第二章 もう一人の転入生(4)
セレーナがラウリと出かけた翌日。
結局、そのことについてセレーナから何かが語られることも無く、僕がそれを問い詰めることもできず、セレーナとラウリの間にどんなことがあったのかを知ることはなかった。
ただ、さらに日が経つにつれて、結局は、ラウリは人付き合いがとても良いだけの好青年なのかもしれない、と思うようになった。
と言うのも、セレーナを誘った翌日には、毛利とマービンと、それから僕を誘って放課後に出かけることになったからだ。
いつもはどんなところで遊ぶのか? と言うラウリに、毛利は大喜びで僕らの放課後遊びのコースを案内した。つまり、近くのショッピングモールに行き、ファッションショップや小物店をうろうろと冷やかし、スナックを買い食いし、学生向けの安くて騒がしい喫茶店で馬鹿話をし、という、コースだ。
ラウリが言うには、セレーナがきっとクラスの中心的人物なのだろうと思ったらしい。目立つ美貌とそのご機嫌に一喜一憂するクラスメイトたちを見ていればそう感じてしまうのだろう。だから、彼女が転入二週間と知ってまず驚き、その上で、彼女の身分を知って二度驚いたと言う。
そして二日目に僕たちを誘った理由は、セレーナの推薦だったからのようだった。セレーナが僕を推薦し、休み時間に僕が親しく話していた毛利とマービンがその一味だと推察して、三人を誘ったというわけだ。
要するに、それが転校の多い彼流の処世術なのだ。
もちろん、あまりに怪しすぎる彼の転入のタイミングに対する疑いを晴らすつもりはないけれど、少なくとも表面的には彼は好人物だった。何しろ、セレーナの事情を知って、いきなり彼女を誘ってクラスに不安を撒いてしまったことについて、申し訳なかった、と僕ら三人に謝ったくらいなのだ。
それから数日をかけて、友達の友達を次々に紹介してもらっては放課後交流を続けていることを目撃することになった。その頃には、ちょっと心配しすぎだったかな、と僕の方が反省するくらいだった。
彼の放課後交流が一巡すると、その後は、いつの間にか、僕と毛利とマービン、なぜか浦野、そして、セレーナ、という面々を、彼はつるみあうメンバーとして選定したようだ。
と言うより、実のところは選ばれたのは僕を含む三人だが、僕とセレーナ、浦野がよく一緒に下校していることも彼は良く観察していたから、彼が間に立って、このメンバーを結び付けたというのが真相だった。
だから、彼が転入してきて二週目の金曜日であるこの日、毛利が、明日は休みだし放課後にまたぶらぶらして帰ろうぜ、と僕を誘ってきたとき、最終的にこの六人がそろったことは当然のことだった。
買い食いのメニューは、セレーナがストロベリークリームクレープ、ラウリがバナナクレープ、浦野がプリンクレープというけったいな代物、僕と毛利とマービンがハンディミートソースパスタだった。それを片手にいつもの喫茶店へ。
考えればよそで買ってきたものをほおばりながらの学生を受け入れるなんて随分なお店だとも思うのだけれど、結局はそんな緩いところが学生の間で人気で、いつも席が空くのを十数分間は待つことになる。それぞれが片手に抱えたスナックは結局その十数分間で消費され、席に着いたときは改めて何かを注文する羽目になるのだから、お店としては全く気にもしていないのだろう。
「さてじゃあ、セレーナさんとラウリの転入を歓迎して!」
なんてことを言いながら、毛利がジンジャーエール入りのグラスを掲げた。
とりあえずノリで僕もそれに応じてコーラ入りのグラスをそれにぶつけ、みんながならった。
「いくらなんでもセレーナさんの歓迎は遅すぎよう」
と浦野が笑いながら苦情を言った。
「そう言うなって、俺だって、相手が王女様じゃあ、さすがに気を引けてさ」
「そんなに気を使わなくていいのに。この馬鹿ジュンイチなんて私を呼び捨てにするのよ?」
セレーナはこのメンバーの前ではいつの間にか地を出すようになっている。
「さすがに呼び捨ては失礼ですね、王女殿下」
逆にマービンは仰々しく敬称を付けるが……、ま、それはそれで彼らしいんだけど。
「ね、失礼な話よね。初対面からよ、こいつは。その点、マービンさんは礼儀正しくて、紳士ね。それから、ラウリさんも」
セレーナは濃いエスプレッソをと注文したがこんな安喫茶店では出せるはずも無く、薄いコーヒーで我慢している。
