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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第六章 母なる地球(2)

 朝起きて、僕が、浦野の短詩のことを残らずセレーナに話してしまった、と浦野に告げると、彼女は顔を真っ赤にしてベッドの奥に引っ込んだ。

 浦野なりには恥ずかしい、できばえの悪い詩だったんだろうけど、僕には全く思いつきもしないアイデアだったわけで、そのことを素直に伝えて、それから、ありがとう、と言った。

 相変わらず真っ赤な顔で、浦野は、どういたしまして、と答えた。


 朝食をとり、その後、特に呼び出されるでもなく半日を過ごした。

 おそらく、図らずもエミリア王女を捕らえてしまったことで、ロックウェルの方も困り果てているだろう。


 一度目は、セレーナが対立する諸侯との決戦のためにロックウェルを頼った、というシナリオを、彼らは作り上げた。それはもう見事なものだった。


 今回は?


 同じ理屈で押し通すのは難しいだろう。

 相変わらずセレーナと摂政の間には多少の確執はあるとはいえ、摂政の野心はせいぜい『じゃじゃ馬セレーナをなんとか御したい』程度のものだ。少なくとも王家と諸侯の内戦、という口実では、セレーナが地球にいる理由にはならない。


 彼らがそれに困り果てている間は、僕らの身の安全は保障される。


 そして、時間がたてばたつほど、僕らは有利になっていくなっていく。あの短詩の解析、ジーニーネットワーク内での情報の拡散。

 案外、セレーナが無鉄砲に駆けつけてくれたことは、良い方向に作用しているのかもしれない。


 そんなことを考えていた夕方頃(昼食からの時間で類推した時間ではあるけど)、昨日セレーナが駆けつけてくれたときと同じような騒ぎが階上で起こるのを聞いた。


 今度こそ、頼れる救援でありますように。


***


 ドアの向こうから言い争う声が聞こえてきた。女性の声が一つと男性の声が一つ。足音は、五、六人分くらい聞こえる。

 徐々に近づいてきて、なんだかどちらの声も聞き覚えがあるような気がしてきた。


 男の方は、あの気持ち悪い大使のような気がするんだけど、女性の方が。


 ほんの少し、まさかそんなわけが、という恐怖感に近いものに変わりつつある。


 扉の前で言い争いになったが、誰かが誰かに軽い狼藉を働いたようで、鈍い音と男のうめき声。それから、ガチャガチャと扉をいじる音。


 間もなく錠は外れ、扉が開いた。


 同時に、言い争いの声もはっきりと聞こえるようになった。言い争いの主の顔も。


「さあ、デューイ大使、ここに監禁されている子供たちが何者なのか、説明していただきましょうか!」


 有無を言わさぬ強い口調の女性。背が高く栗色のストレートヘアを腰まで伸ばし、ちょっと厚めの化粧の。


「まっ、待ってください、これはわが国の内政問題です。地球への密航を試みた若者を強制送還まで保護しているまでのこと」


 言い返したのは、フランクリン。


「そのような見え透いた嘘が通じるとでも?」


「何を証拠にこのような無体をされるのか存じませんが、大使館内にまで踏み込むことこそ国際問題ですぞ!」


「無体をおっしゃっているのはそちらです! この私が、我が子を見間違えるとでも思いましたか!」


 彼女の一喝に、フランクリンは目を見開いてフリーズし、それから、彼女が胸に掲げているプレートのファミリーネームを確認してから、へなへなと崩れ落ちてしまった。


「さあ、今すぐ本国に電信を打ちなさい! 貴国、ロックウェル連合国は、我が新連合国を、母なる地球を相手にする覚悟がおありか、と!」


 顔面蒼白で床を見つめるフランクリンの耳には、その声はすでに聞こえていないように見えた。


 宇宙一の権勢を誇る大帝国、ロックウェル連合国が。

 惨めに宇宙の大海原から隔離された地球に。


 ただの一喝で降伏する姿。


 夢にも思わなかった光景が目の前で繰り広げられている。


 何より目を疑ったのは、その一喝の主が、僕の母さんであったことだけれど。


***


 母さん、いや、地球新連合の外交官オオサキ・アヤコと、ロックウェル連合国大使フランクリン・デューイの間の、その後のことについての話し合いが終わるまでの間、僕らは、大使館の客室に移された。少なくとも、兵員宿舎よりはよほど清潔だし臭いもなくて快適だ。


 母さんの部下が持ってきた替えの下着を受け取り、僕は客室から追い出された。もちろん、セレーナと浦野が着替えるためだ。


 それが終わってから交代、かと思いきや、僕は勝手にトイレで着替えろと言う。ひどい話だ。

 とりあえず多少はさっぱりして、トイレから客室に戻った。


 セレーナが周りを見回して、そわそわしている。


 それから、僕がソファに座るとおずおずと近づいてきて隣に座り、


「あ、あの、私がエミリア王女ってことは、絶対に秘密で」


 と僕に耳打ちしてきた。

 ま、そりゃそうだろう。事態をややこしくした張本人がこんなところにいるとなれば、母さんの一喝は今度はセレーナ、エミリア王国に向くかもしれない。


 それでも、どうしてロックウェル連合は、あんなにもたやすく折れてしまったのだろう。


 むしろ、僕がロックウェル連合内でスパイもどきの活動をしていたとかなんとか言って地球をへこますことくらいのことは出来ただろうに。


 僕がそんなことを誰にともなくつぶやいていると、セレーナが口を開いた。


「ジュンイチは、地球の力を過小評価してるわ。どの国も、地球の機嫌を損ねることを本当に恐れているの。だから、ジュンイチが、地球が侵略を受けて宇宙人の属国同然だなんてことを言ってるのがとてもこっけいだと思っていたのよ。私の父であるエミリア国王でさえもがこんな遠くまで自ら出向くその重みが分からないかしら」


