリア王家としては、地球人を、例えばだよ、一人娘の相手に選ぶってことは、あるのかい」


 浦野が去ると同時にラウリの声が再び聞こえてくる。


「無いとは言えないわね、ただ、現実的に言うとね、五百年もの間、諸侯の血が複雑に絡み合うことで安定を保ってきた王家に、いきなりよそ者の血が入るとなれば、反発も大きいわよ」


 反発云々じゃなくて、そういう『血』で固められた王室の安定を乱す外部からの輿入れなんて、よほど合理的な理由がないとおこなわれるわけがない。

 過去の似たような王室の例をほんの一かじりでも知っていればそんな疑問は出るはずもないのに。


「じゃあ、チャンスはあるわけだね、この僕にも」


 チャンス云々じゃなくてさ、それは、エミリア王家に益があるかどうかでしか判断されないんだよ。


「気をつけてね、王家の莫大な財産が目当てだなんて思われたら、本当に消されるわよ」


「そんな風に見られているとしたら心外だな、僕は純粋に君の事を素敵な女性だと思ってる」


 君は、さて、『エミリア王家』と『エミリア諸侯』にとって素敵な男性だと思われているだろうかね? 馬鹿馬鹿しい。


「ふふっ、ありがとう。……クリームの固さはこんなものでいいのかしら」


「よさそうだね、具材はこんな風に並べてみたらどうだろう。お客さんに直接選んでもらえるように」


「いいわね。あとは、具とスパイスの組み合わせをひたすら試していく作業ね、大変」


 セレーナが笑ったところで蒸し器の準備が整い、僕もちょうど三十六個の型にプリンの元を満たし終えたところだった。

 よくよく考えれば二人だけの試作会で三十六個も同じものを作る必要があったのだろうか。

 ……自分で食べたいから作ってるだけだな、間違いなく。


***


 気が付くと、三班で売り上げ個数を競おうなんていう話になっていた。

 利益の中から、トップの班に素敵な賞品が贈られるという趣向なのだけれど、どう考えても美形二人とクラスの半数がそろったクレープ班に有利すぎる条件。

 でもまあ、商売は品物で勝負するものだ。僕は男らしくその挑戦を受けた。


 そんなことの発案はやっぱり毛利で、勝負だ勝負だと騒ぎ出したのだった。そんなにあのパスタに自信があるのか。まあ、出来合いのソースを使って味の面で外すことはありえないという自信なのかもしれない。その分コストもかかっているし、トップを取って少しでも回収しようという腹か。


 そんな話がお祭りの前日で、お祭りの朝は、静かに明けた。


 この日ばかりは朝五時に起きて登校し、入念に準備を確かめた。

 いくら不利なプリン班と言えども、やっぱりちゃんとやるだけやりたいじゃないか、と思って。


 浦野もすぐに来て、準備した材料数の確認を終え、早速、製作にかかる。その場で作る他の二班と違って、プリンはあらかじめ作って冷やしておく必要があるから。また、蒸さずに冷やすだけのレアチーズケーキ風プリンなんてものも開発したので、これも早めに作って冷やす工程に入っておく必要がある。最初の試作のときにぶちこんだ臭うものはクリームチーズだったらしいが、これがまた蒸すとひどい風味で(それでも浦野は六個を食べた上、残りをお持ち帰りしたが)、蒸すよりはゼラチンを入れて直接冷やした方がよさそうだと結論した結果の一品だ。すでにプリンじゃないという突っ込みは、浦野に無視された。


 午前九時、五発の花火とともに、お祭りが始まった。


 四百人ほどの在校生と、なんだかだで地元近くにいる卒業生たちも来るし、特に関係の無い地元の住民も午後くらいから遊びに来るような、ゆるいお祭り。季節ごとにやっているので風物詩として気軽に立ち寄る人が多い。

 始まってすぐはもちろんプリン屋への客足は無く、売り子トップバッターの僕と浦野は、しばしぼうっと校庭を人が歩き行くのを眺めた。


 最初に売れたのは、もちろん、セレーナが売り子をするクレープだ。

 どこからうわさを聞きつけたか、セレーナの手渡しクレープをゲットしようと男子生徒が早い時間から押し寄せ始めた。

 そして、売り子が交代してラウリになると、これまたどうやってうわさが広まったものか、ラウリの手渡しクレープ目当ての女子が押し寄せた。


 プリンは、そんなに売れないだろうと二品目合わせて百個を準備したが、それさえも余りそうなほどの、ぽつぽつとした売り上げだ。

 パスタは、毛利が運動部の知人を誘って無理やりに買わせているようだが、その売れ行きがどこまで続くものやら。

 一時間ほど売り子をして、プリン班の次の人にバトンタッチし、僕と浦野は一旦待機場である教室に引っ込むことにした。


 教室に戻る廊下で、


「ねえ、大崎君、一休みしたら、せっかくだから早めにお祭り見に行こうよう」


 と彼女は僕を誘う。


「そうだな、毛利たちの手が空いたら」


「だめよう。こういうのは、二人っきりで回るのが千年前からの決まりよ?」


 僕が時々使う『千年前からのなになに』と言う文句をちゃっかり真似て浦野が言った。


「もてない女の子に慈悲の手を。こんなときくらいもてるんだぞアピールさせてくださいよう」


「そう言われちゃしょうがないな」


 しぶしぶ僕が申請を受理したところで僕らはちょうど教室に着いた。

 机がすっかり端に寄せられて、いろんな材料置き場だのと椅子があるだけの休憩所に様変わりした教室には、次の出番を待つ何人かのクラスメイトに混じって、セレーナの姿もあった。

 ここでライバルだからと言って変に壁を作るのもおかしな話だし、僕と浦野はセレーナの隣の席に座って、ひとまずは大きく伸びをした。


「お帰り、プリンはどう?」


「おかげさまで、この一時間で五つと言う大盛況だよ」


 クレープの売り上げが五十を越えたことに対するちょっと卑屈な自虐で答えた。


「地味な売り子が何の広告塔もなしに売った数としては大したもんよ」


 セレーナはおそらく分かっていてさらに皮肉を被せた。


「美貌の王女様でもいればさらに違ったかもね」


「ふん、こっちの売り上げなんてそれ目当てばっかりよ。誰も味の感想を言わないんだもの、失礼な話よ」


 ああ、これは案外、ご立腹なのかもしれない。確かに、味に関しては結構こだわっていたようだから。


「なんかくさくさしちゃっててさ、ジュンイチ、どうせ暇でしょ? 気晴らしにフェスティバルを見て回るわよ」


「えっ、あ、その、実はちょっと休んでから浦野と」


「……トモミと? 二人で?」


 ちょっとばつが悪くて苦笑いしながらうなずくと、


「……あっそ。悪かったわね、じゃ、ちょっと散歩して来るわ」


 言ったかと思ったときにはもうセレーナは颯爽と教室を横切って出て行ったところだった。


「な、なんか悪いことしちゃったかな、ごめんねえ」


「気にするなよ、なんでも自分の思い通りになると思ってる王女様には良い社会勉強になるだろ」


「それでもなんだか寂しそうだったし……」


 そうかな?

 そんな風に思えばそんな顔にも見えたけど。

 違うと言えば違う気もした。



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