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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第三章 ベルナデッダの飛べない巨鳥(4)


 恐る恐るタラップに出て、寒風が僕の体温を吹き飛ばさないことに安堵した。ベルナデッダは温暖な惑星だった。

 ただ、少し暑すぎて、湿潤すぎるのが難点で、星の表面の六割くらいの場所では常に雨が降っているそうだ。比較的乾燥している両極周辺を除けば八割に近いらしい。

 もちろん、僕らがタラップを降りようとしたときにも、小雨が降っていた。僕もセレーナも、人類文明発祥の時から雨の時に頭の上にかざして使うと決まっている道具を持ち出すことにした。


 小さなさびれた着陸場には、専用のハンガーや送迎カートなんてものはなく、ターミナルビルまでの二百メートルほどを、僕とセレーナは傘をさして歩いた。


 ターミナルには地下鉄さえ通っていなかった。一日に数本のバスだけが都会とのアクセスを支えていた。

 幸運にも、僕らがついて四十分後に次のバスが控えていて、僕がターミナルで傘の水を振り払い、少し濡れてしまったズボンのすそを乾かす間にその時間はやってきた。


 バスの乗客は僕とセレーナだけだった。

 何となく、リュシーでの研究所訪問を思い出す道行だった。


 バスで三十分ほどかけてたどり着いた第十四市の中心部は、エミリアの街がそうであったように、低い店舗や住居が雑多に集まった小さな街だった。


 バス停からまた傘をさして少し歩き、ターミナル駅そばの喫茶店に入る。間もなくベルナデッダ時間の十七時と言う時間となっていて、これから研究所に向かうか、一度宿をとるか、僕とセレーナは話し合うことにしたのだ。

 もらった資料によると、研究所の一般受付時間は十七時まで。ベルナデッダ時間が標準時の1.3倍あることを考えても、さすがに今から向かっても遅いだろう。


 素直に一旦宿を取って、明日の朝出なおそうか。上空の基地で寝坊した時間が今になって惜しい。

 実のところ、僕はルイスに一秒でも早く会ってみたいと思っている。あの教科書の主であり、リュシー研究所の歴史の生き字引。


 ――けれども、ルイスに連絡を取ってみて時間外でも面会できないか訊いてみよう、と言ったのは、実はセレーナだった。


 よくわからないけれど、セレーナの機嫌がとても良い。

 僕がそうしたいと思っていることを先取りしてくれる。

 もちろん悪い気はしないんだけど、逆になんだか怖いくらい。


 いや案外、また面倒事を思いついて、先に恩を売っておこうなんて考えているのかもしれないぞ。

 と警戒はするも、彼女の心地よい提案を、受けないのも損だから、受けることにした。


 僕は端末を取り出して、ビクトリアから受け取ったルイス個人の連絡先を入力し、回線を開いた。


 呼び出し中のサインが四十秒ほど、それから、そのサインは消え、代わりに応答中の文字が現れた。

 僕はすぐに音声通話(画像なし)を選んだ。相手からも同意の信号が届いた。


『あー、もしもし、こちらはルイス・ルーサーだが、どちらさまかね』


 少しくたびれた声が聞こえてきた。


「初めまして、僕は、オオサキ・ジュンイチと言います。リュシー反重力研究所のビクトリア・ミッチェルさんの紹介をいただき、反重力研究について相談に乗っていただきたいと思ってまいりました。今、第十四市にいます」


