第五章 真実（６）
エミリア艦隊と繋がった正面パネルの通信領域は、数秒真っ黒だったかと思うと、次にモザイクのようなノイズが表示され、最後に、人の顔となった。
白髪交じりの面長でごつごつとした顔つきの人物。太い眉の下に光る緑の瞳の光は鋭くこちらを威圧している。襟元を飾る階級章の贅沢さが、彼の威厳をさらに高めている。
『こちらはエミリア王国ベルナデッダ空域防衛司令官、ラファエーレ・パスクウィーニ中将である。貴艦隊の所属を明らかにせよ』
画面の中の人物はそうしゃべった。
「こちらはロックウェル連合国連合艦隊、Ｅ艦隊司令官、サイラス・マクノートンである」
とサイラス提督は告げた。おそらくそのときには、彼の隣に座るセレーナの姿も、相手に伝わっていただろう。
『貴艦隊は国境を侵している。速やかに武装解除し、全艦の指揮権をお引き渡しいただきたい。武装解除が確認できれば、わが国のカノンで無事に送り返そう』
「我が艦隊は、エミリア王国の国王ご息女、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下の指揮下にあり、エミリア王国で専横を行う諸侯による追放からの帰還が目的である。首都星エミリアへの道を空けていただきたい」
ラファエーレの警告に対し、サイラスの宣言。
「こちらにいらっしゃるお方のお顔を、ご存知ないか。あなた方が我が艦隊に攻撃をするのなら、こちらにおわす王女殿下をも害するという意味になるが」
サイラスがセレーナを手のひらで指し示しながら言うと、明らかにラファエーレの顔に動揺が走る。おそらく、向こうでは同じようにたくさんの士官がこの映像を見ていて、同じように落ち着きを失っているだろう、と思う。
『王女殿下とお話できるか』
搾り出すようにラファエーレが言うと、サイラスは、よろしい、と短く言ってセレーナに目配せした。
さっきの謀議通りなら、ここで彼女が僕を悪者に祭り上げてロックウェル軍の動揺を誘うはずだ。
僕が立ち上がろうとしたが、セレーナはちらりと僕を見て、小さく首を横に振った。まだ早いのか。
『王女殿下、これは、殿下の御意ですか』
ラファエーレの質問に、セレーナは答えなかった。
彼女はその質問を完全に無視して、口を開いた。
「ラファエーレ・パスクウィーニ中将。命令です」
セレーナはそう言ってから、少し間を空けた。言うべき言葉を選んでいるような、そんな顔つきだった。
そしてすぐにその瞳に、決意の火が灯った。
青い瞳が、真っ赤に燃えているように感じられた。
「命令です。エミリア王国の国境に侵入した賊軍を排除なさい」
言い放った。
驚きの目でセレーナを見たのは、サイラスだった。
「殿下、話が違いますぞ、あなたも砲火を受けることになりますぞ」
焦りを見せるサイラスに、セレーナは何も答えない。
僕を悪者にするというアイデアもどこかに行ったままだ。しかし、その必要は無かったのかもしれない。なぜなら、彼女はエミリア王国の王族の一人なのだ。
彼女は、命令一つで自らの命さえ臣下に奪わせる至高の権力を持つ王族なのだ。
『セレーナ王女殿下、そのご命令は聞けません。王女殿下を害することは我々にはできません』
しばらく沈黙していたラファエーレが低い声で言った。
「認めません。法が問題なら王族として法に優越する権利の行使を宣言いたします。国王第一息女を侵略者と認め、排除を開始なさい」
これこそが王を頂とするエミリア王国の真の強さなのだ。
『……分かりました。セレーナ王女殿下、お元気で』
ラファエーレは生気のない顔で言うと、一方的に通信回線を切断したようだった。
通信スクリーンは、通信開始前と同じ、真っ黒い闇を映している。
「一番プローブ沈黙しました。防空レーザーにより破壊されたと思われます」
オペレーターの一人が淡々と報告する。
サイラスは、どうするか。できれば引き返してほしい。
まともにぶつかれば、ロックウェル軍に勝ち目なんて無いんだ。
いまやセレーナ支持という大義名分も失った。戦う意味なんて無い。
「戦闘行動第七フェーズへ移行。即座にアタック・カノン斉射」
彼の言葉は、僕とセレーナの予想を大いに裏切った。
大義を失った提督は、無敵のエミリア艦隊を前に悩み苦しむはずだったのだ。
勝てるはずのない戦に部下の命を捧げる覚悟なんて無いはずだったのだ。
――なのに彼は、淡々と恐るべき決断を口にした。
まもなく、艦に、小さな衝撃と竜の咆哮のような音が満ちる。
その瞬間、はるか彼方、エミリア艦隊のいるであろう空域に、死を意味する弾丸が超光速で飛翔し、着弾していただろう。
しかし、戦果を映し出すパネルには何一つ映らなかった。
「な……何をしているの、やめなさい！」
セレーナが大声で叫ぶ。
「殿下……殿下の御意にのっとれば、これは戦争なのです」
「戦争ではありません！ この艦隊がエミリア王統派の支持のために行動していると言うのなら、今すぐ行動をやめなさい！」
「いいえ、この戦闘行為は殿下が命じたのです」
彼の顔に、怒りとも口惜しさをもとれる表情が浮かんでいるのが見えた。額には青筋が浮かんで見える。
そうか。
彼は、本当に、セレーナを援けてエミリア貴族の横暴を討つ、と信じていたのだ。
信じていたセレーナに裏切られた、怒りや、失望は、いかほどのものだっただろう。
僕が彼女に裏切られたと感じたあのときをはるかにしのいでいるはずだ。
怒りに任せた行動に出ても仕方が無い。失望に駆られた自棄に出ても責められまい。
僕は――セレーナは、その提督が感情を持った人間だということを、忘れていた。
「……戦果と反撃は！」
提督の確認の声に応えて、
「全弾外れました。反撃、ありません。敵艦隊からの新たな索敵ありません」
オペレーターの一人が報告した。
「回避運動開始しながら第二射用意！ プローブ二番から七番まで全力索敵！」
「やめなさい！ 命令よ！ やめて！」
最後は悲鳴に近かった。
「衛生班！ セレーナ王女殿下は錯乱していらっしゃる、お部屋へお連れしろ！」
セレーナの叫びを無視し、サイラスは憤りをこめた声で命じた。
すぐに扉の向こうから制服の軍人たちが現れ、セレーナの両脇を押さえる。気がつくと僕の両脇にも。
人を人とも思わぬ僕らの横暴に対する、その処罰は当然なのだ。
僕は抵抗せず、彼らの言うがままに席を立ち、引きずるように連れて行かれるセレーナの後に続いた。