 そう、僕とセレーナが出会うきっかけは、エミリア国王の地球訪問だったのだ。


「地球は二百億以上の人口を抱えて、相変わらず宇宙一の消費地だし、経済活動は宇宙の全惑星を足しても太刀打ちできないんだから」


 言われてみればその通りだ。


 地球新連合は、老いたりとは言え人類発祥の地、人口は多く、宇宙中の資源掘削の試みは、ほとんどが地球の食欲を満たすためのものだ。

 もし地球にそっぽを向かれたら、資源輸出で糊口をしのぐ国々は干上がってしまう。


「それに、みんな潜在的に、母なる惑星への畏怖を持っているわ。あなたがお母さんに頭が上がらないようにね!」


「ぼっ、僕は母さんなんて……」


「うふふ、分かるわよう、大崎君、お母さんの前だと借りてきた猫みたいにおとなしいんだもの」


 浦野まで。彼女は彼女でずいぶんと上機嫌だ。


「だけどお母さんが外交官だったなんて、早く言ってくれれば、それなりに別の手も考えられたんだけど」


 セレーナが言う。

 こればかりは、本当に恥ずかしい話ではあるんだけど。


「……知らなかった」


 うん、そうだよね、そんな顔になるよね、実の息子が母親の仕事を知らなかったなんて。


「……馬っ鹿じゃないの」


 見本のような呆れ顔でセレーナがつぶやく。


「うん……母さんにとっては、僕は多分ずっと小さな子供なんだと思う。難しい話は聞かせないで、僕には好きなことをしてろっていつも言うから。僕はそれに甘えていただけかもしれない」


 今まで、詳しいことを聞かせてくれない母さんは僕を子ども扱いしすぎだ、って憤ることもあった。

 けれど、結局は僕の甘えだった。今回も、結局母さんの機転に助けられた。

 これじゃいつまでもおしゃぶりの取れない子供扱いされても仕方がない。


「だったら大崎君がちゃんとしてるところを見せなきゃね。さしあたり、ガールフレンドの一人でも作ったらどう? 協力するよう?」


 と、浦野。


「いや、それは……」


 何と答えようか、さて、浦野に美少女のつてがあったかな? なんてことを考え始めたところで、


「ジュンイチはガールフレンドなんていらないの! こいつは馬鹿みたいに歴史研究だか妄想だかにうつつを抜かしてばかりで女心の一つでも分かるとは思えない!」


 なぜかセレーナが割り込んできてお断りしてしまった。

 この浦野がどんな娘を連れてくるのかはとても興味はあったけれど、多分ちゃんとした説明もなしで連れて来られるであろうその子が不憫でもある。


「セレーナさんがそんな権幕で断ることじゃないじゃないのよう。あ、もしかしてセレーナさんも大崎君狙い?」


「そんなわけないでしょ!」


 ぴしゃっと断って、顔をそっぽに向けてほっぺを膨らませた。


「ま、ま、まあ、浦野の軽い冗談なんだからさ」


 と言ってから浦野を見るも、彼女はどこ吹く風でにこにこしている。王女様のご機嫌を損ねた責任くらい取ってくれないかな。


 彼女はまた僕のほうを見ると、


「でも、頼れるお母さんって、あこがれるなあ。うちのお母さんなんて、料理は上手いけど、家にいるか近所で井戸端会議してるか。こんなときに颯爽と助けに来てくれたりなんてしないもの。あ、セレーナさんのお母さんはどんな人?」


 なんてことを言った。よりによってその話題。僕は恐る恐るセレーナに顔を向ける。


「……もう、いないわ。顔も覚えてない」


 五秒ほど沈黙した後に、セレーナは小さくつぶやいた。


「あっ……ご、ごめんなさい」


 浦野はあわてて小さくなる。


「いいのよ。私にとって、いないってことは、普通のことだったから。乳母や家庭教師がたくさんいたし。父も変わり者でね、私が成人するまでは継母で苦労をかけたくないなんて言って後添えもらわないんだもの。私は気にしないのにね」


 セレーナは笑顔だったが、なんだかその笑顔が寂しそうで。


 それはそうだろうな、と思う。

 結局僕らを助けたのは僕の母さんで。


 その後ろ盾となったのは、母なる地球で。


 母への複雑な気持ちを知らずに育ったというだけで、きっと彼女はとても寂しい思いをしているだろうと思う。

 彼女の強さは、その裏返しなんだろう、って。


「その、僕の母さんでよければ、いつでも自分のお母さんだと思って甘えてくれていいから」


 いたたまれなくなって僕は妙なことを口走っていた。


「……は? またずいぶん下手なプロポーズね」


 あ。


 そう受け取ったか。

 そう受け取られるか。確かにそうか。


 うわー。ありえない。恥ずかしい。


「えー、大崎君、やっぱりそうなのう?」


「ちっ、違うから、その、ちょっとでもお母さんに甘えたいなんて思ってるんだったらって思って、し、失言でした」


「余計なお世話! あなたみたいな子供じゃないの!」


 ごもっとも。


「……でも、ありがと……ね」


 それは、心遣いへのお礼か、プロポーズへのお礼か? もちろん前者なんだろうけど、後者である可能性も量子力学的な確率で存在……しないか。しないな。

 見ると、セレーナは、窓から青い空を眺めていた。

 柔らかな日差しが白い雲のコントラストを際立たせていた。


***


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