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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第三部 魔法と魔人と原子の鉄槌
59/176

第一章 転入生(1)

★第三部まえがき★


全六部構成の「魔法と魔人と王女様」、その第三部全七章です。

 第三部のテーマは『選択』。


 では、どうぞ。


★★

魔法と魔人と王女様3 魔法と魔人と原子の鉄槌


■第一章 転入生


 クラス内での僕の評価が、困ったことになっている。


 少し前に金髪美女とどこかへお出かけしたばかりか、一週間もの間、浦野智美と愛の逃避行をしたことになっている。

 もちろん、浦野を除く女子からの視線はけだものを見るような視線だし。

 男子からの視線も、決して好意的ではないし。


 どのように説明しても、結局言えないことだらけの今回の事件。

 説明すればするほど、誤解を広めていってしまうことになって。


 取調べで洗いざらい吐いた僕と浦野は、その後で、今回の事件のことは絶対に口外しないこと、と四人の偉い人から四通りの口調で釘を刺された。そのうちの一人は僕の母さんなのだけれど。


 もう一人の事件の首謀者、エミリア王国国王第一息女セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ殿下は別室で政治的な密談をせざるを得ず、ほぼ丸一日の密談を終えて僕らの前に戻ってきたときには別人のようにげっそりしていた。

 それから、再びヘリコプターで陸に送り届けられ、セレーナは、あっさりと宇宙に帰っていってしまった。

 これ以上地球をうろうろしてると本当に国際問題にするぞ、と散々脅されたのだろう。


 宇宙人に屈した惨めな地球、という僕の中のイメージは、今回の事件で大きく変わってしまった。


 地球は、やっぱり偉大なる母であって。

 あの、宇宙一高慢なセレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下でさえこそこそと逃げるように去るしかないほどの力を持っていて。


 でも、そのこめかみには、相変わらず宇宙人が引き金に指をかけた銃口が突きつけられている。

 ……のかもしれない。

 これはまだ僕の妄想に過ぎないから、当面考えるのはよしておこう。


 さすがにひそひそと僕の陰口を言っている、かもしれないクラスメイトの態度は鳴りをひそめつつあるが、喜んで僕に話しかけようというクラスメイトもあまりいない。

 前は、大喜びでセレーナの話に食いついたってのに。

 相手が、同じクラスメイトの浦野だからってことで、なんだか、訊くに訊けない雰囲気を作り出しちゃっているみたいだ。


 まあ、一週間と空けずに二人の女の子と水入らずの旅行をしてきたっていうけだものっぷりが一番の原因なんだろうけど。


「なんか、ごめんねえ」


 僕がため息をついていると、隣の浦野が話しかけてきた。


「あたしも、ちゃんと弁解はしてるのよう? でもみんな面白がって変なうわさばかり広めちゃうものだから」


「……今回のことは、うっかりしゃべるわけにもいかないし、ねえ」


 僕も相槌を打つ。


「あのねえ、あの時、恵美ちゃんとかには、大崎君とデイジーにプリン食べに行くんだー、って話してあったのよ。で、そのまま戻らないってなったらさあ、そりゃもう勘違いしちゃって」


