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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第五章 侵食(5)

「大崎君……その、話せないわけがあるんだよね、しょうがないよね、だって、エミリアの王女様のご命令なんだもん……」


 彼らが出て行ってから話し始めた浦野の言葉は、彼女が僕の立場を勘違いしているだろうことを示していた。


「浦野、違う、違うんだ。僕は……嘘を言ったわけじゃないんだ……」


「……あたしにも本当のこと……言えないのかな」


「……本当なんだ。全部、僕とセレーナ……王女様のでっち上げ。馬鹿な高校生の妄想。それが……たまたまロックウェルの極秘兵器を言い当てていた……らしい」


 僕の言葉を信じたのか信じられずにいるのか、浦野の表情は顔を伏せていて見えない。


「たまたま? ……でも大崎君……すごく頭がいいからさ、きっと本当に秘密を突き止めたんでしょう……? いや、それが悪いとかじゃなくて……」


 彼女は顔を上げた。


「あたしのこと、気にしなくていいよ。きっと、大崎君には大切なものがあって。守らなきゃならないんでしょう? その王女様を。あたしより王女様のこと、大崎君が選ぶっていうのなら」


「違うって、聞いて!」


 僕は思わず大声を出した。


「僕はそんな択一問題を解いたつもりはない! 僕は単なる馬鹿な高校生で、考えなしに宇宙に飛び出して騒ぎを起こして君を巻き込んだだけなんだ! 僕は……本当に何も知らない馬鹿なんだよ……」


 気が付くと、僕の両目から何かがこぼれていた。

 こんなに悔しい思いをしたのは初めてかもしれない。


 真実をそのままに話せば信じてくれると思っていた。


 その真実が、通用しなかった。


 僕の持つありとあらゆるものが、この世に通用しない。


 何が究極兵器だ。


「ご、ごめんね、大崎君、その、大崎君を責めるつもりはなくて、い、いやさ、君なら本当にやりかねないよねーなんて思っちゃって、本当にでっち上げだったなんて思わなくて……」


 ただ一人のクラスメイトを救うことさえできない究極兵器なんて。

 そんななんの役にも立たないマジック爆弾なんていう究極兵器をでっち上げて、それで……。


 ……?


