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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第二章 惑星リュシー(1)

■第二章 惑星リュシー


 僕も、船室で一休みしようとも思ったが、もしセレーナが戻ってきたときにこの操縦室に誰もいないとがっかりするかもしれない、なんて不相応な考えが浮かんで、そのまま操縦席に座って待っていることにした。


 そうやって待っている時間は、結局それほど長く続かなかった。


 三十分も待たないうちにセレーナは戻ってきた。それから元気よく、


「さて、次はどこだっけ? リュシーだっけ?」


 と僕に話しかけてきたからだった。

 さっきまでの態度にちょっと僕は引っかかっていたけれど、この彼女の元気は、それを気にするなというサインなんだと思った。


「そうだね、リュシー。どんな場所か、わかる?」


「はい、ジュンイチ様」


 セレーナよりもジーニー・ルカが先に反応した。


「惑星リュシー、ロックウェル連合国所属ドニエ共和国の領有する惑星の一つです。低温乾燥、低重力で、ロックウェル連合国の他の星と同一の行政階層を持っています。マジック鉱による反重力が発見された惑星でもあり、それ以来、反重力物理学の研究の中心地です」


「へえ。しかし、なんだってエミリア産の何の価値もなさそうな鉱物がそんなところで?」


 きっとこの答えもジーニーネットワークから容易に引き出せるだろうと思って訊いてみた。


「エミリアの地下資源調査で発見された新種の鉱物は宇宙に持ち出され、サンプルは分割され様々な研究機関に分配されました。その中で、リュシーの大学で反重力の発生が見つけられたというのが事実です」


