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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
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第一章 偽りを求めて(4)

「とっさに偽名を使うんだね」


 研究室を出てから玄関までの廊下で、僕はセレーナに言った。


「嘘をつきなれているってのも考えものね」


 セレーナは飄々と答える。


 きっと、王女という身分にあっては、つきたくも無い嘘をつかなきゃならないこともあるんだろうな、ということを、その一言から僕は理解した。

 一人の少女に過ぎない彼女がそんな十字架を背負っていることを――哀れ、に思う。もちろんそんなことを面と向かって言えば、強烈なローキックが飛んでくることは間違いが無いんだけれど、だからこそ、黙って彼女を助けたい、彼女の味方でいてあげたい、なんていう身に余る考えが僕の中で湧き起こる。


「じゃあ、リュシーに向かうってことでいいと思うんだけど、ジュンイチ……」


 と、引っかかるような言い方を彼女はした。


「何か問題でも?」


 僕は思わず訊き返す。


「あなた、学校は? なんだか勢いで連れ出しちゃったから忘れてたけど。あなたは学生なんだから、まずその本分を果たすべきよ」


「あ、うん、そうだと思うけど……でも、これは君の身の上に関わる大切な問題だと思うから……」


「相変わらず馬鹿なことを言うのね。あなたにとって大切なのは、どこぞの王族の小娘の言うことよりもあなた自身の生活じゃなくて?」


 彼女は皮肉っぽい笑みを浮かべながら僕に言った。

 そうか、ずいぶん前になるけれど、彼女のことを小娘呼ばわりして大恥をかかせたことがあったな、なんて思い出す。


「僕は楽しいから手伝う。それじゃだめかな」


「楽しい?」


「そうだね、僕にとってはどこぞの王族が相手だろうとそうじゃなかろうと宇宙を旅して歴史を研究することはレクリエーションに過ぎないんだよ」


 ちょっとした賭けだったけど。

 一瞬黙ったセレーナは、ぷっ、と吹き出し、それから大笑いした。

 僕も釣られてちょっと笑ってしまう。


 一分近くも笑っていただろうか。


「ふー、おかしい。あなたも言うようになったわね。その調子よ」


 セレーナにこんな風に認められるのが、なんだか僕は一番うれしくて楽しく感じるようになっていた。


 そんな話をしているうちに、僕らは、文化研究所の広い玄関に差し掛かっていた。


 ここから通りまではほんの二十メートルといったところ。ただ、その前庭は深い植え込みがあちこちにあってあまり見通しもよくないし、お世辞にも手入れされたきれいな庭とは思えなかった。どこかの文化ではこれがもっとも美しい庭の形なのかもしれないけれど。


 玄関を潜り抜け、数歩を進んだところで、僕の背後に人間が密着する感覚があった。

 人目に付つきにくい場所になったからって、まさかセレーナがそんな、いやいや、そんな流れは特に無かったけど。

 と思って恐る恐る振り返ると、そこには僕より二十センチメートルは背の高い黒服の男がいて、セレーナはその向こうで顔を真っ青にしているのだった。


***


 男は低い声で、文化研究所の建物の隙間の小さな路地に入っていくよう命じた。

 僕はその言うことを聞くしかなかった。


 なぜなら、彼が僕に密着して僕の腰に押し付けていたのは、熱針銃。


 命中すれば跡形も残さず蒸発するだけの威力を持つ。

 絶対に外さない距離でその武器を突きつけられてしまえば、どんな言うことも聞くしかない。


 混乱する頭の中で、なぜこんなことに、という問いかけだけが何十回も繰り返される。


 セレーナは、僕の前を歩かされている。

 右手が痙攣している。右腰に携えた護身用の神経銃をとろうとしているのだと思う。

 しかし、その痙攣は、何度もそれを手に取ろうとしてはためらいあきらめ、もう一度試し、ということを繰り返していることを物語っている。


 僕の後ろの男も、彼女のそんな動きをとっくに見つけているだろう。何も言わないのは、彼女にそれが出来ないと分かりきっているからだ。


 ここでいい、と男が低く言ったのは、ちょうど建物の奥行きの半分も進んだ場所だった。向こう側には、裏玄関の正面の通りがかすかに見える。しかし、おそらく全力で走っても二十秒はかかるだろうし、二十秒もの間、男の熱針銃の照準をそらし続ける方法は存在しない。


