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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第五章 侵食(6)


 心配だった食事はちゃんと提供された。

 粗末なご飯どころか、かなり上等の部類で、普通の高校生がなかなかお目にかかれるものではないような豪華な食事だった。

 大使館と言う場所柄、わざわざ囚人のための粗末な食事を用意することなんてできないのだろう。


 僕が努めて明るく振舞ったおかげで、浦野もだいぶ笑うようになった。

 豪華な食事を口にしては、おいしいおいしいとはしゃぐ姿さえ見せた。


 特に何事もなく夜は更け、勝手に消灯されたので眠り、それから起きて、何時だろう、いや、構うもんか、と思って呼び鈴で誰かを呼び出し、その初めて見る誰かに僕のおとぎ話を聞かせた。


 食事はその二時間後に出てきた。それが朝食。僕は随分早起きをしてしまっていたようだった。

 朝食が終わって、僕はだめで元々の覚悟で、着替えを要求した。要求はすんなりと通過し、僕にも浦野にも、ほどほどにサイズの合った真新しいシャツが提供された。色はおかしな黄色で、とてもじゃないが格好いいとは言えなかったが、浦野が、おそろいねえ、と笑ったのが印象的だった。


 昼食が出てからフランクリンがやってきて、僕のおとぎ話をもう一度聞かせろと言うので、面白おかしくルイスと僕の理論談義を聞かせた。聞き終わった彼の顔は相変わらず不満げではあったが、また何か思い出したら聞かせろと言い残して彼は去って行った。悪くない流れだ。


 浦野はセレーナのことがとても気になるらしく、口を開けば彼女のことを聞かせろと僕に言った。


 何から何まで話すわけにもいかなくて、とりあえず休み中の冒険のことをかいつまんで聞かせたりした。


 再び豪華な晩餐をとり、就寝。

 その次は朝食の給仕係に起こされ、ゆっくりと朝食をとった。


 囚人と言うよりは、バケーションを楽しむお金持ちに近い生活だね、と僕が言うと、浦野もそんな気になったようだった。何しろ、僕が一日に一回、おとぎ話を聞かせるだけで、三食が保障されているのだ。


 午後遅くにまたおとぎ話をフランクリンに聞かせた。

 一体君は本当にどこまで知っているのか、話す気はないのかね、と彼が言うが、僕は正直に、ロックウェルの開発のことなんて知らないしマジック爆弾の詳細理論も分からないと答えた。エミリアの摂政とジーニーをだますための理論武装だけが目的だったと。納得してはいなかったが、彼も徐々に考えが変わりつつあるように見えた。と言って、ロックウェルがマジック爆弾を作っているという重大な秘密を知っている僕を開放するつもりはなさそうではあったけど。自分でしゃべったくせに。


 もう一度晩餐があって、また眠る時間になった。


 その頃には、ジーニー・ルカに必要なことはすべて指示し終えていた。

 もうしばらく救助がなくてゆっくりと人生をさぼってもいいかもね、なんていう話をしながら、僕と浦野は眠りについた。


***


 事件は、その翌日の朝食と昼食のちょうど中間の時間に起こった。


 階上、つまり、建物の一階で、バタバタと人が走り回る足音や、人の怒鳴る声が聞こえた。

 しばらく滞在していて気が付いたのだが、この部屋は、拉致監禁用の部屋なのではなくて、有事の際に兵隊が詰めるための宿舎だったようで、そのためか、防音などには全く力を入れていなかった。そのおかげで階上の騒ぎが聞こえたわけだ。


 バタバタという音が少し収まってきたころに、あの大男が僕らの宿舎をのドアを開けた。


「大使が呼んでいるから来てもらいたい」


 相変わらずぶっきらぼうに言う彼に従って、僕が立ち、それから浦野が立とうとすると、お前は残れ、と言って浦野を押しとどめた。


 もし助けが来たのなら、当然ながら順番は逆だ。

 僕は、開放するつもりがあるのなら彼女を先にしろと抗議したが、大使が用があるのはお前だけだと彼は聞かなかった。


 不安そうなまなざしで僕を見つめる浦野を置いて出ていくのは、さすがに胸が痛んだ。


 階上に上り、玄関ホールに出る小さな扉をくぐった。

 そしてそこで見た光景は。


「ジュンイチ! よかった!」


 ……最悪。

 救出レースはセレーナの圧勝。

 玄関のガラス戸を背に堂々と立っているセレーナの姿。


「さあ早くジュンイチを返しなさい! さもなくば、これを国際問題として扱ってもいいのですよ!」


 セレーナは、吹き抜けの二階から見下ろしているフランクリンに向かって叫んでいる。


 いや、助けに来てくれたことはうれしいけど。

 彼女がどこまで周到に準備して来ることができただろうか。


 たとえば、エミリア軍の後ろ盾でも連れてきていればいいが、たぶん、違うと思う。

 そういうところについて彼女がとても抜けていることは僕は良く知っているから。


 抜けている、と言うよりも、そういう、彼女は自身の権力を使いたがらない、と言うところか。王族はその大きすぎる権力を自ら律しなければならない、と、彼女は考えるから。


 だから、彼女はきっと単身乗り込んできたんだと思う。


 ただ、少なくとも、ジーニー・ルカが一緒だろう。そこだけが救いだ。


 フランクリンが何か目配せをした。


 途端に、大男が僕の左腕をねじ上げた。たまらずに左ひざをついてうめき声を漏らしてしまった。


「ジュンイチ! ちょ、ちょっと、やめなさい!」


 そう叫ぶセレーナの後ろに男が一人。素早く近づく。


「セ、セレーナ、後ろ!」


 僕が言ったときはもう遅かった。

 その男は、一気にセレーナにとびかかり、白い花を模したブレインインターフェースを彼女の頭からもぎ取った。


 セレーナの小さな悲鳴。


 ちぎれた美しいブロンドの髪が宙を舞う。


 そして、起こった出来事を知った彼女は、


「……あ」


 と小さくつぶやいて、呆けた。


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