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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第六章 母なる地球(3)


 話はついたみたいだ。


 どんな結論になったのかは教えてもらえない。

 母さんが、では帰りましょう、と僕らを連れ出したからには、この場での結論は出たのだろう。


 いつか、それを聞かなくちゃ、と思う。

 終わらせてくれたんだから、全部お任せ、じゃ良くないと思う。


 僕らの私物もすべて返却された。


 セレーナはいそいそとリボンインターフェースを頭につける。


 ――何日かぶりの清涼な風。


 僕もセレーナも浦野も、三人が三人ともそのあまりの冷たさに目を細めた。


 ここでドルフィン号を呼べばあっという間に帰れるんだと思うけど、それは、セレーナが自分の身分を暴露するようなもの。

 あくまで、セレーナと浦野は僕のクラスメイトその一、その二、ってことにしておこう。

 ということで、僕らは、母さんの部下が勧めるままに救出のための軍用ヘリコプターに案内された。


 大きな機内に向かい合わせの座席。言われてみれば、拉致されたときの機内に雰囲気が似ている。あれもきっと軍用機だったんだろうな。

 母さんの部下に案内されて、セレーナが向かって右の一番奥に、浦野が左の一番奥に詰め、僕はセレーナの隣に座った。


 少し遅れて、母さんと残りの部下が乗り込んできた。


 母さんは、浦野の隣に座った。

 部下たちはしきりにどこかと交信している。


「どこに向かうの?」


 僕は母さんに訊いた。


「まだいろいろと聞きたいこともありますからね、沖に泊まってる海軍の空母に」


「そうなんだ……その、母さん、母さんの立場も考えずにいろいろと面倒を起こして……ごめん」


「母さんも、純ちゃんにちゃんと説明してなかったのは悪かったわね。あなたがエミリアなんて面倒な国にいろいろ関わっているみたいだから、きちんと話をしておこうと思ったその日にさらわれちゃうなんて思わなくて」


 エミリアという単語に、セレーナがかすかにびくりとしたが、気づかれなかっただろうか。


「エミリアのことは……ちゃんと話すよ。母さんの立場もあるだろうから」


「そうね。大体のことは知ってるつもりですけど、純ちゃんの口からちゃんと聞かせてもらいますよ」


「うん……」


 エミリアのことを『面倒な国』と言ったことはとても気になるけど、それはまた今度、話そう。


「だけど、どうして母さんが?」


「助けに来たか、って?」


 母さんは、少し笑った。


「どこかの王女様から不思議な古代語の短詩がお父さん宛に届いてね、それを私が読んだのよ。異国の王女様があんなに古風な日本語を使えるわけがないし、であれば、純ちゃんからのSOSでしょう?」


 そうか、あの詩は役に立ったんだ。


「母さんが受け取っちゃった以上、外交官っていう身分でもあるし、解読も含めて母さんの担当ってことになったのよ。ただ、ちょっとひねりが効きすぎてて、なかなか分からなかったわ。純ちゃんにあんな才能があると思わなくてね」


「ああ、あれ……実は、その浦野さんの作なんだ」


 僕が視線で浦野を示すと、母さんは浦野をちらりと見た。


「なんだ、そうなのね。純ちゃんにこんな詩が書けるわけないってずいぶん悩んだわよ」


「ひ、ひどいなあ」


 僕が抗議すると、母さんはふふっと笑った。

 それから、母さんは笑顔になって、隣の浦野に話しかけた。


「浦野さんでしたっけ? 純ちゃんがいつもお世話になってるのにこんなことに巻き込まれて、ごめんなさいね。政府からもちゃんと保障するように私からも言っておきますから」


「いいえ、大崎君にはあたしは助けられてばかりだから……おばさんにまで助けられて、どんなにお礼を言えばいいのか」


「頭が良い上に礼儀正しいのね、私はそういう子好きよ」


 言われて浦野は顔を真っ赤にして頭を下げている。


「さて」


 と言って、母さんは今度はセレーナに顔を向けた。

 そういえば、クラスメイトとしか言ってない。


「あ、は、初めまして」


 セレーナがぎこちなく挨拶する。


「初めまして、ですわね」


 ?