 違う。


「お、大崎君? 大丈夫、本当にごめん、君の言うこと信じるから」


 究極兵器は、マジック爆弾なんかじゃない。


 あいつだ。

 頼れる魔人、ジーニー・ルカ。


「まだ道があるじゃないか!」


 僕は思わず叫んでいた。


「ひえっ」


 浦野が変な声を上げてのけぞった。

 そう言えば、何か言っていた。驚かせてしまった。


「ご、ごめんね」


 浦野がなんだか謝っている。


「いや、こちらこそ。それより、奥の手がある」


 僕が言うと、浦野の顔が途端に明るくなった。


「やっぱり! さっすが大崎君!」


 なにがやっぱりでさすがなのかはよく分からないけれど。

 それから、僕は、左腕にはめられていたジーニー・ルカの音声インターフェースを見せた。


「……これが?」


 浦野は不思議そうに覗き込む。


「そう。わかるかな、ジーニーって。人工知能みたいなもの」


「なんか聞いたことある」


「これは、その王女様のジーニーとつながってるんだ。あいつらも、これだけは見逃していたみたいだ。これでジーニーとこっそり連絡が取れる」


「じゃ、助けが呼べるのね」


「そういうこと!」


 僕は言いながら、接続ボタンを押した。

 そこから発された電磁波は地球をあまねく覆う汎惑星ネットワークを駆け巡り星間通信ノードを衝きぬける。

 赤いランプ、それから間もなく緑のランプ。


「ジーニー・ルカ、聞こえる?」


『はい、ジュンイチ様』


 ジーニー・ルカはすぐに応じた。

 すぐにあいつらが来るかもしれない。見つかったら取り上げられる。

 手短にまとめよう。言うべきことを頭で整理して。


「困ったことになってる。ロックウェル連合国に拉致されて、今、地球のどこかの大使館に閉じ込められてる。助けを呼びたい」


『かしこまりました、ただいまジュンイチ様の位置を――』


『な、何やってんのよ! また馬鹿やったの!?』


 突然セレーナの声が割り込んできた。


 ああ、これはややこしいことになる。間違いなく。


「そうじゃなくて、あまり時間がないから手短に言うと、僕がでっち上げたマジック爆弾、あれ、本当にロックウェルが開発中だったらしくて、僕がその秘密をどこで知ったのかって訊き出そうとして僕らを拉致したんだよ。僕が素直にでっちあげだって白状したら、あいつらは、僕が秘密をしゃべらないからって、拉致継続中」


『それこそ、あなたが適当にでっち上げなさいよ! そのくらいできるでしょ!』


「無茶言うなよ」


 いつも無茶を言うことは知っているけれど。

 適当なことを言うと、アンドリューやビクトリアにも累が及ぶこと、セレーナは分かってるかな。


『ほんとに手がかかるわね。とにかく、刺激しないようにおとなしくしてなさい。すぐに行くから。あ、この回線は傍受されてないでしょうね』


「これはジーニー間インターフェースだから、星間通信と同じやり方では盗聴できないよ。ロックウェルがジーニー同士の秘密のプロトコルを解明したって言うんなら別だけど」


 説明してから、セレーナがおかしなことを言ったことに気が付いた。


「……ちょっと待って、君、すぐに行くとか言わなかった?」


『当たり前でしょ! 私の回線は常に傍受されてるんだから、直接行くしかないでしょ! あー、もう、時間がないから細かいことは後で。ジーニー・ルカ! すぐに出発するわよ!』


 その声を最後に、回線にプツンとノイズが入った。


『セレーナ王女の音声接続が終了しました』


「……終了しました、じゃなくって。ジーニー・ルカ、彼女を止めてくれる?」


『努力はします』


 ま、その気持ちは分かる。

 どうせ無駄だろう、って。


***


 怒涛の通話が終わって、しばらくぼーっとしていた。

 浦野も、なんだかぽかーんとしている。


 そして、何かスイッチが切れたように、はあ、と彼女の口から空気が漏れた。


「……王女様って、その、結構、アレなんだね」


「……うん、アレだね」


 やっぱり客観的に見ても、アレだよなあ。


「……アホっぽ――」


 僕が素早く人差し指を口の前に立てると、浦野はその先の言葉を飲み込んだ。


「本人にもし会っても、絶対言っちゃダメだぞ」


 彼女は黙ってうなずく。


「でも、王女様、すっごくあわててたねえ。大崎君がピンチって聞いて。王女様、きっと大崎君のこと、好きなんだよう」


「……君に説明しても分かるかどうか分からないけど、彼女はいつもああなんだよ、基本的に」


 セレーナが僕のことを好きだなんていう妄想は、もちろん何度かしてみたことはあるけれど、現実とかけ離れすぎているからそれは妄想と呼ばれるわけで。


「そうかなあ」


「そうなんだよ。セレーナ……王女様のあれは、どちらかと言うと、王族の責任感とか、そっちに近いんだ。彼女は、僕を面倒に巻き込んだことにすごく責任を感じてて……ま、今僕が、君を巻き込んじゃったことで感じてる気持ちと同じだから、今の僕にはよく分かるんだけど」


「ふうん、つまんない」


「何でもかんでも惚れた腫れたでひとくくりにするな」


「えー、いいじゃないのう」


 年頃の女子高生なんてものは、そんなものなのかな。

 でも、そんなことに楽しみを感じる程度には、浦野が落ち着いてくれて、とても助かる。


 部屋の空気が急に軽くなったように感じた。今まで気づかなかったものが目に入ってくる。ベッドのカーテンは雑居房には似つかわしくないベージュの花柄だし、洗面所には新品の歯ブラシが未開封で置いてある。