 僕は端末に向かってしゃべりかけた。


『……ビクトリアか、懐かしいな。良い生徒だった。もう研究所に向かっておるかね』


「いいえ、まだ、市内のターミナルです」


『よろしい。私は自宅だよ、向かう前でよかった。ルートをこの回線で共有しておくから、従って来たまえ』


「えっ、今から伺って……」


 期待した以上の答えだけれど、さすがにこれからもう夜の時間だし。僕が遠慮の声色で聞き返したが、


『構わんよ、久しぶりにリュシーの話も聞きたい。宿は決まっているのかな? そうでなければ、何もないが、私の家を使わんかね』


 僕はセレーナに視線を向けた。

 セレーナは軽くうなずいた。


「いいわよ、見つからなきゃどうせドルフィン号で寝るつもりだったし。あのカプセルキャビンよりはきっとマシな部屋でしょう」


 小声で彼女がそう言ったので、僕もうなずき返した。


「宿はまだです、お言葉に甘えてよろしければ」


『よろしい。では、待っているよ。玄関には出ないかもしれんから、その時は勝手に入ってくれたまえ』


 彼は言い終わると一方的に回線を切断した。

 回線が解放された端末を見ると、新着通知があり、それは、ルイスから送られてきた彼の家へのルート情報だった。

 彼の家までのルートは、交通機関を使うよりも歩いたほうが多少早いようだった。


 僕とセレーナは、傘をさして並んで歩いた。

 この地方はどうやら冬に当たるらしく、十七時になろうかという頃には街を薄闇が覆い始めていた。雨は相変わらずしとしとと降っている。


「思ったのと違って、ちょっと暗い感じの人だったね」


 僕が言うと、


「そうね、それに、平日に仕事先にも行ってないなんて。身分のある人だからいいのかもしれないけど」


 とセレーナも気になったところを口にした。


 世捨て人。

 安っぽい言い方かもしれないけれど、そんな言葉が良く似合う声色だった。


 暗い街の通りをくるくると六、七回ほど曲がった。

 一時間ほど歩いたと思う。


 ナビゲーションが指し示す家が遠くに見えてきた。


 いくつも並んでいる二階建ての古びた住宅の中に、何の特徴もなく溶け込んでいる、茶色いその家が、ルイスの家だった。


 狭い庭を横切り、苔の生えた呼び鈴を押した。

 返事がない。


 もう一度押すと、奥の方で、どうぞ、と小さな声が聞こえた。


 玄関のドアを引くと、簡単に開いた。

 傘を閉じ、水を払って玄関の傘立てに立ててから、僕とセレーナは家に踏み込んだ。誰もいないように見えるが、廊下の奥から明かりが漏れてきている。


 その明かりを頼りに廊下を進むと、古い木製のロッキングチェアに座った老人に近い男の姿があった。


***


 彼の勧めるままに、僕らは背もたれのない固いダイニングベンチに後ろ向きに座った。

 黒髪の半分くらいに白髪が混じっている。顔のしわは深く、少し日に焼けたような肌の色。ひげはきれいに手入れされていた。


「ようこそ、ビクトリアからの客人」


 彼はさっき通話で聞いたそのままの声で言った。


「こんにちは、ビクトリアさんの紹介で来た、オオサキ・ジュンイチと、こちらは、セレーナ・グロッソ」


 自己紹介と合わせて、紹介状代わりに僕は端末のビクトリアの手紙を開いて、ルイスに見せた。


「ふむ……」


 彼はしばらくそれを読んでいた。僕らも、それに何が書いてあるのかは知らない。きっと、私信も含まれているだろうし。

 目線が何度か上に戻り、読み返しているようだった。しかとは分からなかったが、彼のほほにわずかな微笑みの色が見えたような気がした。


「……ありがとう、久しぶりにビクトリアのことが分かってうれしかったよ。それで、君たちはマジック技術史を勉強しているそうだね」


「あ、はい、いや、いいえ……」


 僕は、どうすべきか悩んだ。


 僕らの本当の目的を彼に告げても良いものだろうか。


 少なくとも彼はすでにエミリア国民で、僕らの味方であるはず。


 一方、彼はまだリュシーとの繋がりを懐かしんでいる。きっと心はロックウェル連合にある。


 セレーナのほうを見てみると、軽く首を横に振った。


 それはどういう意味だろう。


 言うべきではないということか。


