第四章 王女殿下の騎士(2)
朝も同じ食堂でビュッフェ形式の食事を頂き、再びやることもないので賓客室にこもった。
王宮の庭園を散歩していても良いとは言われたものの、いざ呼ばれたときにすぐに駆けつけできないといけないかもしれないと思って、外出はやめた。
その予感は正しい方向に作用した。
午前十時くらいだろうか、部屋に訪問者があり、御前会議とかなんとかいうところに出席するよう命じられた。
彼についていってみると、王宮の別のビルの二、三階をぶち抜いた大きな会議室、と言うより議事堂と言った方が良さそうな部屋だった。
直前まで会議をしていたのか、部屋にはかすかな熱気が残っている。議員席にはメモ用紙やペンが散らかったままだ。
しかし、そんな広い会議室に、いたのはたったの三人。
一人は、国王陛下その人、それから、ウドルフォ・ロッソ摂政閣下、そして、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下。
真ん中の何も無い場所に三人して突っ立っている。
僕が入ると、三人の視線が一斉に僕に注がれる。
僕を案内していた係は、僕を議場に通すと足早に下がっていった。
さすがに、一国の首脳陣が会する場所に一人で立つのは場違いに過ぎて、足がすくむ思いがする。
しかも、首脳陣の中でも超のつくVIPだけの会合だ。
僕は、歩き方にも作法があるだろうか、とかなんとかつまらないことを考えながら、おずおずと階段上の通路を下り、彼らから二メートルほどのところにまで歩を進めた。
「あまり緊張しないで。準備は整えてるわ」
そっと近寄ってきて、セレーナは小声で言った。
「は、はい、殿下」
僕が答えると、セレーナは陛下と摂政に見えないようにくすっと笑った。
「さてパ……お父様、摂政様、先ほどのお話の件です」
セレーナは、僕の左前に立って陛下と閣下の方に向き直り、話し始めた。
「先だって殿下のおっしゃった、彼だけが知る秘密、『究極兵器』のことにございますな」
ロッソ摂政が確認するように言った。
「はい。先日の諮問で私が正しく答えられなかったのは、私にもそれを正しく理解している自信がなかったからと言うことは、これまで申し上げたとおりです。そのために、再度、ジュンイチ様をお連れいたし、また、私自身も、彼に確認させていただきました」
「結構でございます。では改めて伺います。殿下、究極兵器とは、一体何なのでございましょう」
背の高いロッソが見下ろすように尋ねた。国王陛下は、厳しい顔つきだが、それでも、セレーナを優しく見守るようなまなざしだ。
セレーナは、大きく一呼吸して、考えをまとめているようだった。
「……マジック技術を応用した、マジック爆弾とでも言うようなものなのです」
「ほう……」
おそらく本人も知らずに声が漏れていたのだろう、ロッソの口から間の抜けた音が伝わってきた。
「詳しくは私には説明が出来ません、しかし、マジック鉱石を使った反重力の暴走反応のようなもので……十分な量のマジック鉱石を準備すれば、惑星そのものを破壊しつくすほどの恐ろしい威力を得ます」
そして、ロッソの次の驚愕のときには、声一つ漏れてこなかった。
「今回、ジュンイチ様はその現象がどのように起こせるのかについて確信を得るために、少しの間、研究の時間をいただきました。そうして、彼は確信したと、思います」
セレーナが言い終わると、陛下の目線もロッソの目線も同時に僕に注がれた。
「ジュンイチ様、殿下のおっしゃることは本当なのですか」
ロッソの問いに、僕は目を伏せて軽く頭を下げた。
「本当のことにございます」
「君の言葉で話していただきたい」
少し顔を上げる。セレーナが振り返り、軽くうなずく。
「殿下のご理解の通りでございますが、僭越ながら補足させていただければ、これは、マジック推進技術の応用にございます。ただ、そのためには周到な機関の配置が必要です。また、惑星を破壊するほどの威力となればおそらく何万トンというマジック鉱石が必要でございましょう。全くもって、想像上の兵器に過ぎません」
「だが、君はそれでロックウェル艦隊を撃退した」
「はい、その兵器がマジック機関の応用から作れる、おそらくは、プログラムの変更により偶発的に作用させることは可能だと考えうることを、敵艦のジーニーに聞かせることを発案したのでございます。その場合にジーニーの動作理論として……難解な用語は除きますれば、真実性の度合いを計測するジーニー特有の機能により、王女殿下の宇宙船がこの究極兵器として作用しうると信じさせることが出来たのでございます」