 男は僕を突き飛ばし、僕はよろめいてセレーナにぶつかった。セレーナもよろめくが、態勢を立て直してこちらに振り向く。

 真っ青な顔は何を思っているだろう。

 多分、自分が殺される恐怖よりも、僕を巻き込んだことを悔いているんだと思う。彼女はそんな考え方をする人だ。


 僕も振り向いたところで、二つの瞳と一つの銃口に視線を交えることになった。


「あなたは一体……何者なんです」


 主導権を握られちゃいけない。

 とっさにそう思って、僕は先に口を開いた。


「究極兵器の秘密を話したまえ。そう言えば分かるかね」


 男は低い声で言った。


 この時点で可能性は二つ。


 ひとつは、僕に究極兵器の秘密を隠されて困っているエミリア王国。


 もうひとつは、地球の小僧に究極兵器で一艦隊を潰されてはらわたの煮えくり返っているロックウェル連合国。


 どう考えても後者だ。


「国務統括本部長の命令かい」


 だから僕は、はったりをかけた。そこまでの確信は無い。だけど、こっちが相手の思っている以上に事態を把握していると思わせ、動揺を誘いたかった。


「……そうだ」


 彼はあっさり認めた。だけど、僕の意に反して動揺は見えない。


「どうしてここが分かった?」


「簡単なことだ。星間通信は俺たちが自由に傍受できる」


 今度は相手の自尊心をくすぐる作戦を取ったが、それでも彼は動じない。


「命令に、地球新連合国市民の殺害は入っているのかな」


「……入っていない。素直にエディンバラまでご同行いただきたい」


 お願い口調ではあるものの、彼の銃口は一ミリも揺らがない。


 セレーナは僕の背後にいる。セレーナにも、エミリア王女としての権利の主張をしてほしい、と思ったが、混乱している彼女にそれを求めるのは酷だろう。

 足元を見る。セレーナの靴が、僕の左後ろに見える。


 僕は、体を一歩左に寄せる。


「……エミリア王女の殺害も含まれていないはずだ。それとも僕ら二人、地球市民とエミリア王族をまとめて蒸発させてみるかい?」


 男は、わずかにたじろいだ。


 さあ、考えろ。きっと道はある。

 このまま後ろを向いて駆け出しても、もしかすると彼は撃たないかも知れない。


 だけど撃たれたとき、僕かセレーナかあるいは両方はこの世から消える。


 僕はかまわない、なんてかっこいいことを言うつもりはない。こんなところで死にたくない。

 もちろん、セレーナが消えてしまうなんて考えたくも無い。


 足元が、じりっ、と音を立てる。僕の足が立てたその音に、男が敏感に反応する。


 たとえば、こんなのはどうだろう。僕がうまくセレーナの動きを隠し、その陰でセレーナは神経銃を準備する。うまく僕の体越しに照準を合わせ引き金をひく。神経銃の放つ刺激波は僕の体を透過して相手の神経の急所に焦点を結び、相手は昏倒する。撃てば相手を消してしまう武器を持つあいつは、その結果の重大さのためにすぐには動けないだろう。たった二人の子供相手に熱針銃なんていう場違いな武器を選んだのがやつのミスだ。これをどうやってセレーナに伝えるか――。


 そのとき、突然全身に衝撃を感じた。

 同時に、耳をつんざくような音。

 体が後ろに吹き飛ぶ。


 あ、撃たれた。


 最初はそう思った。


 しかし、すぐに自分の体がただ地面に倒れているだけでまったく無事なことを確認し、次いで、セレーナも同じように無事なことを確認する。


 僕らと男の間に、大きな鉄の塊が落ちていた。半径一メートル半、高さ三メートルもある、円筒形の塊。


 それが何かを確認するより早く、僕はセレーナの手を握って走り出した。

 セレーナはすぐに僕の手を振り払って自分で走り始めた。


 目測どおり、二十秒で僕らの体は研究所の建物の角にたどり着いていた。抜けるときちらりと見ると、さっきの塊を男が乗り越えてこちらに向かってこようとしているところだった。


 とにかく人目のある通りまで。

 僕の目線だけの合図でセレーナも理解したようで、通りに向けて全力で走る。


 通りに出ても安全じゃない。僕の進路を導くようにセレーナが右に曲がる。合わせて僕も曲がる。


 出来るだけ遠くへ。

 そう思っていると、ふと左側に影と圧力を感じた。


「ジュンイチ! 乗って!」


 声に誘われて見ると、左を走っていたはずのセレーナは空を飛んでいた。

 その背後には、白い船体。


 ドルフィン号がタラップを降ろしてセレーナをすくい上げていた。僕もタラップの端に両手をかける。ドルフィン号の反重力の泡に巻き込まれて体が浮く。


 さらによじ登りかけたとき、ドルフィン号は大きな唸りを上げて高空に向けて突進した。


 はるか下方、通りの真ん中で呆然と立ち尽くす黒服の男が見えた。


***



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