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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第五章 真実(5)


 セレーナがどんな手を使ったのかは分からなかったが、ベルナデッダ星系に到達する最後のジャンプの直後に、僕は司令室に呼ばれることになった。

 艦隊の提督、サイラス・マクノートンが僕を迎えた。彼は厳しい顔つきをまったく崩さず、司令室の片隅にあるブリーフィングデスクそばの椅子に座るように指示した。


 彼がいくつかの仕事をこなしてから僕のもとに来たのは、十五分ほどたってからだった。セレーナも一緒だ。


「オオサキ・ジュンイチだね。話は聞いている。姫様に振り回されて大変な役回りだったようだ。もうしばらくは我慢してもらいたいが、不便はあるかね」


 サイラスが先に口を開いた。

 この言いっぷりだと、彼の中では僕は完全にセレーナの操り人形としてひどい目にあった被害者だと確定しているようだ。


「なにも。食事も睡眠も十分です」


「何より。乗員でさえ遠征の時には眠れないものが多いのだから、たいしたものだ」


 普通なら笑顔を見せるような言葉を吐きながらも、彼のいかつい顔は一片のゆがみも見せない。軍人だからか、生まれつきか。


「僕の理解が正しければ、この軍隊は、エミリア王国に向かっていて、必要であれば交戦しようとしていますね」


 僕は彼に訊いてみた。彼がどのように理解していてどのように答えるのかを確かめたかった。


「その通り。エミリア王国の諸侯は、恐れ多くもセレーナ王女殿下を追放とした。我々は、殿下を無事にエミリア王国にお送り差し上げ、殿下追放計画の頭目を誅することを作戦目標としている。そして、大変申し訳ないが、戦後には、君の証言も必要になる、王女殿下の行動の正当性を全宇宙に示すためにね。後で説明するつもりだったが、説明が遅くなってすまなかったね」


 なるほど、セレーナの言ったとおりに進行している。

 そして、たぶん、サイラスは言葉通りに、事態を信じ込んでいる。彼自身も、コンラッドらロックウェル上層部の陰謀の被害者の一人ということだ。


「開戦は、いつごろですか」


 僕が訊くと、


「今距離を保って艦隊の集結を待っている、あと六時間というところだろう。安心したまえ、万一戦闘となってもこの旗艦はもっとも損率の低い位置に陣取るから。君の心配はもっともだがね」


 セレーナが、僕をここに呼ぶのにどんな説明をしたのかは分からなかったが、おそらく、戦争に巻き込まれた一般人の被害者としての正当な権利だとかなんとか、そんなところなのだろう、と、その言葉から推測された。


「僕は、ここで、事態の推移を見守る必要があります。僕自身に危険が及ばないためにも。第三者、地球新連合国の市民として要求します」


 だから、僕はこうやって、ことさらに僕の権利を強調した。


「決してそこから動かないのならよろしい。他に質問は? ――よろしい、では面会は以上だ」


 彼は席のベルトを外して提督席に戻っていった。セレーナも少し遅れてそれに続いたが、立ち去る直前に、僕の方に視線を向け、軽くうなずくようなしぐさを見せたのに気がついた。僕の立ち回りは、どうやら合格点のようだった。


 彼らが去ってから、僕は改めて司令室内を見回した。みんな同じ方向の壁=床にすえられた椅子に座っている。宇宙でもどちらか一方向を床にしたいという欲求は、個人の小型船も宇宙戦艦も同じようだ。


 前面には、縦横が数メートルになる巨大な表示パネル。おそらく提督席からも詳細が読めるように、だろう。オペレーターはざっと三十人に近く、それぞれが小さなコンソールを前にしている。


 時々、いろいろな報告が上がる。第二戦隊四番艦到着しました、とか、予定位置まで三十万キロメートルです、とか。

 ビデオドラマとかで見る宇宙戦争よりも、ずいぶんと淡々としている。なんだか、のんびりとしているよう。


 僕の夢の中で出てくる宇宙戦艦では、しんとした艦内に艦長の声が響き渡り、緊迫した戦闘が行われたものだけれど、実際の艦内は、ずっとざわざわとした人の声を主成分とする騒音で満たされている。のんびりしたイメージは、そんな雑談にしか聞こえないノイズのせいなのかもしれない。


