第四章 王女殿下の騎士(1)
■第四章 王女殿下の騎士
翌朝、後ろ髪を引かれる思いで僕らはルイス・ルーサーの家を後にした。
公共交通機関を乗り継いで、相変わらず雨のそぼ降る寂れた宇宙港に着いたころには、すでに午後になっていた。
一日ぶりのドルフィン号、そして、ジーニー・ルカ。
おかしなことに、僕はこの船を我が家と考えるようになっていた。
「さて、これで、旅はおしまいかしらね」
セレーナは言った。
「……そうだね」
僕は、短く応えた。
この旅ですべきことは、すべてし終わったはずだ。
「じゃあエミリアに帰りましょう。あとは頼んだわよ」
しかし僕は首を横に振った。
「これは、君自身の言葉で伝えるんだ」
僕が言うと彼女は目をまん丸にして、次いでほっぺたを膨らませて抗議の意思を表した。
「無茶よ、分からないもの。それに、これはあなたの重要性を示すためでもあるのよ?」
「分かる範囲でいいから。そのあとで、足りないところを僕が補足するんだ、その方がきっと効果的だよ」
セレーナは、頭を抱えてうーとか唸っている。
これは、彼女が自分の言葉にすべきことなんだ。
「……私がわかってることなんて、マジック鉱をたくさん使えば惑星だって壊せる超兵器が作れるってことくらいよ」
「うん、そんなもんで良いよ」
別に伊達や酔狂でこんなことを言うわけじゃない。
二つ、僕には心配があった。
なぜセレーナ自身が、この僕をエスコートする必要があったのか? ――その問いに、十分な回答が出せない。だったら、彼女自身が究極兵器を正しく理解し、次世代の指導者としてそれを正しく使う方法を僕から秘密裏に学ぶ必要があったのだと、そういうことにするのが一番よさそうだと思ったのだ。
加えて、彼女自身が摂政に隠し立てするつもりは一切無かったことを示す――すなわち、彼女が知る限りをぺらぺらとしゃべってみせる、というパフォーマンスにもなる。
僕はそんな内容を要約しながらセレーナに伝えた。
それに加えて、もうひとつ。
「何より、究極兵器の秘密は、君こそが知ってるってことを、敵のスパイに信じさせなきゃならない」
「敵……?」
「そう。僕らを狙ってるロックウェルの、ね。究極兵器の正体が分かればきっと彼らもそちらに気を取られるだろうし、それを知っているのは王女様、となれば、手の出しようも無い。敵は地団太を踏んで悔しがる以外に何も出来はしないさ」
セレーナは、じとっとした目で僕を見ている。沈黙が僕らの間をふっと通り過ぎていき、セレーナの軽いため息とともに会話の時計は再び動き出す。
「……あなたって、たまにやたらと目端が利くから、調子狂っちゃうわ。そうね、何もかもあなたの言うとおり。どうして忘れてたのかしら」
彼女は言いながら何度かうなずく。
「でも、どうやって聞かせるの? 敵のスパイに」
彼女のシンプルな問いに対する答えも僕はすでに用意していた。
「彼らは君の使う星間通信を傍受していたって言っただろう? 星間通信で君が摂政だか誰かに説明しているところを中継してやれば良いさ」
「誰によ」
「誰だっていい。どうせ彼らは君の通話回線ならなんにでも飛びつくんだから。そうだね、僕の親父にでもつないどくか」
僕が冗談を言うと、セレーナは、口元でぷっ、と、小さな音を立てた。
「ふふ、ま、考えとくわ。要するに回線がロックウェル領内を通る誰かにつなげばいいのね」
僕がつられて笑いながらうなずく。実のところ、本当にうちの親父にでもつないでおくのが一番確実なんだよな。あの昼行灯に話の内容が理解できるとは思わないし。
そんなことを考えていると、セレーナがふと、顔を曇らせてうつむいたのに気づいた。
再び、僕の両目を、彼女が覗き込む。
「――でも、その後はどうするの? エミリアは、その兵器を研究したいと言い出すわ、そしたらあなた……」
彼女の言葉に、僕もはっとする。
確かに、そうなるだろう。
そうなれば、僕はやっぱり当面拘束なんて話になるかもしれない。
今度は牢屋なんてことは無いだろうけど……それでも、地球に帰れなくなるのは、困るな。新連合の大使館にでも連絡して抗議してもらえばいいんだろうけど、そうすると、今度はセレーナの立場も悪くなるだろうし――。
「いいえ」
僕がちょっと不安な考えをめぐらせていると、突然、セレーナは毅然と胸を張った。はっと顔を上げる。
「私がエミリア王女の誇りにかけて、あなたを守ります」
***
なつかしのエミリア、と言うべきだろうか。
僕らはエミリアに帰ってきた。
堂々と、エミリア王宮の専用駐機場にドルフィン号を降ろした。
タラップを下ったところでメイド服風の姿をしたたくさんの侍従が駆け寄ってきて、一斉に頭を下げ、お帰りなさいませ、と合唱する。
彼女に続けて僕が降りると、ちょっとざわざわというか、ひそひそというか、そんな空気が生まれる。
あんまり歓迎されている感じじゃない、かなあ。
やがて、もう少し偉そうな貴族風の男が近づいてきて、セレーナに深く頭を下げた。
「おかえりなさいませ。また国外渡航あそばされて、陛下、閣下ともに大変ご心配でございましたよ」
「出発の理由を黙っておりましたこと、大変申し訳ありませんでした。摂政様の極秘のご依頼にお応えするために、どうしてもこちらの男を秘密裏に連れてくる必要がございましたので」
「そちらは以前にも見ましたが、地球の?」
「ええ。私直々に迎えに行かねば動かぬなどと不遜なことを申しますもので」
「何という不敬! 即刻……」
怒りで拳を振りかざして何かを呼ぼうとした彼を、セレーナは軽く手を上げて止め、
「いいのですよ、異国の偉人を招くのに王女の顔一つで済むのなら安いものです。王族なんてものは、その程度の役にしか立たないものですから」
貴族風の男はその言葉に再び深く頭をたれた。
「王女殿下の御高見と御慈愛には感服のほかございませぬ」
僕はエミリア王族をあごで使うとても横暴極まりない偉人ってことになってるらしい。うん、さっきの侍従たちの軽い敵視の理由も多少分かった。ついでに、セレーナが僕をダシにして自分の株を上げたことも。
貴族風の彼は、僕らを王宮に案内した。
もちろんセレーナは王女殿下の執務室へ、僕はよく分からない賓客室へ。
その部屋は、家の僕の部屋より二周りくらい大きくて、ベッドが一つ、机が一つ、小さなソファが一つ、後はトイレが一緒のバスルーム。それに大きなクローゼット。
僕は持ってきた荷物をクローゼットに放り込み、とりあえず、いつでも呼び出しに応えられるように平服のまま、ベッドにごろ寝してマジック理論の本を読んだりして過ごした。
エミリア時間の夕刻には、食事の準備がある、との声がかかったので、また豪勢な晩餐会があるのかも、と思いながら案内にしたがっていくと、併設の来客用食堂に一席をあてがわれただけで、一人で食事を取ることになった。もちろん食事は飛び切りに美味しかったけれど。
その後、日付が変わる時間まで粘っては見たものの、結局僕は待つのをやめて寝間着に着替えて寝ることにした。
きっとセレーナも、まずは家出のことでこってりと絞られているんだろうな、なんて思いながら。
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