「……駅前までの旅行の予定が一週間の逃避行に、って? いくらなんでも、飛躍しすぎだと思うけど」


「あたしもそう思うんだけどさあ。なんていうのか……うーん、ごめんねえ。上手く言えないんだけど、そういうことに」


 浦野はしょんぼりとした顔つきで再び謝った。


「大崎君に迷惑かけるつもりじゃなかったの、本当よう?」


 そりゃ、そんなことは分かってる。

 僕も浦野も、あくまで被害者。

 校門の前で突然大男に拉致されただけで。

 海の向こうの地下牢に監禁されていただけで。


 浦野が謝ることじゃないよな、どう考えても。

 むしろ。


「いや、僕の方こそ、迷惑をかけたよ。余計なトラブルを抱えてるときに、浦野を誘ったりして巻き込んで。もう少しちゃんと考えればよかった」


「そ、そんなこと無いよ! 誘ってくれるのは嬉しいもん。それよりもその、余計な誤解を広めちゃったりしたのが申し訳なくて……」


「誤解してるのはみんなの勝手だろ、浦野が謝ることじゃないさ」


「うん、その、うーん……じゃあ大崎君が気にするなって言うなら、気にしない」


「よろしい」


 僕が言うと、浦野も、まだうつむきがちのままながら、うなずいた。

 そして、僕はうやむやになった約束を、また思い出していた。


 一度目は僕の中で勝手にしていた約束。

 二度目は、二人の間の約束。


 どちらも、セレーナかロックウェルかの来襲でうやむやになってしまっていた。


 つまり、浦野にプリン。


「そういうわけで、約束のプリンは、今日の放課後でもいいかな」


 僕が訊くと、


「だ、だ、だ、だめだよう! もう迷惑かけられないし……セレーナさんにも怒られちゃう」


 なぜそこでセレーナが出てくる。

 あれか、僕とセレーナの関係を誤解した上で、さらに浦野流の『プリン=浮気』説を適用した結果か。


 それはおいといても、また僕の身の回りで面倒が起こる可能性は、無いとは言い切れない。

 だけど、さすがにロックウェルは当面はおとなしくしているんじゃないかな、と思う。


 何しろ、僕が、地球新連合外交官オオサキ・アヤコの息子だと知った以上、下手なことはできまい。

 ロックウェルがそれを知った以上、関連国にも注意喚起くらいは出回っていてもおかしくない。


 セレーナのご機嫌云々という戯言を置いておけば、当面は安全なはずで、こんな機会でもなければ約束を果たせないわけだし。


「大丈夫、当分は。もうあんなやつらは来ないよ」


「だけど、一緒に出かけちゃったら、ほら……」


 ……ああ、そっちの方を心配していたわけだ。

 確かにまだ、ちらちらと僕らを盗み見する視線は、ある。


「なんかもう、どうでもよくなったよ。そのうちほとぼりも冷めるだろうし、今のうちに注げるだけの油を注いじゃえば、鎮火も早いかもしれないよ」


「で、でも……うぅー、でもプリンが……うー」


 プリンでここまで本気で悩めるのも大したものだが、帰るまでに返事くれればいいよ、と言うことでその場での回答は聞かないことにした。


***


 体育の授業は久しぶりの記録測定だった。

 これに関しては何をやっても中の中の記録しか出ない僕にとっては、本当に無意味な測定で、ただ単に、僕が統計的な代表の位置にいるということを確認するだけの作業なのだった。

 一番嫌いな長距離を先に終わらせて、運動場の端に座って水分を取っていると、同じように長距離を終わらせてまだぜいぜいと言っている毛利玲遠が、僕の隣にきて、どさりと座った。


「……何分だった?」


 僕が訊くと、


「ん、五分半」


 と毛利は答える。僕より一分以上速い。どんな心肺持ってるんだこいつは。


「それより、浦野はどうだったんだ?」


「浦野?」


 僕がオウム返しすると、毛利は苦笑いともなんともいえない顔を僕に向けた。


「仲良し男女が一週間も外泊で? 何も無かったってことないだろ」


「何も無かったって」


 僕は即答したが、もちろん毛利は納得したように見えない。


「だからそれが怪しいんだよ。浦野に訊いても、何も無かった、それ以上は何も言えない、ってんだからな」


 ……そんな言い方したら、そりゃ変な誤解も広がるなあ。浦野が何度も僕に謝った理由がなんとなく分かってきた気がする。

 どこまでだったら、毛利に話せるだろうか。


 まず、誘拐された。


 ああ、だめだ、ここからもう話せない。


 セレーナのように器用に嘘をつける才能があればいいんだけれど。

 僕が考え込んでいると、毛利が言葉を続けた。


「そりゃさ、男と女の間で何があったって詮索するだけ野暮ってことは分かってるさ、俺も。だけどお前、この前の金髪に続いて浦野だろ。さすがに黙っていられねえよ」


「だから、どちらとも何も無かった、いや、お前が想像するようなことは本当に一つも無いから」


「訳も説明せずにそれを信じろって?」


 無理な話だよなあ。


 そのとき、息を切らせて、マービン洋二郎が僕の横に倒れこんできた。こちらはもう見るからに危篤状態だ。体育の記録測定にそこまでむきにならなくても。


 僕と毛利はしばらく危篤状態のマービンを見ていた。

 それから、思い出したように毛利が口を開く。


「この前の金髪のことはいい。大崎の好きにしろ。だけど、浦野のことは、真剣に考えてやれよ。浦野を泣かせるようなことだけはするなよ、な?」


 勘違いに端を発した毛利の取調べは、どうやら、お説教フェーズに進みそうだ。


「かっこよくお説教中悪いんだけどさ、ほんと、それ全部勘違いだから。それに、そもそも、僕と浦野がそんな関係になりそうな気配が少しでもあったかよ」


 これ以上のお説教は勘弁願いたい、と反論すると、


「私の見たところは、二人がそんな関係に無い方が不思議でしたけどねえ」


 とマービンが口を出してきた。


「浦野さんは大崎君にご馳走してもらうのをいつも楽しみにしていましたよ? 大崎君もまんざらでもなさそうでしたし」


「だからそれは、浦野が僕の顔をプリンとしか見てないからで」


「そうですかねえ。私は、彼女の気持ちは、まあ、好意と言っても言い過ぎじゃないと見ていましたけどねえ」


 この際、マービンがどう見ていたかってことはどうでもよくて。

 仮に浦野にそんな気持ちがあるのなら、二人っきりで閉じ込められたあのときにおかしなことがあっても……。


 ……あったなあ。おかしなことが。

 浦野にしてはちょっと過ぎる冗談があったよ。


 あのときのことを思い出して、彼女の真っ赤な顔を思い出して、思わず否定の言葉を飲み込んでしまった。


 もちろんあれが冗談だったことは僕と浦野が一番良く知っているんだけど。

 こんな風に周り中から浦野との関係をあれこれと言われると、そんな気がなくてもなんだかそっちにいかなきゃいけないような気になってしまう。

 そんな風に流されるのは、自分としても嫌だし、何より、浦野に失礼だ。


「はっきり言うよ。浦野は僕のことをそんな目では見てない。それははっきりしてる。これでいい?」


 僕はだから、毅然と言った。


「なんだよ、じゃ、お前から迫ったのか?」


 毛利がニヤニヤしながら。


「そうじゃない!」


 もういい。これ以上答えてやんない。

 まだ短距離と幅跳びと高飛びとボール投げを残して授業時間は三十分しか残ってないんだから。




★第三部まえがき続き★


 第三部、いよいよ物語の本筋に突入です。


 第二部ののち有耶無耶のうちに別れてしまったセレーナ。


 そして彼女の一族が治めるエミリア王国。


 その本当の姿が第三部で明らかになり始めます。


★★

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