 その雑談にしか聞こえないクルー同士の会話の内容に耳を傾けてみる。


 究極兵器なんてものを日々妄想していたわけだから、ある程度は会話の内容が分かる。たとえば『プローブ』と呼ばれる小さな子機。相手との通信や索敵のときに、電波の出所を探られないように離れた場所に打ち出しておくものだ。戦闘準備には必須のこのプローブが次々と打ち出されて所定の位置についていく様が報告から聞き取れる。最終的に二十個のプローブそれぞれに対して、レーザーリンクが確立しました、という報告が終わってその準備は終わったようだ。


 エミリア艦隊との邂逅予定時間が近づくにつれて、徐々に緊張は高まっていく。

 艦載ジーニーの声も増えてくる。状況分析から、敵艦位置を時々刻々と推測したり、陣形の修正の提案があったり。提督はそれを受けて矢継ぎ早に命令を下す。


 ここでもジーニーなのだった。


 見えない相手に対する直感的な状況分析という分野では、ジーニーの推測力は人間の勘をはるかに上回るのだ。


 言われてみれば、この旅で、僕は、ずっとジーニーに囲まれていた。ジーニー・ルカは頼れる相棒だが、この艦のジーニーは敵だ。エミリア王国軍の艦にもジーニーが載っている、それは敵だろうか味方だろうか。

 僕の感覚は麻痺しつつあるけれど、地球でこれほどたくさんのジーニーに囲まれたことなど一度も無かった。僕でなくとも、そんな経験のある地球人は皆無だろう。ジーニーに関してだけは、地球は宇宙に比べてひどく遅れているのだ。


 こんなときなのに、僕は少しおかしなことを考えている。歴史問題だ。地球は常に宇宙と同じレベルの科学技術を持っていて、だからこそ、宇宙国家が一方的に地球を攻撃することなんて無いと思われている。


 けれど、このジーニーに関しての、この決定的な差はどうだ。

 同じように、宇宙こそが先鞭をつけ地球が何十年も出遅れた、そんな技術が、他にどれくらいあるだろうか。


 きっと一つや二つではあるまい。


 何百年前の出来事の中で、十年二十年は誤差かもしれないけれど、仮にある技術に関して、十年の差があったら、それは決定的な戦力差になるじゃないか。そんな様々な積み重ねが、地球敗北の布石だったのではないか。単一の究極兵器なんてものは実は存在していなくて、たくさんの技術の積み重ねが地球を屈服させる究極の一撃を生んだのではないだろうか。


 そんなことを考えていると、司令室のあちこちについていたグリーンのランプが、突然赤色に変わった。提督が戦闘態勢を命じたのだ。


 その赤色ランプの効果は絶大で、司令室内に感じたことも無いほどの緊張がみなぎった。


「戦闘行動フェーズ六へ移行。索敵開始。通信回線の接続試行開始。一番プローブのみ使用」


 サイラスが低い声で命じると、何人ものオペレーターがあわただしく何かを操作し始めた。

 目の前のパネルの表示が、まさにレーダーモニターのそれに変化し、刻々と変わっていく。大きな円形のフィールドの中で、小さな点が見えたり消えたり。あちこちでそれが起こるが、この艦隊の正面を意味する、真上の位置に見える点のほうがやや多い気がする。しかしその姿はぐらぐらと揺れて落ち着かない。


 宇宙戦艦による戦闘は、先に相手の位置を見つけたほうが勝ちだ。もし最初から寸分たがわぬ場所が分かれば、その瞬間に『アタック・カノン』で相手を撃沈できる。

 それは、星間航行技術を応用した宇宙戦艦を宇宙戦艦たらしめている必殺兵器。超光速で放たれた弾丸を避けるすべは無い。


 だから、位置がばれないようにすることが戦闘行為そのもので、戦艦のつるりとした外観が強力なステルス機能を持っていることも当然のことだった。


 モニターでは、なおも、敵艦位置を表すマークがゆらゆらとゆれている。なかなか確定しない敵艦位置は、相手戦艦のステルスが十分に効いていることを表しているのだ。


「敵からの索敵ビームを検知。発射場所表示します」


 オペレータの一人がそう言って、パネル上に一つの点をはっきりと表示させた。ゆらゆらと動いている敵艦隊予測位置から、ほんのわずかにずれた場所だ。つまりこれが、エミリア王国軍のプローブのうちのひとつの位置なのだろう。


「発射位置に通信ビーム固定、通信回線開きます」


 オペレータがそう言うと、正面パネルの一部に黒い四角が現れる。

 それはおそらくこれから行われる通信のための映像表示領域なのであった。


***



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