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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第五章 真実(3)


 部屋に戻った僕は一人で考えている。


 冷静に考えよう。

 今、二つの可能性がある。


 一つ目は、これまでセレーナが言ってきたことはすべて真実で、僕とセレーナの動機は、間違いなく僕の知る動機だという可能性。


 もう一つは、コンラッドの言った、すべてセレーナがあらかじめ仕組んだ陰謀で、僕は彼女にうまくだまされおだてられ叱咤され、彼女をここまで運ぶ役を演じてしまったという可能性。


 僕の知る限りの彼女は、政治や国家に対して大局的な視点と深い造詣こそあるものの、とても純粋でか弱い女の子。だからこそ僕は彼女を守ろうと思ったんだ。


 コンラッドの言う彼女は、狡猾で深慮に長け、僕を完全にだました人心操作の達人。

 僕が今持つ彼女の印象さえ、彼女の演技の結果かもしれない。


 コンラッドの説明を彼女は強い口調で咎めた。コンラッドのしゃべるその陰謀が全くのでたらめだったからか。僕に本当の計画を知られるのを恐れたからか。これもどちらとも受け取れるから、困る。


 今までの行動を思い返してみる。


 彼女は、僕を投獄し、そして僕を助けた。僕の馬鹿げた逃亡の提案にすんなりと乗った。

 アンビリアでヒントを見つけた後、いつの間にかロックウェルの奥へ奥へと僕は導かれていた。


 そこに、セレーナが何らかの役割をはたしていなかっただろうか。


 記憶にないくらい些細なきっかけを彼女が提供していた可能性は否定しきれない。

 最後に、僕の暴走が原因とはいえ、エディンバラに着いた僕をそのまま病院経由で遠ざけようとさえした。


 それは、一人で統括本部長に会うため?

 とすると、やっぱり彼女は。

 ……。


 結局、それでもいい、と思う。僕は、仮にだまされたのだとしても、彼女を信じ、彼女を守る、と決めたのだから。その気持ちを今さらぐらつかせるつもりはない。


 きっとこのあと、彼女が僕の部屋を訪ねてきて、本当のところを話してくれるだろう、と思った。


 そう思っていたのだが、結局、彼女はその晩、僕のところに来ることはなかった。


 その来訪を待ち続けた僕は、ベッドに入ることも忘れ、気が付くと翌朝の目覚めをソファの上で迎えることになっていた。


***


 それから二日間、僕は迎賓館の客室に軟禁された。いや、軟禁と表現するのが一番僕の状況を良く表していると思う。

 世話係の担当官は、やんわりと、部屋から出た場合は少々面倒なことになるだろう、と釘を刺してきた。

 そんな担当官と、ベッドメイクのメイドさんと、食事を運んでくる給仕のほかに、僕の部屋に訪問者はなかった。そう、セレーナさえも。


 こんなに窮屈な思いが続くと、あの船内で僕に逃げるよう促した彼女は、こんな面倒から僕を遠ざけようとしてくれていただけかもしれない、という確信が強くなってくる。


 何も起こらずに丸二日が経過した。

 三日目の昼ごろ、滞在場所を変えるという一方的な通知とともに僕は連れ出され、車に乗せられた。そして、到着した宇宙港で一機の小型宇宙船に押し込められた。


 この宇宙船もやはりマジック船で、聞きなれたマジック推進機関の唸りを上げ、宇宙に飛び出していった。

 僕の入れられた船室には、窓もなく、外の様子が分かる表示パネルもなく、誰にも状況を聞くこともできず、船室内が無重力になったことだけで船が宇宙に飛び出したことを知った。

 しばらく小刻みな加速を感じたが、やがて、何かが船の外壁に当たったような大きな音が響いてきて、その後は急に静かになってしまった。


 ずいぶん待たされた後、係員が部屋から出るように僕に告げ、僕は彼の言うままに狭い通路を進んだ。途中で大きなハッチのような場所をくぐると、あちこちにパイプがむき出しになっている殺風景な場所に出た。

 大きな船の格納庫のようだ。小型マジック船ごと貨物船にでも積み込まれたのかもしれない。

 見ると、格納庫の一画には、セレーナの宇宙船もある。


 セレーナの陰謀。

 その船とともに向かう先は、……大体想像がつく。

 なぜ僕がここに、という疑問も起こるけれど、彼女なりに何かの考えがあるのかもしれない。


 そんなことを考えながら係官に従い格納庫を出て長い通路を進んだ。一つのごつごつした扉の前で係官は止まり、その扉を開けて、ここに入って待つように、とだけ言って僕を放り込んで去って行った。