エミリアに着くまでの間、セレーナに台本を何度もチェックしてもらい何度も練習したとはいえ、ここまですらすらと僕の口が出まかせをしゃべるとは。それでも、一般のマジック船を爆弾化することは可能だというのは、完全な嘘とは言えない。億に一つの可能性でも、それはやっぱり起こりうるのだから。
僕の最後の言葉の反響が、議場に反響して消えたころ、再びロッソが口を開く。
「……なるほど。しかし、君はその理論を持っているのですね」
「正確な理論は持ちません。まだ仮説に過ぎません」
「仮説なら、これから検証すればよろしい。君はエミリアに残って、この研究を続けるべきなのです」
ロッソが言った。
多分、こうなる、と、セレーナも僕も思っていた。
最終的にこれを避けるための答えは、出せなかった。
セレーナは言った。必ず何とかする、と。
でも、僕は僕であがくべきなんだ。
「先ほども申し上げましたとおり……この兵器には莫大な量のマジック鉱石を……使う必要があり……実用は、その、こ、困難を伴うものかとおも……存じます」
台本がなくなるとこの通りだ。我ながら情けない。
「だが我がエミリアには、それが潤沢にあり、王女殿下の国が宇宙で唯一、その兵器を持てるのですぞ、ジュンイチ様の王女殿下へ感じる恩義に報いようとは思いませぬか」
それを言われると弱い。
僕はセレーナに助けられてばかりで。
「摂政様。お言葉ですが、私はこのようなものに一片の恩さえ施しておりません」
セレーナが両手を広げて割り込んでくる。
「殿下、国のことをお考えください。我が国は相変わらずロックウェル連合国と難しい局面にあります。戦略上の優位のために、この兵器の情報はきわめて有用なのですぞ」
どう考えても、ロッソの言うことのほうが理にかなう。
国のことを考えれば、セレーナは、僕の拘禁を命じるべきなんだ。
必ず何とかする、って、もしかして、また前みたいに家出同然に逃げ出すってことじゃないだろうな。
「摂政様、それでも、この兵器は、無辜の民を巻き込む人道にもとる兵器です。このようなものを使うくらいならエミリアなど滅びてしまえばいいのです」
背伸びをしながら口をとがらせはき捨てるように、セレーナが言う。
「口が過ぎますぞ!」
ロッソもうかつに声を荒らげた。
「黙りません! ロッソ摂政様、どうしてもというのなら、王族の優越権をもって……!」
何とかするって、もしかして、それですか。
僕は思わず息を詰まらせる。それやっちゃうと……。
「待ちなさい、セレーナ」
黙っていた国王陛下が突然口を開いた。
「やめなさい。その権利を使えば、お前は裁判を受けなければならない。……ウドルフォ、分かってやれぬか、我が娘の気持ちを。この子は、ジュンイチ殿を戦争に巻き込みたくないのだよ」
「へ、陛下、しかし……」
「たかが小娘の一時の気持ちに国の大事を託せぬという卿の気持ちは分かる。たが、同じではないかね。もしセレーナがそうと決めれば、この子は、ジュンイチ殿を連れて今度こそ行ってしまうだろう」
セレーナが僕のためにそこまでのことをするとも思えないけれど。陛下のはったりかもしれない。
「前に話したあのこともある、今は、セレーナの気持ちを優先しようではないか」
「……は、陛下がそう仰せなら」
陛下の言ったあのことってのがすごく気になるけれど、多分、セレーナの話していたあの勘違いのことを言ってるんだろうなという気はする。
「ジュンイチ様、大変失礼をしました。殿下と君の考えはよく分かりました。引きとめはしません。これでこの件はすべて終わりにしましょう」
「わがままを言って、申し訳ありません」
僕は深々と頭を下げた。それから、ふと思い立った。
「この国にもマジック技術者はたくさんいます。僕よりもずっと優秀な。マジック研究をもっと盛んにすれば、今話した仮説を元に、理論を組み立てる人が必ず現れます」
「そうでございます、私もジュンイチ様の言葉に全く同意見ですわ、摂政様」
セレーナも乗っかった。
「うむ、もちろんそうなのでしょうな。幸い、この私めにも、マジックの研究者に関しては多少心当たりがございますれば」
なるほど。ベルナデッダの研究所で研究者たちを飼い殺しにしているのは、摂政閣下のご指示というわけだ。
予想はしていたが、これはセレーナにとってはずいぶんと手強い相手になりそうだ。
「では、下がってよろしい。地球へのお帰りについては、追って手配しましょう」
「ありがとうございます」
僕はもう一度深々と頭を下げ、三人を残して大会議室を後にした。
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