 セレーナが到着するまで、まだ時間はある。ジーニー・ルカをうまく使えれば打てる手はいろいろとあるはず。

 ばれるとさらに面倒なことになるのが目に見えているから、ここからの手は、セレーナに秘密で進めるよう、ジーニー・ルカと相談しなくちゃならないだろう。

 その策が実るのが先か、セレーナが地球に到着するのが先か。


 できれば前者であってほしいけど。


 ともかく出来るだけ長く、僕らが無事でいるためのことをこれから考えなきゃならない。

 さすがに大使館の地下でそれほど手荒な真似はしないだろうけど。


 浦野にひどいことをするぞ、と言って僕を脅すことも考えられる。

 僕が強情を張っていると思われれば、その可能性もあるだろう。


 だったら、時々、彼らを呼び出そう。僕から。


 そして、ちょっとだけ、嘘を混ぜて彼らを混乱させよう。

 思い出したことがある、なんて言って。


 どんな嘘がいいだろう。


 実は、エミリアのルイス・ルーサーが完成させているんだ、なんてのはどうだろう。

 うーん、彼を危険にさらすだろうか。


 いや、エミリア国内ならむしろ安全だろう。彼を押さえている古狸ロッソ摂政ならロックウェルの連中よりよほど上手だろう。フランクリンの話しっぷりだと、ルイスに手を出せなくて困っている風だったんだから、それは間違いない。


 彼らは未完成、行き詰ってると言っていた。むしろ、完成させるための情報があるなら、そちらに飛びつくかもしれない。

 ルイスと会見したことも話してやろう。

 細かい理論は聞けなかったがルイスがこんなことを言っていた、なんてのを小出しに、思い出した風でしゃべってやれば、しばらくはその話を聞くために安全に放っておいてくれるかもしれない。


 さて、どちらにしろ、しばらくはこの部屋に閉じ込められることは確定したわけだ。

 快適な生活のためにできることも考えておこう。


 もう一度ベッドを叩いて感触を確かめる。うん、ベッドと毛布は申し分ない。


 食べ物は……どうだろう。まだ出てこないが、飢えさせるつもりはないと思う。


 僕は立ち上がって、部屋をぐるりと見回した。特に着替えらしきものは見当たらない。

 このブレザーの制服でいつまでも過ごすのはさすがに窮屈だけど、工夫するしかない。


 僕なら、肌着を脱いで洗面台で洗って、その間はワイシャツだけで過ごすこともできるけど、浦野はそういうわけにもいかないだろう。

 先に僕のシャツを洗って浦野に着せて、その間に彼女のシャツを洗えばいいか。その間僕は肌着と上着だけで十分だ。


 部屋の奥には、トイレと洗面台。洗面台の前にしゃがみこみ、下の扉を開けてみると、そこには白く清潔なタオルがたくさん入っていた。


 一枚とって、浦野に向けて放り投げた。


「この部屋にお風呂はなさそうだ。気持ち悪かったらそれを濡らして体を拭うといいよ。あと、シャツを洗いたいなら、先に僕のシャツを洗っておくから、乾くまで貸すよ」


 受け取った彼女は、タオルと僕の顔に視線を何度か往復させた。


「……なんだか、冷静ねえ。怖いくらい」


 しばらくタオルをじっと見つめてから、彼女はぼそりと言う。


「うん、これから考えることが山ほどある。瑣末なことは先に片付けよう。それから救援を待つ」


「……王女様を?」


「……いいや、王女様じゃない誰かを。できたら王女様より先に」


 僕が言うと、彼女はくすりと笑った。


「大崎君も、王女様が心配なんだねえ」


「心配と言うか、彼女が来ると面倒なことになるのが分かりきってるから」


「でも、会ってみたいなあ。大崎君がこんなに信頼している人に」


「……僕の話、聞いてた?」


「だってねえ。王女様とちょっと話した途端に、大崎君、生き生きするんだもん」


 まあ、セレーナを信頼していないというと嘘になる。

 僕にとって、ジーニー・ルカの次くらいに頼りになる人だとは、思わないでもない。


 だけど、彼女は強すぎるから、無茶をする。


 そんなことになる前に解決できますように。


***


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