第六章 魔人(1)
■第六章 魔人
僕らは、監房ともいうべきあの部屋に放り込まれた。僕に関して言えば文字通り放り込まれ、反対側の壁にぶつかりさえした。
セレーナはもう少し丁寧に連れ込まれ、ハンモックベンチに優しくつなぎ止められた。
しかしその後に扉から響いてきた錠をかける金属音は決して優しいものではなかった。
僕はセレーナのもとに近寄った。
彼女は震えていた。
「違う……違う……こんなはずじゃなかった……」
膝を抱え込んで、手は関節が真っ白になるほど握りしめて、彼女はこんなことを繰り返しつぶやくばかりだった。
こんなとき、どうすればいいんだろう。怯え震える女の子を前にして、男だったらどうする?
優しく肩を抱きしめることか?
違う。
男だったら、勝てないと分かっていても、あがくんだ。
あがけ。
顔を挙げ、ぐるりと視線を回す。
この部屋にあるものは。
僕とセレーナの私物くらいだ。
セレーナはいつも腰に着けている護身具を持っていない。もしかすると私物ロッカーにあるかもしれない。神経銃だったはずだ。虚を突けば司令室に踊り込んでひと暴れし、戦況を引っ掻き回す隙くらいは作れるかもしれない。
彼女のロッカーを開ける。
大きなバッグ。
引きずり出して、壁の鉤に掛ける。
ジッパーを開ける。きれいにたたんだ衣服の上に小物が詰めてある。小物の集まりをかき回してみるが、武器らしきものはない。
空中に散らばるにまかせて荷物を乱暴に両手でひっかき出す。
下着らしき最後の一片までをかき出したが、銃はなかった。
僕は空っぽのバッグを前に呆然としながらも、次の手を考えた。
振り返ると、セレーナはまだ震えながら泣いている。部屋に散乱する彼女の私物。壁に当たって跳ね返ってきたものが、ふわふわと僕の目の前に漂ってきた。
白い花を模した大きなリボン。彼女が、ジーニー・ルカとつながるブレインインターフェース。
ジーニー。
そのとき、僕の頭の中に、生まれて初めて感じるひらめきが駆けめぐった。
目の前のリボンを右手で掴むと、左足で壁を蹴った。
「セレーナ……セレーナ!」
呼びかけた。しかし彼女はうつむいて震えるばかりだ。
「セレーナ! 君の力が必要だ! 僕の話を聞いてくれ!」
彼女のそばに体をおさめる。彼女はうつろな目で顔を上げた。と思うと、突如歯を食いしばる表情を見せ、
「やめて! もうたくさん! これ以上私に希望を持たせないで!」
彼女は叫んだ。
「私のせいでどれだけの人たちに迷惑をかけてきたか……これからどれだけの人たちが死んでいくか……もういやなの! もう私は自分の意思で動かない! 動きたくない! これからは何が起こっても私のせいじゃないの!」
こんなセレーナは初めてだった。いつも自信にあふれ、すべての決は自らの責で成す、と、気高く宣言してきた彼女が。
その原因の大半は僕にある。いつも、僕が深慮もなく思いつきで言い出したことを、彼女が自分の責任として背負いこんできた。ここまで彼女を追い込んだのは僕だ。
だからこそ、この最後の思いつきだけは、僕の責任で実行する。それには、彼女の協力が必要なのだ。
「聞いてくれ。ジーニー・ルカと話したい。君は通訳だけしてくれればいい。君の考えや決断を求めることは決してしない。約束する」
セレーナは涙に濡れた瞳で再び僕の目を覗き込んだ。
しばらくそうしていたが、やがて彼女はこくんと、小さくうなずいた。
インターフェースリボンを手渡す。受け取った彼女は、いつものように、頭頂から左に少し寄った位置に小さな髪束を作り、それを着けた。
「さて。ジーニー・ルカ! 聞こえてるかい!」
僕が呼びかけると、ややあって、セレーナがうなずいた。
「まず質問だ。君は、状況やわずかなヒントから事実性の確認ができる……そうだね?」