 しかし、彼女は僕の目を見つめ、微笑みとうなずき。

 そうか、僕の判断に任せると言っているのか。


 僕が決断すべきことなんだ、きっと。


 僕は心を決める。


「もっと純粋に、マジック技術、反重力理論のことを聞きに来ました。つまり……反重力を軍事的に応用する可能性について、です」


 彼は僕の言うことを聞いて、それから、黙って立ち上がり、キッチンに消えていった。


「……まずかったかな」


「いざとなればここはエミリア。私の権力が及ぶから、あなたは気にしないで」


 そうか、それもそうだな、と、改めて腹をくくる。


 キッチンから戻ってきたルイスは、トレーを持っていた。湯気を上げるカップが三つ、乗っている。


「うちには即席コーヒーしかなくてね、それも、エミリア風のエスプレッソが大好物なんだが、ちょっと癖が強い。地球出身のお二人の口に合うか」


 彼は言いながら、小さなテーブルを引き寄せて僕らの前に置き、自分用の小さな椅子を置いて座った。

 とりあえず、一服しながら話を聞こう、という構えではあるようで、ほっとする。


「いただきます」


 僕はカップをとった。ルイスも同じようにカップをとり、ひとすすりした。


 僕もそれを口に含むが、その苦さと言ったら。

 脳天がしびれるような苦さだった。


 エミリア人はこんなものを平気で飲むのか。


 と思って右に座っているセレーナを見ると、目を閉じてカップを傾けている。微笑みさえ浮かんでいる。セレーナにとっては当たり前の懐かしい味なのかもしれない。


 ルイスは、僕のしかめっ面を一瞥したあと、エスプレッソを味わうセレーナの表情をじっと見つめていた。


「それで、マジックの軍事応用だったかな」


 ルイスは口を開いた。


「はい、もしかするとビクトリアさんからの手紙にも書いてあったかもしれませんが、僕らは、リュシーで、事故の跡を見ました。オーバーシュート……突入反重力効果がその原因だったと聞いています」


「……なるほど。彼女の手紙には、君らがその事故の歴史的価値に興味を持っていると書いてあったが、実は目的は別だったということだね」


「はい……すみません」


 厳しい言葉に僕は委縮してしまう。

 彼の機嫌を損ねてしまっただろうか。


 もう一度カップに口をつけて、彼は大きくため息をついた。


「このエミリアと、私の故郷ロックウェルは、このところすこぶる仲が悪い。つい最近も、このベルナデッダの上空で軍事衝突があったばかりだ」


 彼は突然、世間話をはじめる。


「そんなとき、私はどちらの味方をすべきか、と悩むこともあるよ」


 彼はそう言ってもう一度カップを口元に運んだが、口はつけない。


「こんな美味しいエスプレッソを作る第二の故郷か、私を生み育んだ本当の故郷か……」


 カップを置いて、両手指を組み、顎を乗せた。


「私は、何年も前に、ここの研究所に引き抜かれた。最先端の研究を金に糸目をつけずにさせてもらえると聞いて、ね。だが、現実は、この通り。自宅で隠遁生活だ。彼らが……エミリア人が私に与える仕事は、なんだと思うね。マジック史の編纂だよ。くっくっ、ビクトリアが君らの教師に私を選んだのは偶然にしてはできすぎとるね。一方、残ったビクトリアは、おそらく宇宙最高効率のマジックエンジンを作ろうとしているようだ。この国はね、マジック技術について二歩も三歩も遅れている上、研究者を些事で飼い殺そうという国なのだよ。その理由は、まあ、私には分かる気がするが、……君たちに言うのはよそう」


「いいえ、ルイスさん、その理由、教えてください」


 セレーナが乗り出した。

 きっと、エミリアという国がこんな仕打ちをしていることが信じられなくて、だと思う。この国は、彼女たちの国なのだ。

 一方のルイスは、突然食いついたセレーナを、不思議なものを見るような目で見つめている。


「……いや、そうだな、そんなこともあろう」


 彼は一人で何かを合点してうなずき、


「この国にとって、他の国がマジック技術を進歩させることは、困ったことなのだよ。技術が進歩しすぎて、少ないマジック鉱でたくさんのことができるようになることが、ね。マジック鉱を商うことだけで国を支えているのだ、そう考えても仕方がないと思うがね」


