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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第六章 魔人(3)


 救命信号を出しながらエミリア艦隊に近づいた僕らの船は、無事に救出された。

 たどり着いてみると、幸運にも、エミリア艦隊にも被害は無かったようだった。まだ緒戦のうちにすべてが終わったからだろう。


 戦勝パーティをするから降りて来いという言葉をセレーナは快諾した。僕はちょっと躊躇する。そういう場は、苦手だ。


 だが、セレーナは僕を、こう叱りつけたのだ。


「商売だろうが研究だろうが出世だろうが、社会のすべてはコネなのよ。こんなところでコネクションを得る貴重なチャンスをふいにするつもり? 相手が誰だろうが、チャンスがあるなら懐に飛び込むのよ。そんなこともできない意気地なしなのかしら?」


 ここまで言われちゃ、一緒に行くしかなかった。

 船を下りて戦艦の司令室に入ったセレーナを、満場の拍手が迎えた。


「王女殿下、ご無事で何よりです」


 先ほど通信パネルの向こうに見たラファエーレが、セレーナに近づき、右手を取って深々と最敬礼をした。


「不思議なことに彼らは突然武装解除をいたしました。侵略のたくらみは潰えたのです」


 にこにこと笑いながら彼が言うと、


「ええ、存じていますわ。それをやったのは、この、オオサキ・ジュンイチ様です」


 セレーナが言った瞬間に、すべての視線が一斉に僕に集まった。


「いや、その、究極兵器を見つけたのは確かにぼ」


 言いかけたときに、左足のふくらはぎに強烈な痛み。セレーナのブーツの先がめり込んでいた。


「……えーとですね、僕もその、お手伝いはさせていただきましたが、セレーナ王女殿下の硬軟織り交ぜた根強い説得の賜物でございまして」


 ラファエーレは笑いながら何度かうなずき、


「今のは聞かなかったことにしましょう。エミリアに野心を持ったロックウェル連合国の大艦隊を引き込んで無力化し、虜にした、この戦功を見れば、究極兵器などという戯言が出るのもごもっとも」


 そして、いつの間にか、司令室には酒の入ったボトルが用意されている。


「戦勝を祝って、乾杯をするところなのです、お二方も」


 そして司令官の手ずから僕に赤茶色の液体の入ったボトルを僕に渡す。


「いや、その、未成年なので……」


 もちろん新連合では月次摂取量を守れば未成年でも飲めるんだけれど、やっぱり体に悪いと聞くし。

 そう思って、僕はかぶりを振った。


「はっは、そうか、君は真面目だな。ソフトドリンクを!」


 そうして僕の手には、おそらくアップルジュースと思われる色の液体が運ばれてきた。

 セレーナは、当たり前のように最初に手渡されたボトルを手に掲げている。あれも社交界のルールってやつなのかな。


「セレーナ王女殿下とオオサキ・ジュンイチ様、そして我らの勝利に!」


 司令官の掛け声でボトルを掲げ、それぞれに戦勝祝いのときの声を上げる兵士たち。


 乾杯が終わると同時に、セレーナは一番高い提督席に祭り上げられて、それを囲む輪ができている。

 僕の周りにもその輪からあぶれたたくさんの兵士たちが集まってきて、僕が何をしたのかを口々に質問してくる。


 そんな質問をあいまいな返事であしらいながら聞いたところでは、結局、彼らは一発もアタック・カノンを撃たなかったらしい。セレーナの乗る艦に命中させてしまうことを恐れて。

 ひたすら、ロックウェル艦隊によるプローブの索敵を受けては緊急回避し、隙あらばレーザーでプローブを焼く、そんな戦いを続けていたのだ。わずかなミスの一回もあれば、何艦かはアタック・カノンの必殺の一撃を受けていただろう。