 その部屋は、粗末なハンモックベッドが四つ、ロッカーが八つ、壁にハンモックベンチが四つ、壁は全面灰色。

 エミリアの宮殿牢よりもよほど牢屋らしい。


 僕の扱いはついに軟禁から囚人に移行したのだな、と観念した。実際、係員が去って行ったあとに扉を開けようとしても、内側から扉が開くことはなかった。

 陰謀の裏表を知ってしまった僕は、すべてのことが終わるまで自由を奪われるんだろうな、とぼんやりと考える。

 僕に何度も退室を勧めたコンラッドの優しさを身にしみて感じる。


 二時間後、粗末な宇宙食パックの夕食を終えてすぐに、部屋に新たな訪問者があった。

 扉を開けて顔をのぞかせたその顔を見て、僕は懐かしさのあまりに涙を流しそうになった。


 訪問者は、セレーナだった。


***


「なんだ、もう来てたのね」


 セレーナは僕の顔を見るなり言った。


「……無事でよかった」


 僕がそう返すと、セレーナは軽くうなずいた。


「あなたには悪いことをしたと思ってる。もうしばらくは不便が続くと思うけど、こらえてね」


 セレーナは、少しうつむき加減に僕から視線を外して、そう言った。


「それは……君が、僕をだましていた、ってこと?」


 僕はたまらずに訊き返す。よく見ると、セレーナは、いつもの白い花のリボンとホルスターを身に付けていない。

 彼女が何も答えなかったので僕は続けた。


「それが答えにくかったら答えなくてもいい。だけど、僕は、もしそうだったとしても君を恨んだりなんてしない。今でも僕は、一人の人間の誇りにかけて君を守る、っていう決意を変えていない。君の味方だ」


「そういう偽善ぶった言い方はやめて。あなたは何も知らずに巻き込まれた。それだけでいいの。私を助けるだとか私の味方だとか、今後一切言わないで」


 彼女は僕をにらみつけて荒々しく言い捨てる。

 そんな冷たい言い方はないだろう、と思った。僕だっていろいろ考えて、それでも出した結論なんだ。

 けれど僕は何も言い返せなかった。


 しばらく二人の間に沈黙が流れた。

 それからようやくセレーナが口を開く。


「そっか、あなたは何も聞かされていないのね。ここは、ロックウェル連合艦隊に所属する宇宙戦艦の艦内。すべてのことが終わるまで、事実を知っちゃったあなたは艦隊で監禁されることになっている、ってわけ」


 貨物船ではなく戦艦だったのか。言われてもあまり驚かなかった。

 背後で動いている巨大な陰謀。ロックウェルがエミリアに軍を出そうとしていることはコンラッドの言葉で十分に予測できることだった。強大な武力での諸侯の打倒――。


 そして最も危険な人物、つまり秘密を知った外部の人間である僕は、最も近くで最後まで監視される対象、ということ。


「あとで私の荷物もこっちに運び込まれるけど、いじるんじゃないわよ」


「君の荷物? 君もここで寝泊まりするのかい?」


「そ。じゃ、しばらくここでおとなしくしてて」


 そう言ってセレーナはあっさりと出て行った。部屋の外で待機していた兵士ががちゃりと錠をかける音が室内に反響する。


 結局僕は彼女に聞きたかったことが何一つ聞けていないことに気が付いた。

 彼女の出て行った扉をしばらくぼうっと眺める。


 どうして何も説明してくれないのだろう。

 セレーナが何を考えてこんな行動をとっていたのか。

 僕ら二人の間で、そのことはまだ確かな事実になっていない。


 そりゃ、僕なりにいろいろ考えたけれど、その結果いろいろな可能性は浮かんだけれど、セレーナは、真実を僕に話すべきなんじゃないだろうか。

 それとも、僕なんかはこれ以上知るべきではない、彼女はそう言いたいのだろうか。

 宇宙的な大国を巻き込んだ陰謀に、僕みたいなちっぽけな子供はこれ以上かかわるな、と。


 そもそも、異国の軍隊を率いて祖国に攻め入るなんて、王国を誇り愛する彼女がそんなことをしたいと、心から思っているだろうか。彼女の背後にいる誰かに強要されているだけだとしたら?


 僕の頭の中でめまぐるしくいろんな考えが行き来し、考えがまとまらない。

 セレーナの言ったとおり、僕はとんでもない馬鹿なのかもしれない。不意に、自嘲的な笑いが漏れる。


 賢い人ならこんなときどうするんだろう。

 歴史上の偉い人たちは、こんなときどんな決断をしただろう。


 歴史は、そんな偉い人たちの心の葛藤を語ってくれない。


 そんな歴史に何の意味がある。


 悶々と考え、あるいは考えられずに空白でいる時間は瞬く間に過ぎていき、いつの間にか、セレーナの荷物が届いてロッカーに入れられていることに気づき、消灯の知らせを聞いたかどうか分からないうちに部屋の明かりが小さくされ、しようが無いのでベッドにもぐりこんで体を固定して、でもなぜかこの部屋で寝泊りすると言ったセレーナは一向に帰ってくること無く、最後にはいつの間にか僕は眠りについていた。


***


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