「そ、そんなことは……」


 セレーナは首を小さく横に振ってうなだれた。

 セレーナ、君は地球新連合市民だぞ、しっかり演技しろ。


 ルイスは、彼女のそんな様子を眺めて、それからまた、力ない微笑みを浮かべた。


「君たちの責任ではないよ、当然ね。さて、そして、マジックの軍事応用の話だったね。私は、こんなわけでエミリア王国に技術の神髄を捧げたいとも思わぬし、と言って、エミリア市民の義務としてロックウェルに利することもできぬ。だから、どちらかの人間がここにきて、同じ話をしたとしたら、おそらく追い返していただろう」


 彼はそう言って、もう一度、うなだれているセレーナを見つめた。


 その時、僕は確信した。


 彼は、セレーナの正体に気づいている。


 それはそうだ、エミリア国内のメディアには何度も露出しているはずの彼女。一度見たら忘れられない器量。

 『セレーナ』と言う同じ名前。


 地球人の口に合わないエスプレッソを彼女が美味しそうに飲んだ時には、きっともう気づいていたはずだ。


「だが、君たちは、()()()()()()()だ。私の脳髄に数滴残った知識を君たちに分け与えても、罰は当たるまい」


 僕は驚いて彼の瞳を覗き込んだ。


「いいんですか」


 僕は思わず低い声で尋ねた。


「……何の問題があるかね? 未来を拓く子供たちに、私が残せるのは、教科書と史書と、それらに載せられぬわずかばかりの知恵くらいのものだよ」


「……ありがとうございます」


 僕の謝辞に対して、ルイスは低く笑っただけだ。


「それじゃ、講義を始めよう。お嬢さんもお聞きなさい。私に同情してくれるのはうれしいがね、私もこの隠遁生活をそれなりに楽しんでいるのだよ、こんな珍客があれば、特にね。あまり同情されるとかえってみじめだ」


 セレーナはうつむいたままうなずいた。


「さて。――突入反重力効果、そして、兵器転用だったかな。端的に言えば、可能だ」


 突然軽やかな口調に変わると、彼はまず結論を口にした。


「僕もおそらくそうだと思ったんですが、確信がないのです」


 僕が言うと、ルイスの瞳が興味深そうに大きく開く。言外に、どうして? と問うている。


「突入時の回路残留エネルギーだけではどうやっても大きな破壊力を得られない、つまり、通常兵器が火薬の爆発力で得る破壊力を上回るとは思えないのです。可能か不可能であれば可能でしょうが、効率的とは言えない」


 僕はここに来るまでに何度も考えを巡らし、僕なりに得た結論をぶつけてみた。


「なるほど、ビクトリアの言うとおりだ」


 彼は口元で笑って、冷めかけたエスプレッソを一気に飲み干した。

 カップがガチャンと音を立てて皿の上に落ちる。


「だが、そこにもう一つの効果がある。君はあの事故跡を見たね。あれには、四百何十かのエレメントの暴走がかかわっている。だが、その時の回路残留エネルギーの総量は、わずか十メガジュールにも満たないのだよ」


「だったら……せいぜい巨大な実験装置が何メートルか飛び上がる程度のものですね」


「ま、おそらくその程度だろう。問題は、タイミング、つまり位相だ。いいかね、同位相でオーバーシュートが起きたとき、そこには、位相伝播方向に垂直のマジックの帆ができる。その帆は、とてつもなく巨大なものだ、分かるね。オーバーシュートの効果は極めて小さいが、そのピークが重なっていることでマジック効果は何千倍にも達する。通常のマジック推進装置の張る帆の大きさが実空間換算で数百メートル程度なら、そう――」


 彼は言葉を切ったが、僕の頭の中に、その姿が浮かぶ。小さなマジック機関から見えない帆が、何百何千キロメートルというい広大な空間に広がる姿。


「そして次の瞬間、オーバーシュート効果は収束し、帆は消滅する。では、この帆がかき集めた莫大な『重力の風』のエネルギーは、どこに行ったのかね?」


 僕はぞくりとした。


 わずか何マイクロ秒とはいえ、その巨大な帆が集めたエネルギーは、残留エネルギーの散逸に合わせて帆がたたまれるその瞬間、縮みゆく帆に絡んで一点に集中していく。


「その顔は、理解したようだね。そう、つぎ込んだエネルギーどころじゃない。惑星やその周辺の星々の持っているわずかな重力ポテンシャルの傾斜からかき集めたエネルギーが、瞬時とも言える短時間のうちにどこかに折りたたまれてしまうのだよ」