「いえいえ、僕もセレーナさんがあのエミリア王国の王女殿下だと知っていたら、気軽に声なんてかけられませんでしたよ。失礼なことをして本当にすみません」
ラウリは、何度目かになるその謝罪を口にしたが、
「いいえ、むしろラウリさんのおかげで、こんな風にみなさんに溶け込めて、感謝してるのよ。転校が多いんですって? その社交術、見習いたいわ。エミリア貴族界でもこれほどの社交上手がいるかどうか」
セレーナのお世辞に、ラウリはいやいやと謙遜するが、そのしぐささえ彼の美しい容姿を引き立てていて、ごく普通の容姿しか持たない僕としては実にうらやましくねたましく。
「でもセレーナさんに浦野、いろいろ聞いたけどさ、結局この大崎のやつは何をやっちゃったわけ?」
毛利が尋ねると、マービンも興味深そうにうなずきながら乗り出す。
「大崎君はねえ、セレーナさんの騎士さんなんですよう。ピンチになったら駆けつけて颯爽と王女様を助けるんです」
浦野が言うと、
「冗談やめてよトモミ。こんな奴が騎士だなんて言ったら国辱ものよ」
「でもセレーナさんも大崎君のピンチに何百光年をたった二日で駆けつけてくれたじゃないですかあ。実は愛し合う二人って奴なんですよう」
「いくらトモミでも怒るわよ?」
ひええと言って頭を両手で覆うが、明らかに面白がっている。
「いや真面目に言うとね、本当にセレーナの家出に付き合わされただけでさ。そのせいで戦争に巻き込まれるわ誘拐されるわで、参ってるのはこっちだよ」
「誘拐された?」
しまった。
セレーナがそこまで説明していたのかと思ったけれど。
エミリアがかかわるごたごたに首を突っ込んでいたという程度の説明しかなかったのかもしれない。
というわけで、新連合市民の僕は新連合の偉い官僚様の言いつけに従って口をつぐむことにし、人差し指を一本、口の前に立てた。
「こいつね、こともあろうにロックウェル連合に喧嘩売ったくせに警戒感も無くぼけーっとトモミとデートなんてしてるのよ、そりゃ誘拐もされるわよ。あなたね、もし私が助けに行かなかったら、あなたはともかくトモミが殺されてたかもしれないのよ? 反省してる?」
セレーナが口を開いたので、簡単に事情を説明してくれるのかと思っていたら、予想に反して僕に対する手厳しい糾弾が始まってしまった。
「け、警戒はしてたさ、ちょっと気づくのが遅れただけで」
「そうですよう、さらわれる直前に大崎君はちゃんと気づいて、逃がしてくれようとしたのよう」
「気づいても結局行動を起こせないなんて本当に愚図ね」
ここまで言われるとさすがにカチンと来る。
「ロックウェルの行動一つ読めない王女様に言われたくないね」
そうとも、もともとセレーナ含むエミリア王家がロックウェルの野心を甘く見すぎていたせいなんだから。
「あなたが余計なもの見つけたからでしょ! 自分の能力を知れってのはそういうことよ!」
「ま、まあまあ、とりあえず無事だったんだから、良かったじゃないですか」
マービンが横から仲裁に入って、他の面々もセレーナとなぜか僕をなだめることで、とりあえず僕への臨時裁判はうやむやになった。
そんなわけで、結局はセレーナが、面々にもう一度、ことの顛末をいろいろと端折りながら説明してやって、大体僕がなぜ度重なる無断欠席をする羽目になったのかは理解してもらえたようだ。
「面白い学校なんだね、そんなことが起こっていたなんてね」
ラウリが言うが、
「こんな面白いことになったのはつい最近さ。その中心が俺じゃなくて大崎だってのが気に食わないけどな」
と毛利が僕の左肩にこぶしをぶつけながら返した。
「ごく普通の学校なんですよ、ラウリさん。たくさんの真面目な生徒と何人かの不真面目な生徒――」
マービンが言いながら、チラッと毛利と見るもので、その不真面目な生徒の正体は否応無く全員が把握する。
「――あとは、季節ごとにいろんな行事があって、当たり前の高校生活を楽しめる学校ですよ、ラウリさんがいらっしゃったのでもっと面白い学校になるかもしれませんけどね」
こういう社交辞令をごく自然に言えるのは、一体どういう訓練を受けたからなのだろうな。マービンの家がちょっとした事業家でお金持ちだって話は聞いたことはあるけれど。あれか、ここにも社交界の一員がいるのか。
「行事って言えば、もうすぐスプリングフェスティバルだろ。クラスの企画考えないとなあ」
「なんだい、またチャレンジするのか?」
