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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第二部 魔法と魔人と重力爆弾
29/176

第一章 偽りを求めて(1)

★第二部まえがき★


 全六部構成の「魔法と魔人と王女様」、その第二部全七章です。

 第二部のテーマは『母』。


 では、どうぞ。


★★

魔法と魔人と王女様2 魔法と魔人と重力爆弾


■第一章 偽りを求めて


 僕は、金髪美少女に大声で呼ばれた男として放課後残っていた生徒たちに大変な注目を浴びながら、それでも、彼女の下に走り寄っていた。


 彼女の前にたどり着いて、まずは弾んだ息を整えようと膝に手をついて大きく息を吐きだし、状況を思い出す。


 この場所は、僕の通う高校の校庭のど真ん中。

 目の前には、浅葱色のシャツに深緑のジャケットを羽織り黒い細身のパンツにこげ茶に金の装飾のついたベルトといういでたちの金髪美少女。


 さらにその向こうに、真っ白の船体にオレンジで『ドルフィン号』としたためられた全長三十メートルにもなる、白いイルカのような宇宙船。


 背後には、校舎と、その窓から僕らと白いイルカを眺めるたくさんの目。


 恥ずかしさのあまり、僕は、目の前にいる美少女、エミリア王国国王第一息女セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下に対する再会の挨拶も忘れて、彼女の手を取り、白イルカから伸びたタラップを駆け上っていた。


「ジーニー・ルカ! タラップを閉めて、二万メートル上昇!」


 僕はセレーナの手をしっかりと握りしめたまま命じた。


「かしこまりました」


 直後、懐かしい落下感とともに、僕の名づけた宇宙船ドルフィン号はあっという間に成層圏の下層にまで飛び上がっていた。

 その最中、体が浮いて飛んでしまいそうなのを、左手でシートの背もたれハンドルを、右手でセレーナを、それぞれしっかりと握ってつなぎとめる。セレーナも両手で僕の右手を両手で捕まえ、握りしめる。

 やがて、重力が戻ってくる。


 僕が、ふう、と一息ついたときに、もう一つの、より重要な問題に気が付いた。

 つまり、短気な王女殿下、セレーナ姫が、鬼のような形相で僕を睨んでいるということだ。


「あ、久しぶり……」


「久しぶりじゃないわよ! この私に挨拶もせずこんな無礼な真似をして、ただで済むと思ってるの!」


「いや、ただで済むとは思ってないけど……ごめん」


「すぐに謝るな!」


 どっちだよ。


「じゃ、じゃあ、セレーナ王女殿下にはご機嫌麗しく……」


「麗しくない!」


 そして握っていた僕の右手を振り払ってぷいっと後ろを向いてしまった。


「ジーニー・ルカ! あなたもこんな平民の命令をほいほいと聞くんじゃないの!」


 空中に向かって、正確には、この船に搭載されている幾何ニューロン式知能機械=ジーニー・ルカに向かって、大声で怒鳴りつけた。


「お言葉ですがセレーナ王女、ジュンイチ様のご相談、ご命令があればいつでも従うようにとの事前のご命令がございましたので」


「屁理屈を言わない!」


 セレーナはこりゃ随分ご機嫌斜めだぞ、まいったな、と思いながら、しかし、こんな時はどうすればいいか、僕にはある程度分かっているのだ。


「ジーニー・ルカにそんな命令を出していたんだ、さすが先見の明というべきだね」


 とりあえず、何かほめておけば良い、ということ。

 これが意地っ張りの王女様の唯一の弱点なのだ。


「馬鹿ね。誰が好き好んであなたにジーニーの特権を渡すもんですか」


「でも僕はとりあえず助かった。だから、恩返しをしようと思う、またしばらくは君の騎士として」


「誰が騎士ですって? これは、先の事件の重要参考人に対する高貴なるエミリア貴族からの命令です」


 言いながら振り向いたセレーナの表情は、怒りよりも気品を優先したようだ。

 とりあえずは、彼女の自尊心を多少は刺激したようで、僕の言葉は大きな間違いではなかったようだ。

 その命令を、どうして地球の新連合国市民が聞かなければならないのか、という理屈はともかく。


「それで、どんな厄介ごとに?」


 とりあえず僕はなつかしの操縦席助手席に体を下ろしながらセレーナに訊いた。会えてうれしいよとかなんとか、感動の再会を演出する言葉はいくらでも浮かんだけれど、どうにもこそばゆくてそんな言葉を口に出す気になれなくて。