 母さんの口調がちょっと厳しい気がするんだけど。


「地球新連合はエミリア王国に大変大きな貸しを作ってしまいましたわね、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下?」


 セレーナが跳ね上がるようにびくりとした。


 完全にばれてた。

 ちょっと母さんをなめてたか。


「オ、オオサキさん、このたびは大変なご助力、感謝の言葉もございません。エミリア王国国王第一息女より、心よりお礼申し上げます」


 セレーナが観念して礼を述べる。


「あら、それだけかしら?」


 そんなに追い込まなくても。


「もちろん、我が国と我が身の誇りにかけてこのご恩をお返ししたく……」


「ずいぶん息子をおもちゃにしてくださったようで。私の息子の個人的な貸しも合わせて我が新連合国が回収差し上げることにしてもいいのですけれど?」


 セレーナの口上を遮るように母さんが畳み掛けた。

 あの、母さん、一応、相手は王族だから。


「もっ、申し訳ありません、このお詫びは必ず……」


 そう言いながら、セレーナは僕の右袖をしっかりと握ってブルブルと震えているようだった。


「……ふふっ、ごめんなさい、少し脅しが過ぎました、殿下。お顔を上げてください」


 ようやく母さんの顔に穏やかさが戻る。


「彼らにとっても殿下の存在は大変まずいことだったようでしてね、そこも含めて目をつむるということでロックウェルに貸しを作らせていただきました。ただ、これ以上地球市民を危険にさらすなら容赦しないと、父王陛下と摂政閣下にはくれぐれもお伝えくださいませ」


「は、はい、必ず」


 それから小声で僕に、


「ジュンイチ、あの人、怖い」


 借りてきた猫のようだ、とは、僕に向ける言葉じゃなくて、セレーナに向けるべきだったかもしれないな。セレーナの弱点、発見。


***


 ヘリコプターのローターが回り始め、徐々に機内の騒音が大きくなってきた。

 もう、向かい同士だと会話もままならないほどだ。


 どんどん大きくなる騒音の中で、


「そうだ」


 僕はもう一つ、大切なことを思い出した。セレーナに言っておかなきゃならないことが。

 無事だったらきっと言わなきゃならないと思っていたこと。


「なに?」


 ヘリコプターのローターが風を切る騒音の中、僕の声と視線に気がついたセレーナ。


「セレーナ、その、今回、僕を助けるために、一人で国を抜け出してきて、きっといろんな人に迷惑をかけたりうらまれたりして、しかも危ない目にも遭わせてしまったりして……」


 僕がいろいろと並べ立てる言葉に、なんだかセレーナの眉がハの字に曲がっているような気がした。


「全部僕が不用意だったせいで……」


 ごめん。

 と言おうとしたときに、僕の口は、一音節目を出す形で止まった。


 すぐに謝るジュンイチは、嫌い。


 セレーナの言葉。

 もう一つの課題。


 こんなとき、だったら、どう言えばいいんだろう。


 その答えは、もう僕の中にあった。

 そして、『もう一つ残されていた課題』の答えも。


 耳から入る騒音が、急に心地よく変わった。


 なんだ、簡単なことじゃないか。

 こんなことも分からなかったなんて。

 僕は、本当に馬鹿だな。


「……ありがとう」


 僕が言うと、セレーナの顔は、真っ白い花が咲くように笑顔で満たされた。


「それから、僕のために嘘をついてくれたこと。浮かれる僕に付き合ってくれたこと。僕の話を聞いてくれたこと。僕を信頼して僕のところに来てくれたこと……全部、ありがとう」


 一瞬、彼女の両目から光るものが零れ落ちたように見えた。

 よく分からなかったのは、彼女がすぐに向こうを向いてしまったからだ。


「……正解、よ。よくできました」


 向こうを向いたまま言うものだから、彼女の表情が分からないけれど、喜んでくれているんだと思う。


 ――セレーナは、ありがとうって言ってほしかったんだ。


 僕は、彼女との距離が近づいたと勝手に勘違いして、その小さな手間を惜しんで。


 ありがとうって、ちっとも言わなかった。

 それが、彼女は悔しかったんだと思う。


 思い返してみれば、僕は、ジーニー・ルカや、クラスメイトや、どこかの受付嬢や、研究者たちには、何度もありがとうって言った。


 それをそばで聞いているセレーナの気持ちなんて考えてなかった。

 きっとそのたびに悔しい思いをしていたんだと思う。


 ただ、僕がありがとうって彼女に言わなかっただけで。


「もう一つ。あるでしょ」


 向こうを向いたまま、セレーナが言った。


「え、なんだっけ」


「この高貴なる王女が、あなたの腹違いの妹なんていう下賎な身分に我慢したこと!」


 そういえばそんなことも。


「それはむしろ率先して君が申し出たことだったと思うけど? 僕は、赤の他人だってことにしてもよかったんだ」


「なんでもない他人同士が二人っきりで旅行してるわけないでしょ、馬鹿!」


 振り向いたセレーナの顔は怒り顔だけれど、なんだか楽しそうで何より。

 まてよ、じゃあ、僕とセレーナはなんでもない他人同士ってわけじゃないってことじゃない?

 という突っ込みは、ここではしないでおこう。


 それを指摘され真っ赤になって怒るセレーナの姿は、僕の妄想の中だけで、楽しめばいい。



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