 そんな戦いを強いられそれでも絶望せずに戦い続けた彼らを素直に讃えたいと思った。


 そんな話が途切れた時、もう一度セレーナを見た。


 セレーナは無事にエミリアに帰ってきた。しかも、きっと、国の危機を救った英雄として迎えられると思う。彼女に着せられたさまざまな罪は、きっと帳消しになる。


 僕が、セレーナとともに旅をする理由は、これですべて無くなった。

 別れが近いな、と思うと、急に寂しくなる。彼女と過ごした日々は短いけれど、僕の人生でもっとも濃い何日間かだったな、と思う。


 セレーナを囲む輪がようやく途切れ、セレーナが僕の方にふわりと近寄ってきた。


 僕は微笑みかけて、彼女のボトルに僕のボトルをぶつける。


「これで全部、終わりかな」


 僕が言うと、


「いいえ、まだよ。あなたは本当に馬鹿ね。私はこれから帰って、摂政閣下と対決しなきゃならないのよ」


 言われて、僕はそれをうっかり忘れていたことを思い出した。


「そっか、そうだよな。それを解決しないと、君はエミリアに帰ることはできないんだった」


 セレーナは、うなずいた。


「もちろん、僕も行くよ、いいだろう?」


「……いらない、と言っても来るんでしょう。勝手になさい」


 セレーナは言葉とは裏腹に優しく微笑んだ。


 司令室の端、オペレータ席が並んでいるところに、二人で腰掛ける。

 肩を叩きあいふざけてじゃれあう大人たちを、二人で眺める。


 ちょっと自嘲的に、僕らは子供だ、なんて思っていたけど、大人たちだって、みんな子供なんだな。ただ、少したくさんの責任を押し付けられているだけで。気持ちはいつだって子供に戻りたいんだ。


「そういえば、君に訊いておこうと思ってたことがあるんだ」


 ほんのちょっとだけ、気になっていたこと。


「君は、ロックウェル艦隊の司令室で最後の対決をするとき、結局僕を悪者に仕立てるっていう手を使わなかった。その理由は、なんとなく分かるよ、いつものように、僕をかばおうとした、そうだろう?」


 僕はもう、彼女がどんな考え方をするのか、すっかり知っているつもり。


「さあてね。必要ならその手も使うつもりだったけど」


「いや、君は最初からそんなつもりは無かった。絶対にね」


 僕が断言すると、彼女は目を伏せて、なんだか軽く笑ったような気がした。


「さてそこで気になってるんだ。だったらどうして、あの時君は、あらゆる手を尽くして僕を司令室に呼び込んだんだ」


 僕が言うと、うつむいていた彼女の耳が見る見る真っ赤になった。なんだなんだ、また何か、彼女の逆鱗のあたりをなでてしまったのか。


「わ、私一人で心細かったからよ! そんなこと分かりなさいよ! やっぱり、ジュンイチは馬鹿!」


 と僕を怒鳴りつけ、席を飛び出してあっという間に僕の視界から消えていった。


***


 お祭り騒ぎは夜通し続き、疲れた僕らは途中でセレーナの船に戻った。賓客室を用意すると言われたが、結局、セレーナの船が一番落ち着くのだ。

 眠って起きると、標準時の十二時になっていた。疲れていたんだと思う。セレーナは起きていたが、それでもついさっき起きたばかり、という風情だった。


 この後のことを、二人で簡単に相談し、すぐにエミリアに向かおう、と決めた。


 僕らが、もう旅立ちます、とラファエーレに伝えると、彼はとても残念そうな顔をした。彼にとって、王女殿下をエスコートすることは無上の名誉だったに違いない。それをむげに奪ってしまった罪悪感が無いでもなかったが、それでも、これ以上迷惑はかけられないから、と、彼の前を辞した。

 たくさんの補給物資と王女宛の花束(こんなものこの艦のどこにおいてあるんだろう)、そして、どう見てもラブレターにしか見えない兵士たちからの感謝の手紙の分厚い束を最後にもらい、僕らはセレーナのイルカ型宇宙船に乗って、虚空に飛び出した。


 花束はせっかくなので船の壁に掛けて飾った。手紙の束は、そのうち見るわ、と言いながらセレーナが操縦席脇のボードの中にしまいこんだ。きっと見ないな、あれは。


 船はマジック船特有の自在な推進であっという間に星間カノン基地へ。


 ベルナデッダから連絡は飛んでいるだろうから、そろそろセレーナのIDが回復されてもおかしくないよな、と思って確認してみたが、まだIDは復活していなかった。手続きに時間がかかるのかな、なんて二人で話したものだ。


