第五章 真実(2)
エディンバラに到着した。
客室の表示パネルに現在地地図を表示する。行政区分線は、この星が(他のロックウェル連合国所属惑星と同じく)いくつもの州に分かれていることを示していたが、客船はその区分のどこにも属さない小さな空白地帯に降りようとしていた。
それは、連合特別区と名づけられ、いずれの共和国の統治にも属さない特別な区域だった。
宇宙港では僕らの乗る客船と同じような大型マジック船があちらこちらで昇降し、小型のものはもっと多く、通常動力船の滑空着陸は空中に行列が見えるほどの盛況だった。
その一角に客船は降り立ち、僕らは出口に案内された。
下船タラップは直接大きな公用車に接続されていて、もちろんここで逃げるなんてことはできなさそうだ。ちらりと後部のコンテナドアのほうを見ると、セレーナの船も一般の駐機場に移送されているところだった。
車の向かった先は、国務統括本部と呼ばれる庁舎。
ロックウェル連合国の統一された外交機能をつかさどる部門であり、すべての傘下共和国の外交部は国務統括本部の指揮権の下にある。
国務統括本部には、ラーヴァにあった迎賓館を数段豪勢にした大迎賓館が併設されていた。上から見るとたくさんのとげの生えた多角形で、それぞれのとげの位置にある玄関が互いにプライバシーを守られるような配置になっている。僕らの乗る車もそのとげの一つに吸い込まれた。
玄関で十数人の事務官に迎えられ、豪華な客室に通された。
この迎賓館では大臣の中の大臣というべき存在である国務統括本部長との面会が予定されているとのことだったが、今日は本部長は不在だったため、面会は明日以降となるらしい。
夕方早くから、ラーヴァでのもてなしもかすむほどの晩餐会が催された。
結局、今日一日をエディンバラで過ごした結果分かったことは、セレーナ王女殿下が連合国を挙げて歓迎されているという事実だけだった。
***
翌日、僕らは公文書館に案内された。
僕らの本来の、そして、もしかすると建前上の、目的は、もちろん歴史的な研究なのだから、これは当然だった。
陰謀のことをあれこれと思い悩んでもしょうがないわけで、ここは真面目に調査することに集中しよう。
僕らはある程度上等の権限を借り受け、過去の軍事情勢を調べることができた。
当時のアンビリア周辺の軍事情勢としては、ありていに言えば完全な空白地帯に近かった。だからこそ、ロックウェル連合国の艦隊が容易に訪れることを許していたのかもしれない。実のところ、ここで借り受けた特権で、ロックウェルの艦隊が合同訓練という名目で何度かアンビリアを訪れていることさえ知ることができた。けれども、僕らはアンビリアが宇宙艦隊を持っていないことを知っている。合同訓練とは名ばかりの示威行為としか思えない行動だった。
しかし、それだけ艦隊が動いていたことを知ることができても、結局、それらのいずれかが地球まで到達したか、地球との間で戦闘があったか、といった情報は、ついに見つけることができなかった。もちろん、難読化したクエリでこっそりと調べた兵器に関する情報は、究極兵器の存在を示していなかった。
やがて、国務統括本部長のスケジュールが十六時に確保できたとの連絡を受け、面会を行うことになった。
相手はロックウェル連合国国務統括本部長、コンラッド・マルムステン。年齢五十七。
大臣の中の大臣と聞けばたいそうな古狸を想像してしまったが、実際には六十にもならないと言う。その若さでその地位にあることが彼の優秀さを示していると言えそうだ。
たった三人が面会するにはあまりに広く天井の高い応接室に先に通され、僕とセレーナは彼が来るのを待った。
十五分ほど、待つことになった。扉を押して入ってきたのは、白髪が多く痩せて背の高い男だった。それが、コンラッド本部長だ。
僕らが立って彼の入るのを迎えると、彼は笑顔で、ようこそ王女殿下、と歓迎の言葉を述べ、深々とお辞儀をしてセレーナの右手をとった。
僕は逆に、彼にお辞儀し、晩餐会やその他もろもろの歓迎のお礼を堅苦しく並べたが、それに対しても、彼は笑顔で、遠くからのお客様をもてなすのは当然のことです、と応じた。
総じて、優しげで人のよさそうな人物に見えた。
彼の勧めで僕らが座り、彼もソファにかけると、改めて彼が切り出した。
「王女殿下、面会時間も限られております。単刀直入に申しあげましょう。ここからは、こちらのジュンイチさんにはご遠慮いただきたい」
声色にとげはないが、断固とした意思を感じた。
しかし、意志の強さではセレーナだって負けない。
「コンラッド閣下、こちらはあらゆる問題を共有するパートナーでもあります。どうぞ、同席をお許しください」
彼女の言葉に、コンラッドも実は最初から折れるつもりだったのかもしれないと思うほどに、
「良い、お友達なのでしょうな」
とだけ言って、あっさりと首を縦に振り僕の同席を許した。
「さて、お二方は、古代の地球周辺の軍事事情に興味がおありと伺いましたが、本日の公文書館で興味深いものは見つかりましたかな? お助けになっていれば幸いです」