セレーナが、ジーニー・ルカの代わりに、小さくうなずく。
「よし、じゃあ、あとで僕が言うことの事実性確認を頼む。じゃあ次だ。君は、この艦隊のジーニーたちに接続して、その『事実』を教え込むことはできるかい?」
セレーナは、いいえ、と答えた。予想通りだ。戦闘態勢の戦艦のジーニーが、外部からの接続を容易に受け入れるとは思えない。
でも、僕には自信があった。
あの時、戦闘態勢にあったジーニーと会話ができたじゃないか。
そう、惑星オウミ上空の艦隊駐屯地。僕らを狙って執拗に攻撃する防空システムを制御していたジーニーは確かに戦闘態勢にあった。けれど、ジーニー・ルカの呼びかけに応じて、戦闘をやめてくれた。ジーニー同士のつながりに、本来は国境や敵味方の区別は無い。
「ジーニー・ルカ、まずは、この艦隊のジーニーに接続して欲しい。方法は任せる、とにかく、どんな不正をしてもいいから」
同時にそれを聞いていたセレーナは驚きの表情を浮かべたが、すぐに、別の驚きの表情を浮かべた。
「……接続に、成功したみたい……どうして?」
僕はセレーナの疑問の声を無視した。
「よし。じゃあ最後に。僕がこれから事実性確認をオーダーする。その結果を、艦隊のジーニーたちに信じさせ、艦隊行動に影響を及ぼすことは?」
「できるわけが無いわ」
セレーナが再び苦情をさしはさんだ。
「それは、ジーニーというのものがそんな風にできてるからだろう? けれど、ジーニーたちは、もはや僕らでさえ理解できない方法でお互いに事実を交換し合ってる……オウミ基地でのあのときのように。どうだろう、ジーニー・ルカ」
姿勢制御のためのロケット噴射の音が遠くで聞こえ艦が揺れる。
「言うとおりにする、そうよ」
セレーナの口からジーニー・ルカの回答があった。
「ジーニー・ルカ。じゃあ僕が見つけた事実を話そう」
それから、僕は一息ついた。
戦闘をやめてくれ、と頼むことはできない。
けれど、僕は、彼らが戦闘をやめるという判断をするに違いない事実を話すことができる。
僕の中には、確信がある。間違いない、と思う。だけど、緊張でその声が震えてしまわないか。震える声をヒントに嘘つきと判断されてはしまわないか。
そんな疑心暗鬼の心が一番の敵だ。
間違いない。これは間違いの無いことだ。
僕は真実にたどり着いたんだ。
そう、ずっと求めてきた真実に。
あれが……『彼』が、必ずある、と請け合った、あの真実に。
自分に強い暗示をかける。
もう一度、大きく息を吸い込んで、吐き出した。
知らずのうちに握り締めていた両手に気づき、緊張を解く。急に気分が楽になる。
さあ、口を開け。
「ジーニー・ルカ。僕は、『究極兵器』が何だったのかを、知った。それを――エミリア王国が持っている」
「馬鹿なこと言わないで! そんなことあるわけが無いでしょう!」
真っ先に反応したのは、セレーナだった。けれど、僕はセレーナの抗議を再び無視した。
「ジーニー・ルカ、今の僕の言葉の事実性は?」
また艦が揺れる。彼の答えを待つ時間がもどかしい。
目を瞑っていたセレーナが、ゆっくりとまぶたを上げた。
「あなたの言葉は、――ほぼ、事実」
「五割」
「――もっと」
「八割?」
「――もっとよ」
「九十五パーセント」
「――嘘。もっと上」
「九十九パーセント」
セレーナは、無言でうなずいた。
僕は自分を信じさせたそのひらめきを、ジーニー・ルカが完全に支持したことに少し狼狽した。
けれども、そう、これはきっと真実なのだ。
「ジーニー・ルカ。今君が知った『新しい事実』をジーニーネットワークに入力するんだ」
「とっくに済んでいるわ」
セレーナがジーニー・ルカの代わりに答えた。
***