 セレーナも同じように隣の操縦席に座り、


「分かってると思うけど、ロッソ摂政」


「……あのあと?」


「そうよ」


 セレーナは鼻息を荒くして腕を組む。


「一応ね、あなたがロックウェルの艦隊を『究極兵器』で撃退したのは分かってるから、ほどほどに信じる気にはなってるのよ、私の言い分も。それでも、あのカノン基地で放り出してきたのが気に食わないらしくて」


「面倒なおじさんだなあ」


「そ。ともかく会わせろの一点張り。究極兵器のことはいいでしょ、って言うんだけど、それ以外にもいろいろ確かめたいから、って」


「今度は何を?」


 僕が言うと、セレーナはため息をつく。


「前に言ったでしょう? 私とあなたが男女の仲なんじゃないかって疑われてるってこと。どうやら、ロッソにとっては、そっちが本題みたいなのよ」


「ええっ」


 僕は思わずのけぞる。

 いや、どう考えても、この王女様と、このさえない平民、間違いなんて起こりようもなさそうなもんだけど。


「パパはパパで、それならそれでいいんだがね、なんてこと言うのよ。二人してほんと、面倒なおじさんなのよ」


 セレーナが僕の口調を真似するものだから、僕は思わず苦笑してしまった。


「なんだ、じゃあ僕は、君に連れられて結婚のご挨拶をしに行けばいいのかい?」


 言うが早いか、セレーナの平手が僕の頭頂部を狙撃した。


「馬鹿なこと言わないの。そりゃロッソのあてがう相手なんてごめんだけど、あなたなんてもっとごめんよ」


 そりゃ残念。僕は頭をさすりながら、軽く肩をすくめて見せる。


「だから、あなたが本物だってことを、きちんと説明してあげなくちゃならないのよ。つまり――」


「究極兵器の使い方を説明してあげる、そういうことだね」


 それが何物なのか、については、あえて触れない。

 その究極兵器自身がこの会話を聞いているから。


 彼が究極兵器が彼自身であると気づいたとき、おそらく、その効用は一気に消えうせる。究極兵器、すなわちジーニーは、ジーニー独自のネットワークであらゆる知識を共有する。ジーニー自身が究極兵器として使われることを認識してしまえば、それは相手のジーニーにとっても共有知識であり、数と性能が互角であれば完全な手詰まり状態となる。それはもはや究極兵器でもなんでもない。人間だけがそれを知り、その異常な情報攻撃力をジーニー自身に悟られないよう発揮させなければならない。


 しかし、一度はそれをやった僕でさえ、もう一度同じことをやれと言われても出来る気がしない。あれはあらゆる条件が偶然にそろった結果なんだ。


「いいえ、そうじゃないわ。もっと話は単純。究極兵器とは何なのか、それをあなただけが知っていることを説明してあげる必要があるの」


 セレーナの言葉は意外だった。当然、この情報はセレーナが持ち帰り、エミリア王国の最重要課題として国を挙げて検討に入っているだろうと思っていたからだ。


「どうして君はそれをまだ彼らに教えていないんだい? スパイを恐れて? それでもロッソに耳打ちするくらいなら」


「そんなんじゃないわ。あの時ジュンイチは、ジーニー・ルカにさえ耳をふさがせて私に告白したわ、究極兵器の正体を。私はそれがどんな意味だか分かってる。ジーニー・ルカにさえ教えたくないって言うあなたの意思。つまり、あれは、あなたと私、二人っきりの秘密。もちろん、どうしてあなたがその唯一の秘密の共有相手に私を選んだのかってことはまだ……分からなくて……不安にもなるけれど、私はその秘密を絶対に守ろうと決めたから……」


 僕が、そのことをジーニー自身に伝えたくないと思ったことを、彼女は盛大に誤解してしまったようだった。彼女の中では、この真実は僕が発見し、なおかつその事実を秘する特権を持ち、それを知ることを唯一許したのがセレーナだと、そう結論しているのだった。