 そんな話をしているうちにジャンプは終わり、船はエミリア上空にたたずんでいた。ここからはもう、大気圏に突入して王宮に降りるまで、ほんの数時間の旅だ。


 一旦エミリアのカノン基地に身を寄せ燃料を補給する。

 あとは地上に向けて飛び立つだけ、というそのとき、通信が着信した。


「……ロッソよ」


 あの時と同じ言葉を、ちょっと苦笑いしながら、セレーナが口にした。

 僕はうなずく。セレーナが接続ボタンを押す。

 きっと、戦勝のねぎらいでも発するつもりなんだろう。


『セレーナ王女殿下、摂政ロッソでございます。殿下がオオサキ・ジュンイチ様のIDをご利用と知り、こちら宛に連絡差し上げております』


 確かに、まだ操縦者スロットには僕のIDがささっている。


「摂政様、セレーナでございます。長らくご心配をおかけいたしました」


 セレーナが返すと、


『ご心配どころではございませぬ。このロッソの忠告を破って罪人を連れ出すばかりか、このエミリアに危機を招くとは不届き千万でございますぞ』


 あれ、少し話が違う? めんどくさいことを言い出したぞ、このおっさん。


「そのことにつきましては、ただ謝すよりほかにございません。しかし、このジュンイチ様は、どうしても陛下に直の拝謁を賜らねばならぬ重要な情報を持っていたゆえ、一度は敵国はもとより我が国の諸侯の目をも欺かねばなりませんでした」


『それは国王陛下の代弁者であるこのロッソにも内密でなければならぬのですか?』


 ロッソの口調は、厳しい諮問の形をとっている。


「なにぶんにも、これは国内外の軍事バランスにも影響する話でございましたゆえ」


『であればなおさら、このロッソが真っ先に知っておかねばなりませぬ』


 ぴしゃっと言い放つロッソ。これは手ごわい。

 いっそロックウェルと一緒に攻め込んで潰しておけばよかった。


「お聞かせしましょう、ただし、それは、この王女の役割でございます」


『なりませぬ。それほどの秘密を知るならなおさら、その平民からロッソが直接聞かねばなりませぬ。もちろん、その平民をエミリアから出すわけには参りませぬ』


 彼は至極自然に、この僕の拘束宣言をした。


「そうおっしゃると思っておりました。ですから、手は打ってございます」


 そしてセレーナは、通信を一方的に切ると、僕の方へ振り向いた。


「ジュンイチ、じゃ、ここでお別れ」


「え?」


 僕は思わず問い返す。


「摂政様の手が回る前に、民間船に紛れ込んで行っちゃって。ほら、IDは返すから」


 セレーナは無造作に操縦席のIDを抜き取って、僕に放り渡した。


「それじゃ君が帰れない――あ、そうか」


 もはやエミリアの地表は目の前。IDが必要な星間ジャンプは必要ない。後は、ジーニー・ルカに命じるだけで、彼女は地表に帰れるのだ。

 そして、彼女が、ここ、エミリア上空の星間カノン基地でぐずぐずしていた理由も分かった。こうしてロッソが僕を拘束する意思を見せたら、即座に僕をカノン基地から民間船で逃がそうと思っていたのだ。


