第七章 アルカトラズ島
■第七章 アルカトラズ島
僕らを乗せたヘリコプターは、ぐんぐんと高度を上げていった。
浦野は窓の外を見てちょっとはしゃいでいる。
僕もちらりと窓の外を見る。
ちょうど、黄色い砂漠と緑の公園の境目が見える。
セレーナは、目を閉じて、ほのかな笑みを浮かべ、じっと座っている。
浦野が、あっ、と声を上げた。
「見て見て、海が見えるよう!」
浦野の指す方を見るが、向かい側の窓の向こうには空しか見えない。
「あーん、そっちからじゃ見えないの?」
そう言いながら、彼女はベルトを外してこちら側に駆け寄ってきた。
そうして僕とセレーナの間から窓の外を見て、
「ほら、あの遠くに見えるじゃない!」
そこまで言われてしょうがなく窓の外を見てみる。
前方に、陸と海の境が見えた。
海は大きく陸に食い込んでいびつな湾を作っている。
「すごーい、海に向かって飛んでる!」
拉致されるときにはしっかり海の上を飛んできたはずなんだけどな。という野暮な突っ込みはしない。もう人生の終わりと観念しながら飛んだあの時と今では、風景も周りの人も、自分自身さえ、きっと違って見えるのは当たり前だから。
僕が、耳障りな騒音を心地よく感じ始めたように。
「ねえ、見てみなよう。ほら、セレーナさんも。地球の海よう」
最初、僕と会う前に、船旅で逃げ回っていた彼女には、地球の海なんて見慣れたものだろうとは思うけれど。
「……きれいね。ここですべての生き物の祖先が生まれた」
気をきかせての相槌か本心からか、セレーナはそう言った。
「でしょう、地球の海は、やっぱり宇宙で一番きれいでしょーう」
浦野はセレーナの相槌に大喜びで自慢する。
確かに、いろんな海を見たけれど。
地球の海は、やっぱり違う。
僕を含むすべての生物を生み出した、母なる存在。
それは、宇宙で最も偉大な存在。
すべての子らを宇宙に送り出した存在。
波頭が光を反射してキラキラと光っている。海鳥が風に乗ってたゆたっている。
おかしいな、こんな感慨に浸るタイプじゃないんだけど。
母さんに、母なる地球に、僕は生かされている。
そのことを知る旅だった。
なんてね。
「なんか小っちゃい島がいっぱいあるよう。何あの島、真ん中にお玉ですくったみたいな穴がある! 変なの!」
相変わらず浦野ははしゃいでいる。
どれどれ、と僕も窓をのぞいてみると、確かに、細長い島の真ん中が、ほぼ球形に抉られて、水が流れ込んで真円の入り江を作っている。
「なんて島だろうね」
僕が言うと、
『アルカトラズ島です、ジュンイチ様』
突然僕のジーニーインターフェースからジーニー・ルカの声が聞こえた。気づかずにスイッチを入れっぱなしだったかな。
「アルカトラズ島……」
小さくつぶやいてから。
?
どこかで聞いた名前だと思った。
そりゃ地球にある島の名前なんて、どこかで聞いたことがあっても不思議じゃないけれど。
もっと、どこか遠くで、すごく最近に、聞いた気がする。
ふと、思い立って、僕は取り返した情報端末の電源を入れ、自慢の切り抜きコレクションを開いた。
その中の、惑星オウミのアンドリューに見せた記事を開く。
見出しは、『北米中部に謎の攻撃、正体は不明、新型兵器か』、そしてそこについている写真のキャプションは……『西部アルカトラズ島にも見えない爆弾が降り注ぐ、逃げ惑う市民』……!
アルカトラズ島!
冗談記事の誇張だとばかり思っていた、アルカトラズへの攻撃。
しかし、あの球形の抉れは何だ。
まるで、北米中央の大クレーターをそのまま小さくしたものじゃないか!
馬鹿な。
あの攻撃、究極兵器による攻撃は、ジーニーによる情報攻撃を原因とする爆発事故だと、結論したじゃないか。
だったら、この小さな島の小さな破壊の跡はなんだ?
何が起こってる?
ジーニーにあんなことはできない。
ジーニーは、そこにあるものを狂わすことしかできないんだ。
突然、視界が暗くなり、海の色が反転したように感じた。
ヘリコプターのエンジン音が遠ざかっていく。
核融合発電所なんて存在しないはずのこの小さな島で、岩盤を抉り取る攻撃。
それは、北米中央に直径三キロメートルのクレーターを穿ったのと同じ、未知の攻撃、見えない爆弾。
姿を見せずに飛来し必殺の一撃を与える兵器。
正体不明、見えない爆弾。
この記事はそう伝えている。
実はこれらの記事は、全く冗談や誇張を交えず、事実だけを伝えているということか?
そして、ふと思い当たる。
僕は最近、姿を見せずに相手に必殺の一撃を叩き込む兵器を、目の当たりにした。
宇宙戦艦の標準装備、アタック・カノン。
……カノン?
たとえば。たとえばの話だけれど。砲身長二百キロメートルを超える星間カノンに、そこに詰められるだけの爆弾を詰め超光速で地殻の中に叩き込んだら、直径三キロメートルのクレーターを空けることは?
……不可能とは言えない。
もう少し詰め込む爆薬を加減すれば、つまり小型船程度の爆弾であれば、アルカトラズくらいの小爆発を起こせるかもしれない。
星間カノンの発射能力は数万トン。
何万トンの爆弾を超光速で相手に叩き込む。
数光年を飛ばす超高精度制御なら地上のどんな場所でもメートル以下の誤差で爆撃できる。
それは宇宙人、アンビリア人の支配下にあって、常に地球軌道を周回している。
海を見てはしゃいでいる浦野をよそに、僕は空を見上げる。濃い青が網膜を染める。その向こうに、それはある。
なんてことだ。
これこそが究極兵器じゃないか。
それはまだ、その銃口を母なる地球のこめかみに突きつけているのだ。
究極兵器による攻撃は終わっていない。まだ、続いているのだ。
なぜ軌道上、とりわけ星間カノン基地が、アンビリアの支配下にあるのか、その答えは。
――。
それこそが彼らの支配のやりかたなのだ。
こんなことが本当に可能かどうか、まだ考えてみる必要がある。
しかし、このアルカトラズ島に、うわさに過ぎないと思っていた攻撃跡に見えるものがあることは、偶然とは思えない。
無邪気に笑う浦野と、めんどくさそうにうなずくセレーナを見る。それから、向かいで部下に何か耳打ちをしている母さん。
まだ、誰にも話せない。
もしかすると、これこそが『それ』かもしれないから。
謎の抉り傷を持つ島はもう遠くに見えなくなりつつあった。
それと入れ替わるように、僕の心に、新しい、不気味な影が覆いかぶさってきた。
●●● 魔法と魔人と王女様 第二部 魔法と魔人と重力爆弾 完 ●●●
★第二部あとがき★
第一部、第二部と、ほとんど人物紹介だけが続くようなセクションで、なかなか物語が大きく動かないところでした。
ですが、二名ほどを除いて最終部までに出てくる重要人物はここまでですべてそろいました。彼らが物語を引っ張っていきます。
また、最後に出てきた究極兵器への疑い。
それも含めて、なるべくばれないようにいくつか謎の種をまいてあります。
これらの謎を解くまで、もちろん、彼らの物語は終わりません。
そして次部、いよいよ、作中最強の『魔王』が登場します。
ひとまず、第二部はこれまで。お付き合いいただきありがとうございました。