 誤解を解くことも考えたが、そのためには、改めて、ジーニーがそれを知ることの危険性を説かなければならない。ジーニー・ルカの耳をふさいで。


 だけど、その必要があるだろうか。


 正直に言うと、彼女の誤解は、なんだかとてもうれしくなる誤解だった。

 彼女が、僕との秘密をこんなにかたくなに守ってくれているなんて。いじらしいじゃないか。エミリア王女殿下の、そんな少女らしい一面を僕だけが知っている。


 たとえようの無い優越感。思わずくすりと笑っていた。


「な、なによ、何かおかしなこと言ったかしら?」


「いや、君がたかが外国の平民のためにそんなに思いつめていたなんて思わなくて、つい」


 僕が言うと、彼女はまた顔を真っ赤にして、


「たかが外国の平民とだって、王族は、一度交わした約束を絶対に破らないの! それが王族の誇りなのよ!」


「ごめんごめん、君の言うとおりだ」


 僕が言うと、彼女は、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「しかし、だったらどうしようもないよ。事実をおおっぴらに話せない僕なりの理由もあるし……そうだな、ま、拷問でもされたらあっさり吐いちゃうだろうけど」


「拷問だなんてさせません」


 落ち着きを取り戻したセレーナが毅然と言う。


「君はそう言っても、エミリア貴族は法に優越する権利をいつでも行使できる、少なくとも彼らはそう信じてる、そうだろう?」


「そ、それはそうだけど……」


 そう言って彼女はまたうつむいてしまった。


「……素直にしゃべってしまってもいいんだけれど」


「でもあなたの考えも分かるの。あのことはとても危険な知識。なにせ、言葉一つで艦隊一つを滅ぼしたんだもの。星間外交のバランスさえ崩すわ。知る人が少ないほどいい。なんであなたが私にしゃべったのかさえ不思議なくらい」


 そんな深いところまで考えていたわけじゃないんだけど。


「――なんとか、ごまかす方法を考えられればいいのだけれど」


「また前みたいにほとぼりが冷めるまで逃げ回ってもいいかもね」


 僕が言うと、


「どうせ考えは無いんでしょう」


 とセレーナが返す。

 僕に考えが無いほうが安心だなんて前は結構ひどいことを言ったものだが、今回もそんなつもりだろうか。

 けれど僕はそのとき、もう一つの案を思いついていた。


「逃げる、と言うより、少し時間を稼いでさ、偽の究極兵器をでっちあげちゃう、ってのはどう?」


「偽の?」


「そう。どうせ、歴史は何も語らない。証拠も何も無い。あの真実は、ただ僕の頭から出たことなんだ。だったら、別のアイデアをひねり出して彼らに信じさせることが出来れば良いだろ」


 僕の言葉に、セレーナは少し考えるそぶり。

 また長い面倒な旅が待っているのかと不安なのかもしれない。だから、


「そんなに時間をかけるつもりも無い。学校だってあるし。前のような大冒険は、さすがにもうごめんだ。いくつか、証拠を集めて、わざと間違えた『それっぽい』回答を用意してあげればいい。それが、簡単には実現不可能、あの状況でだけ使える手段であること、って条件もつくね。そうしたら、なぜ君が僕を保護していたかの理由もつく。それ以上の問題は起こらない。すべてはそこで終わり」


 と、僕は付け足した。


「そんなに上手くいくかしら」


「やってみなくちゃ分からない」


「……ま、ともかく、考えて見ましょう。じゃぁ、早速出発よ、まずどこに向かう?」


「ちょ、ちょっと待ってよ、さすがに荷物くらい取りに行かせて。前回は一枚のズボンをずっと履く羽目になっちゃったからさ」


「仕方ないわね、じゃ、ジーニー・ルカ、ジュンイチの家へ。ホバリングして適当に屋根の上にでもタラップ下ろしてあげて」


 屋根って、ええー。


***


★第二部まえがき続き★


 第一部で一応の表面的完結を見た二人の物語は、再び流れ始めます。


 それも、徐々に意外な方向に。


 少しずつ、エミリア王国という国が抱える問題に目を向けてくれると、その後の展開も楽しめると思います。


★★

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