秋のときは直前になって飲食店をやりたいとか毛利が言い出して結局いろいろな手続きが間に合わないことが分かり、否決されてしまったという経緯があったりする。
「そりゃそうさ。だって考えてみろよ、俺らのクラス、模擬店経験ゼロだぞ? このままお祭りの醍醐味の模擬店をやらずに卒業するつもりか?」
「卒業は気が早いですが、やってみたいですね」
マービンの賛同の声に、
「だったらやりましょうよう。このメンバーがそろってて出来ないことなんて無いわよう?」
浦野に言われてメンバーを見回す。
クラス内では強引さと不思議な人望では遅れをとらない毛利と。
多分、親の絡みでいろんなつてを地元に持っていそうなマービンと。
まあ特に何も持って無い僕と浦野は置いといて。
新転入生で絶世の美男、女子人気ランキングトップのラウリに。
……宇宙一のお金持ちの王女様。
ああ、できるなこれ。むしろ何でもできる。なんだこのメンバー。
何の不正もしなくても、クラス世論を操るなんて朝飯前だ。
「……やるか」
毛利がにやっと笑って言った。
「そうしたら、何をやるか、だよなあ。何がいいか……」
そういって、さっきまで食べていたハンドパスタの包み紙に目を落とす。
「そうだな、パスタとか、どうだ」
「いやいや、安直だろ。ほら、せっかくなんだから、ラウリとかセレーナの意見も聞いてみようよ」
勢いで決まりそうなのを僕は何とか軌道修正しようと試みる。
「セレーナさんは何がいいですか?」
「そうね、私はそういうファストフードにはあまりなじみがないんだけど……、それこそ、さっきのクレープくらい。でもあれなら作るのも簡単そうだし、良いんじゃない?」
「それだったら僕も、さっきのクレープがいいね。コペンハーゲンじゃあんなタイプのファストフードは無かったから、とても面白かったよ」
セレーナの提案にラウリがすぐに賛意を表した。
「えー、やっぱりこういう時はプリンよう」
なにがやっぱりなのか分からないが、浦野は唐突にプリンという案を出してきた。うん、浦野に関しては唐突でも何でもないかな、いつでもプリンだ。
「大崎とマービンは?」
「じゃパスタ」
僕とマービンは同時に答えていた。
いややっぱり、甘いものって安易だと思うし、しょっぱいもの同士なら他のクラスとかぶっても良いけど、甘いものを梯子するってのはきついし、なんて思って。
考えてみるとついさっきまで買い食いしていたものがそのままそれぞれの口から言葉になって出てきただけという結果には、この時になってようやく気付く。
「うーん、分かれちまったなあ、パスタとクレープ」
「と、プリン!」
浦野は付け足して二本だけ立っていた毛利の指に、もう一本を強引に加える。
「せめて材料か工程でも共有できればいいんだけど」
と言いつつ考えるも、ぱっと思いつくだけでも明らかに共有できそうな工程はなさそうだ。プリンなんて蒸す手間まで入るっていうのに。
「複数やっちゃいけないなんて決まりでもあるのかしら?」
セレーナがぼそりと言って、みんなはっと顔を上げた。
そうか。やっちゃえばいいか。
どうせ作り手にそんなに人数はいらないんだし。
同じ屋台で違うものを売って悪いっていう決まりは、それこそないんだし。
「そうかそうか、そうだよな、さすがセレーナさん。よっし、三ついっぺんに提案しよう、クラス会で。じゃ、担当を決めようか、今それぞれの提案をした人でいいかな?」
となると、パスタが毛利、マービン、僕、クレープがセレーナ、ラウリ、プリンが浦野、と言うことか。
「……あたし一人ですかあ?」
浦野がほっぺたを膨らます。
いっそプリンを外してやってもいいんだぞ、なんて思うけど。
「せっかく六人ですし、二人ずつにしましょうか、毛利君。私がプリン班に移動しますよ」
「大崎君がいい」
マービンの提案を無視して浦野は宣言した。
いつもプリンをおごってやってるのに、ひどくないか。
「この中でプリンの何たるかをもっとも知るのは、あたし、そしてその次に大崎君なのよう? 当然、大崎君はプリン班なのです」
知らないよ、プリンの何たるかなんて。
「そういうことなら、私は遠慮しましょう。大崎君、申し訳ないけど、浦野さんをサポートしてあげてくれませんか」
「……分かったよ」
まあ、浦野に餌付けしている責任ってものもあるだろう。
そういうわけで、僕はしぶしぶプリン班に移動し、こうして、スプリングフェスティバルのクラス企画は密室の談合で決まってしまったのだった。