「その人に感謝しなくちゃね。私の御先祖様がエミリアをこれだけの国に出来たのも、その人がマジック鉱の効用を発見してくれたおかげだもの」


 セレーナは誰にともなく言った。

 僕と目が合い、それから、彼女はにっこりと笑った。


 僕はさっきの彼女の言葉がどうしても引っかかって自然に笑えなかった。


 自分でも分かってる。

 セレーナに、『嫌い』と言われたこと。

 僕は、自分がそのことにそんなに傷つくとは思っていなかった。


 だけど、今は、僕が彼女に好かれるか嫌われるかっていう問題じゃないと思う。

 今は、目的を果たさなければならない。

 そう、さっきの危険な男のこともある。


「それじゃ、リュシーに向けて出発。ただその前に、もう一つ、大切なことを話しておかなきゃならない」


 僕が言うと、隣に腰を下ろしたセレーナは首をかしげて僕を覗き込んだ。


「もう忘れたの? さっきのスパイの話!」


「ああ、あのことね。さすがにびっくりしたけど」


「びっくりしたどころじゃないよ、今度こそもうダメかと思ったよ」


「ま、次もロックウェル領内だから、気をつけなきゃね」


 なんだろう、ちょっとセレーナの様子がおかしいような気がする。

 こんな大切なことをこんなに軽く受け流すような子だったっけ。さっきは、僕を巻き込んだことを後悔している、そんな顔色だったのに。


「それで、これからしばらくは、星間通信は無しにしようと思う」


「星間通信を?」


「あいつが言ってた。星間通信を傍受していたって。たぶん、スパイは、ロックウェル領内なら盗聴できる特権があるんだと思う。できたら通常通信も控えた方がいい」


 僕はそう言ってからセレーナを見た。

 彼女はちょっと考えている風だったが、僕が見ているのに気が付くとぱっと顔を上げて、微笑んだ。


「そうね、ジュンイチの言うとおりだと思う。またあんな目に遭うのはごめんだもの」


 そして、念のために何かできることがないか、考える。

 たとえば、さっきセレーナが名乗った偽名を、正式に使えるようにできないだろうか。


「ジーニー・ルカ、一つ頼めるかな。セレーナのID、セレーナ・グロッソっていう架空の人物に書き換えてほしい」


 僕が言うと、ジーニー・ルカはすぐに応じた。


「申し訳ありません、個人認証システム『ID』の唯一性は私には詐称できません」


 いろいろな不正をやってきたジーニー・ルカにも、どうしても触れられないものがあるのか。一つまた、面白いことを知った気分だ。


「そうか、何かそれに近いことはできない?」


「それでしたら、ジュンイチ様のIDに、旅券情報を登録されてはいかがでしょう」


「旅券情報?」


「はい、旅券情報には、旅程ごとに随伴者情報を加えることができます。本来は随伴者のID情報を正確に写しとるものですが、以前にセレーナ王女の信用情報を移し替えたのと同じように、架空の人物情報を随伴者として登録することが可能です」


 彼の言う『以前に信用情報を移し替えたのと同じように』とは、つまり『不正な迂回システムを使って』という意味だろう。あえて言葉にしないあたり、こいつには十分に悪党の素質がある。頼もしい限りだ。


「それは、すぐに見破られるものじゃないのかい?」


「もちろんきちんと調べれば架空であることはすぐに判明しますが、個人情報を人間が参照したり、しばらくの間、いくつかのシステムをだますくらいなら可能です」


「よし、いいぞこの悪党め。じゃ、僕の随伴者にセレーナ・グロッソを。出身は地球、新連合国。この船の船籍情報もその架空情報でしばらくだませるだろう?」


 僕はすぐさま、操縦席のIDスロットからセレーナのIDを抜き、自分のIDを差し込みながら訊いた。


「はい、もちろんです」


「よし、持ち主はセレーナ・グロッソだ」


「セレーナ・グロッソとジュンイチ様のご関係はいかがしますか?」


 関係……そんなものが必要なのか。

 あれだな、随伴者の続柄とかって欄があるのだろう。


 さて、彼女は僕の何なんだろう。


 単なるでっち上げ情報と分かっていても、何かそれが、特別な意味を持つような気がしてくる。


「彼女は僕の……」


「妹よ」


 セレーナが横から突然言った。


「細かい設定が必要なら、こんなのはどう? 私は、ジュンイチの父親がグロッソ家の娘に産ませた私生児」


「かしこまりました」


 おそらくジーニー・ルカは、言われた通りにでっち上げデータを作って、いくつものシステムに信じ込ませるインチキをやっているだろう。


 妹、か。


 うん、別にいいんだけど。ごっこ遊びの中でくらい、もっとロマンチックな関係でいてもいいんじゃないかな、なんて、ちょっとだけ思った。


「完了しました」


 ジーニー・ルカの簡素な報告でそれが終わったことを知り、パネルに内容を表示してみると、たしかに、僕にいるはずの無い妹が随伴者として同行していることになっていて、しかも、船はその謎の妹の所有に書き換わっていた。


「架空の人物の所有になっているため、地球も含めて全情報が同期されるとエラーにより書き戻される可能性があります。お気をつけください」


「前に船籍情報を書き換えたときは同期時間は一時間だったね、一時間ごとに同期状態をチェックして、もし、所有者が戻っていた場合は、セレーナ・グロッソで上書き処理できるかな」


「かしこまりました」


「それから、ジーニーネットワークにセレーナ・グロッソの情報を常に拡散して」


 ジーニー・ルカの返答を受けて、僕は次の試み。

 ジーニー理論の本は、インデックスからいくつか流し読みしたくらいだが、付け焼刃くらいにはならないかな。


「かしこまりました」


 こんなジーニーの便利さは、おぼれてしまうとたぶん抜けられない。もし、いつの日か、僕が本当にジーニー・ルカと別れる日が来たとき、僕はジーニーの無い生活に順応できるだろうか、とさえ、思ってしまう。このたった一日か二日、それにおぼれてしまっただけで。


 ふと横を見ると、セレーナが少し仏頂面で、でも僕が見ていることに気がつくと、再び笑顔に戻ってうなずいた。


 彼女が何を考えているのかよく分からなくなった。


***


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