第一章 偽りを求めて(5)
ドルフィン号は、どんな武器も届かない宇宙空間にあった。
上昇中にセレーナと僕は手早く回収され、すでに船上の人であった。
僕は服のほこりを払い、セレーナはシャワーを浴びに行った。
一人になって考えて、僕は、この救出がジーニー・ルカの仕事だと分かった。
「ありがとう、ジーニー・ルカ。助かったよ」
彼がただの知能機械と分かっていても、僕はお礼を言うのを止められなかった。
「どういたしまして。セレーナ王女より緊急信号を受信したので、すぐに駆けつけました」
「しかし、一体何をやったんだい?」
「状況から、セレーナ王女とジュンイチ様が投射武器で脅しを受けていることが分かりました。よって、武器の射線をふさぐための障害物を投下することが効果的であると判断し、駐機場の手近にあった燃料タンクを反重力空間に巻き込んで持って行き、危険人物とあなた方の間に落としたのです」
「それはまったく君の思いつきで?」
僕は彼の行動にまったく驚くしかなかった。ジーニーは、確かに直感で動く。しかし、それは、命令されたいくつかの選択肢、とるべきいくつかの選択肢がある場合の話だ。まったく選択肢の無いところから新しい行動を生み出すジーニー。自ら直感選択のポテンシャルを変形させる力を持つと以前に告白したジーニーは、さらに恐るべき情報の巨人に成長しつつあった。
「はい、私の思いつきです。ご不快でしたら申し訳ありません」
彼がもし人間なら、この声はもっと謙虚な色をたたえていただろう。僕の耳にはもはやその声色が聞こえ始めていた。
「とんでもない、君の機転で助かった。改めて、ありがとう」
「どういたしまして」
考えてみれば、お礼を言われて、どういたしまして、と答える知能機械というのもおかしなものだ。単にプログラムされているから? それとも彼の『心』がそうさせているのか?
「なんの話をしているの?」
ちょうどセレーナがシャワーから戻ってきて言った。
「いや、ジーニー・ルカにお礼を言っていたところ」
ルカの異常性を説明するのは骨が折れそうだから省略した。
「あ、そう、ジーニー・ルカ、私もお礼を言っておくわ。ありがとう」
「どういたしまして」
プログラムか心か判別の出来ない、判で押したような返答だけが残った。
「それから、ジュンイチ、あなたにもお礼を言わなければね。ありがとう。あなたが時間を稼いでくれたおかげ」
彼女に言われ、その素直な言葉とシャワーを浴びて上気した顔が組み合わさるとちょっとかわいくて、どきっとする。きっと僕の顔は赤くなっている。
「あ、うん、いや、君にはいつも面倒を見てもらってるし」
「面倒をかけられることにはなれてるけどね」
くすりと笑い、彼女は操縦席に近づいてきた。
「今回のことだって、君がとっさにジーニー・ルカを呼んでくれなきゃ」
「私はパニックになってただけ。それを緊急信号として読み取ってくれたのはジーニー・ルカよ」
「そうなんだ。君はいつも冷静なんだと思ってた」
「冷静でありたいとは思うけど」
セレーナは操縦席に腰を下ろし、乾いたばかりの髪が顔にかかるのを払う。
「いや、君は冷静だよ。たとえばさ、アンドリューさんとの話のとき、僕が危うく究極兵器の秘密を漏らしそうになって、君がとっさにかばってくれただろ」
「ああ、あのことね、ふふっ、いまさら何よ?」
彼女は乾いた髪をわしゃわしゃっとひっかいて、それから手ぐしを通し、ブレインインターフェースの外部アンテナに当たる白い大きな花のリボンを髪に結ぼうとしている。きれいな髪なんだからそんなに乱暴に扱わないほうが、なんてことは僕が言うことじゃないな。
「どうにも僕は、あんなとき、うまく嘘がつけないんだ、パニックになって。僕は嘘をつくことに関しては、ジーニーどころか女の子一人さえだませやしないんだ」
僕が言うと、セレーナはくすっと笑った。
「女の子一人って、私のことかしら?」
「い、いや、一般論だよ」
僕があわてて否定しても、セレーナのニヤニヤは収まっていない。
「嘘をつけない方が、きっと当たり前のことよ。簡単に嘘をつけちゃう私のほうがおかしいの」
笑っているけど、ちょっと寂しそうな顔に見えるのは、僕の勝手な思い込みのせいだろうか。
「嘘をつくのは私の仕事。真実を語るのはあなたの仕事。それでいいじゃない」
嘘をつくのを仕事だなんて言うセレーナ。
本当にそれでいいのかい?
嘘なんてつかないで済むほうがいいに決まってるんだ。
ふと、いつか、セレーナには、嘘をつかない人生を取り戻してほしい、と思う。
嘘をつき続けなくちゃならない彼女に、僕が何を付け加えられるだろう?
この事件が終わったら、また彼女は遠くに行って、僕にできることなんて何もなくなる。
そんなことは分かってるのに。
僕は何を不相応なことを考えてるんだろう。
「……ごめん」
なんだか僕は、謝っていた。
その言葉に、セレーナの笑顔がなんだか曇った。
「ごめんなんて……言わないで。あなたは私に何も悪いことなんてしてない」
「あっ……、その、ご、ごめん」
僕は言ってから、またその言葉を口にしていたことに気がついた。
「……すぐに謝るジュンイチは、嫌い」
彼女はそういってぷいっと顔を背け、席を立つと操縦室の外へと消えていってしまった。