「そうすると、爆発的な反重力が発生して」


「――コントロールできないそれは、いずれにしても、破局的な破壊を起こす。しかもその力は純粋な重力で、現存するどんな防御手段も紙に等しい」


 僕らは、究極兵器をでっち上げる旅をしていた。

 それが、想像するだけで恐ろしい、本当の究極兵器にたどり着いてしまった。


 今、この瞬間に。


「失礼ですが……ルイスさんは、いつからこの可能性を」


 僕は、恐る恐る訊いてみた。


「あの事故の原因究明をしている時だよ。だがね、私自身、これを正しく公表することを恐れた。だから、表向きは、残留エネルギーが暴発した、と、うやむやに表現したがね」


「もしこれが正しく理解されれば、恐ろしい兵器になります」


「そうだ。だが、これはある意味で机上の空論だ。なぜなら、まずその爆発的エネルギーを遠隔地に投射する方法がない。ミサイルの弾頭としてこのようなものを使えるかもしれないが、この面倒なメカニズムを作動させる仕掛けを乗せる余裕があるのなら同じ重さの高性能爆薬を積んだほうがよほど大きな破壊力を生めるだろう。あるいは、ターゲットにこの仕掛けを直接設置するか、ターゲットを注意深くこの仕掛けであらかじめ囲んでおく、そういった面倒な手続きが必要だ。そして、もう一つ、国家がこの兵器を実用化することを考えるときに、おそらくもっともその妨げになるものがある」


 ルイスは言葉を切って、僕の顔を、それからセレーナの顔を見て、また僕の顔に目線を戻した。


「コストだよ。一トン十億クレジットとも言われるマジック鉱を、この兵器は惜しげもなく四散させるのだ。再生産できない貴重な鉱石を、たとえ防御不能な究極の一撃のためとはいえ浪費することは、並の国家には不可能だろう。それこそ、無限に近い財力を持つロックウェル連合国か、マジック鉱を自ら産出するエミリアにしか使えぬだろうな」


 彼は言いながらちらりと視線をセレーナに流した。

 エミリア王族がこの話にどのように反応するのかを確かめたかのように。


「いずれにせよ、この理屈は厳密な理論計算の結果ではない。起爆に必要なマジック鉱の量、マジック機関の規模、幾何学的配置、電力入射プロファイル、位相制御精度、もろもろは、すべて開かれたパラメータだ。しかも、通常の実験ではそれは起こらない、瞬時でかき集められる重力エネルギーなどたかが知れている。突入効果が現れたときだけ、何らかのメカニズムでより多くの重力エネルギーをかき集めてしまうらしいが、それはまだ解明されていない。あの事故は、起こるべくして起こったと誰もが考えているが、私は、あれは奇跡が起きたものだと思っている。意図的に起こすには、数えきれないほどの実験を必要とするだろう」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 それが現実の兵器となる可能性は極めて低い、と彼は考えているが、ともかく、それは一度は起きたのだ。

 誰かがそれをもう一度起こし、その原因究明の過程でルイスと同じ結論にたどり着かないとも限らない。


 あるいは、前の事故の時、ルイスとは別に、同じ結論にたどり着いていた人がいたかもしれない。


 まさか、地球のあのクレーターを掘ったのは、実のところこの兵器だったのではないか、と言う考えさえ、僕の頭を掴んで離さない。


「なにか、質問は?」


 ルイスは、低くゆっくりと言った。


「いえ……ともかく、理解できたと……思います」


「では、私から質問していいかね。ああ、その前に、食事にしよう、食べてないだろう」


 彼は、やおら立ち上がり、再びキッチンに消えていった。


***


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