 また、やられた。

 彼女はまた、一人で決断して一人で背負い込んでしまった。

 ――セレーナらしいけど。


「……僕はもうしばらくくらい、摂政閣下の相手をしてもいいんだけど」


「しばらくじゃすまないわ。……どっちにしろ、まずは私が一人で説明しなきゃ」


「じゃ……君が心配だ、ってのは、だめ?」


「あなたに心配されるほど間抜けじゃないわ」


「でもその……今度の旅ではいろいろあったし」


「だから私がやらなくちゃだめなの。あなたにはもう頼らない」


 何を言っても言い返されてしまう。彼女の決意は、固い。


「……僕を頼りにしてくれてたんだ、うれしいな」


 だから僕は、軽口で返した。

 セレーナがちょっとふくれっつらになったのを見て、僕は、ぷっ、と笑った。


「……からかったのね。許さない」


 でも彼女も、その表情を苦笑いから笑顔に徐々に変えた。


 きっと彼女はうまくやる。

 ここで僕が残るなんてわがままを言うべきじゃない。


 別れの覚悟を済ますと、急に肩の力が抜けた。


「この船、ちゃんと船籍戻すんだよ」


「当然よ」


「気になっていたんだけど、この船、名前はあるの?」


「特に。私はこれがジーニー・ルカだと思ってるから」


「そうか、だったら、僕に名前をつけさせてもらえないかな」


「船に?」


「うん。僕は、この船を見るたびに、心の中で、イルカみたいだな、って思ってたんだ。だから、ドルフィン号、ってどうだろう」


「ドルフィンって、地球の海にいる大きな魚よね」


 そうして、記憶の中のそれを思い起こしているようだった。魚じゃないんだけど、という突込みが真っ先に思いついたけれど、そこは指摘しないことにする。


「ま、悪くないわね。非公式にドルフィン号って呼ぶことにするわ」


「ありがとう」


 僕がお礼を言うと、彼女がうなずいた。


「あ、もうひとつ」


 セレーナが、何かを思い出したように続ける。


「……歴史学者だっけ? やめておきなさい。あなた、数学とか情報学の素質があるわ。そっちに進むのが無難よ」


「……僕の夢は僕が決めるよ」


「もったいない、って言ってるの。あなたの数学の素質は人並みはずれて……ま、いいわ」


 言いながら、途中で勝手に何かを納得して彼女は肩をすくめた。

 一分ほども黙っていたかと思ったころに、セレーナが口を開く。


「……もう、行ったほうがいいわ」


「……うん」


「……元気で」


 珍しくしおらしいセレーナ。

 だけど、これだけ楽しくて苦しくて悲しくて嬉しい時間を共に過ごした彼女と、もう会えないかと思うと、僕だって寂しいと思う。


「君も元気で。僕は、楽しかったよ」


「当たり前よ。この私がエスコートしたんだから」


 こんな時に彼女のふくれっ面は、素直に褒め言葉を受け取れない照れ隠しなんだ、ってことに、僕はようやく理解が追いつき始めている。


「また呼ぶわ、きっと」


「分かった、その時は頼むよ」


 『その時』はきっと来ない。

 いや、『その時』は、来ないほうがいいんだと思う。

 何もかも終えて、特別な思い出もいつか日常の中に溶け込み、すべてが元通りになるのが、一番いいんだ。


 ふと思い出したように、セレーナは操縦席脇のポケットを探って何かを取り出し、ふわりと近づいてきた。

 彼女が持っていたのは、腕にはめられる程度のベルトのついた、片手に収まるくらいの黒くて小さなもの。


「これ、ジーニー・ルカの音声インターフェース。地球からでもつながるから」


 僕はそれを受け取る。


「これで、いつでも君と話せる、ってこと?」


「……馬鹿ね。ジーニー・ルカとだけよ。困ったら、ジーニー・ルカに相談なさい。あ、時々充電するのよ」


「……ありがとう」


 これも照れ隠しなのかもしれない。

 ジーニー・ルカと話せるってことは、ジーニー・ルカとブレインインターフェースでつながったセレーナともいつでも話せるってことだ。

 そうじゃなくても、彼女が僕を気にかけてくれていて、なんだかうれしい。


「じゃ、そろそろ」


 僕は席を立った。


「うん、それじゃね」


 操縦室の扉が開く。

 僕はそれを潜り抜け、そして、扉が自動で閉まる前に振り返った。そのときちらりと見えたセレーナの顔は、ちょっと影が差しているせいか、どんな表情だったか分からなかった。


 星間カノン基地のプラットフォームに降り立つ。それを待っていたかのように、『ドルフィン号』は、さっと空中に去っていった。


 言い忘れていたさようならを、小さくつぶやいた。



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