第二章 惑星リュシー(5)
宇宙港の駐機場で、なつかしのドルフィン号に戻ってきた。
もちろん、ドルフィン号の中はちっとも寒くなくてとても快適で。
また来たいなんて言いはしたけれど、こんな寒いところにずっといるなんて、やっぱり無理かもしれない。
「お帰りなさい、セレーナ王女、ジュンイチ様。首尾よく問題を解決できそうで何よりです」
そういえば、ジーニー・ルカは、セレーナのリボン型ブレインインターフェース経由で僕らの会話を全部聞いているんだっけ。
彼は、まだ、進化を続けている。
きっと、すべてのジーニーがそうだと思う。
ジーニーを究極兵器として使う、というアイデアは、いつか、通用しなくなるかもしれない。
彼がこれ以上進化して、もっと人間くさい情緒なんてものを理解し始めたら、僕とセレーナの会話を彼に聞かせることはとても恥ずかしいだろうな、と思う。
そんな話をしたら、きっとセレーナは、馬鹿ね、と言って大笑いするだろう。
セレーナはシャワーを浴びに行き、僕はその間またもぼうっと過ごし、彼女が出てから僕も重力下でのシャワーを楽しんだ。
芯まで冷えていた体が温まってようやく人心地つき、僕が操縦室に戻ったとき、セレーナはご機嫌そうに何かの本を読んでいる最中だった。そして、僕に気がつくと端末の本を閉じた。
「早いわね、それじゃ、出発する?」
「そうだね」
僕が言うと、
「ジュンイチ様、なにか心残りがあれば、伺いますが」
とジーニー・ルカ。
彼の何が、あるいは僕のどの行動が、そんな質問をしようという彼の直感ポテンシャルを増大させたものか。
「そうだね、ジーニー・ルカ。せっかくだから、反重力研究所の上を飛んでいこう」
「かしこまりました」
そんな僕らのやり取りを、セレーナはにやにやしながら聞いている。
「違うから、ビクトリアさんがどうとかじゃないからね」
僕が大声で言うと、セレーナも負けじと大声で笑った。
間もなくセレーナのオーダーでドルフィン号はゆっくりと飛び上がり、高度を上げながら、研究所の方角に向けて滑り出した。
地下鉄とバスを乗り継いで二時間はかかった研究所まで、ドルフィン号はたった三分で僕らを運んだ。
高いところから見ると、ごくごく小さな直方体の箱がいくつかに、その箱の何百倍もの大きさの少しだけ整地された荒野。それが研究所だった。
船はもう一度高度を落とし、実験場側から研究棟側に向けてゆっくりと飛んだ。
あのくぼ地が見えてくる。
空から見るととても小さなくぼ地だけど、それは僕の次のひらめきの助けになった。
その姿を焼き付けようと見ていると、そのそばに、変な形の岩石があるのに気がついた。
と思って目を凝らすと、それは岩石ではなくて、人だった。
くぼ地の縁に人が立っている。
片手でまぶしい日差しをさえぎりながら、この船をじっと見ている。
その顔が誰なのかもすぐに分かった。
ビクトリアだ。
セレーナが僕の左足を蹴飛ばした。
何のオーダーも無いのにタラップが降りた音がした。
僕は操縦席を立ち、タラップに向かった。
船は地上五十メートルほどにホバリングしている。階段を半分降りた。寒い風が吹き荒れていて、僕の髪は乱れ、目は沁みた。
「良い船、乗ってんじゃないの! 黙ってるなんて!」
ビクトリアが叫んだ。
「ビクトリアさんこそ、研究が忙しいなんて!」
僕は叫び返した。彼女は笑ったような気がした。
「お互い様ね! 幸運を!」
「ビクトリアさんも! タイトル更新がんばって!」
彼女はこぶしを突き上げ、それから、結んだ手を解いて、左右に振った。僕もまったく同じポーズをとった。
再び風を切って、ドルフィン号は高く舞い上がった。