時間がないという割には、彼は世間話を始めた。
「しかし、最近でも、まだ軍事衝突の火種はこの宇宙のあちこちにある――例を挙げましょう、たとえば、我がロックウェルと、貴国、エミリア王国です」
彼はそこで言葉を切って、セレーナの顔を覗き込んだ。セレーナは、特に表情を変えず、彼を柔和に見つめ返す。
彼の歯に衣着せぬ物言いに僕はただ恐縮している。
「――この宇宙でもっとも大きな軍事力を持つ二国が衝突することは、なんとしても避けねばなりません。もちろん、私としては、緊張の原因はエミリア王国側にあると主張せねばなりませんが……貴国側にはまた違う考えがございましょう」
「そうですわね。エミリアも緊張を望んでいるわけではありません。ただ、我が国が貴重な資源を独占している――その恵まれた天運だけが原因とおっしゃるのでしたら、実に遺憾であると申し上げねばなりませんわ」
セレーナが言うと、コンラッドは、頬にしわを寄せて口の端を上げた。
「あなたはそれだけが原因であるとは思っていらっしゃいませんな」
「どういう意味です」
「……エミリア王国を支配する旧態依然とした勢力。三公五侯による実質的な専横こそが、貴国を頑迷な国にしている」
「彼らはうまくやっています」
「そう、うまく、ですな。なるほど彼らのおかげでエミリア王国はマジック鉱の権益をほしいままにし王族も貴族も潤っている……」
そこで彼は、言葉を切り、目の前の水を口に含んだ。喉が上下する。僕らは黙って見ている。
「それが本当に正しいのか、と疑うものが貴国の中にも現れたわけです。開明的な支配者が」
「何のことをおっしゃっているのか分かりません」
セレーナがピシャリと言い放つ。
「いいえ。――殿下が、この現状の改革に乗り出そうと言う気概をお持ちであることは、知らぬもののいないことでございます。その証拠に、旧体制の象徴、筆頭公爵ロッソ卿とたびたび衝突している」
それに対して、セレーナは何も言い返さなかった。
僕にも、なんだかそれは分かる。彼女がロッソを嫌うのは、ただ嫌いなのではなく、彼の古い考え方が、貴族の選民意識、無茶な王家の責務――そんなしがらみの象徴だからだ。
「そろそろ、ジュンイチ様を退席させられてはいかがですか」
再び、コンラッドがそんなことを言う。
僕は困惑して、セレーナの横顔を見つめる。彼女は、黙って、少しだけ視線を落としている。反論、は?
「……よろしいでしょう。殿下があくまでそうおっしゃるなら、彼にも聞かせましょうか。――殿下、ここまでいらっしゃったのは、殿下の計画通り、でしょうね?」
「……何を?」
「殿下。もうお隠しになる必要はありません。我がロックウェル連合国は、貴国の諸侯にも対抗できる十分な力を持ってございます。本来は殿下が次期の王に即位し、それから王権をもってロッソ公の排除に取り組むつもりであった――それが、貴族院総出で、殿下に別の王族との結婚を押し付けようとしている――継承権を持つもの同士の婚姻の場合、継承権は共同で引き継ぐのが貴国の慣わし、すなわち、殿下は同列の共同国王にしかなれないのです。そして、殿下の配偶者となるべく人は――ロッソ公が幼いころより教育されてきた従兄弟のアントニオ殿下――」
セレーナが前に言っていた、『摂政の操り人形』――そんな意味だったのか。僕は嘆息する。
「閣下、我が国に対する不遜な分析はおやめなさい」
「いいえ、事実です。そして、もっとも重要な事実――それは、殿下が、その結婚が決まる前にロッソ公を排せねばならぬと、決断されたことです」
「やめなさい!」
セレーナが叫ぶように命じたが、それも通じなかった。
「殿下は、彼らに、自らを追放させる口実をお与えになった。それは見事な手際で、追放の口実とともに殿下自らがここにおいでになる手段さえ一度に得られる妙手でした。そうして王女殿下は追放の身となり、こうしてロックウェル連合国に助けを求めるためにおいでになった」
ここまで彼が言ったときに、僕の脳はもはや混乱に陥っていた。
彼の言うことが、あまりに的を射ているから。
そもそも、彼らがどうして、セレーナが面倒を起こして追放されたことまで知っているのか。
ID情報も無いのにどうして宇宙を漂う僕ら――セレーナを――見つけられたのか。
彼の言っていることはすべて本当で、ここまでの事件はすべて仕組まれていた。
そう考えると、いろいろな疑問が解けてくる。
「ロックウェル連合国としては、不逞の輩が我らが友好国をほしいままにすることを座して見過ごすわけにはまいりません。我らは、あらゆる手段を全面的に用いて、セレーナ王女殿下をお助けまいらせるつもりでございます」
「閣下! あなたのおっしゃったことは内政干渉です! 今すぐ取り消しなさい!」
言いながらセレーナは応接テーブルの上面を両手でたたいた。
「お友達の手前、そう言わざるを得んことは重々承知しておりますが、これは、殿下が最初から仕組まれたことでございますれば」
「違う!」
一言だけ言い放ったセレーナ。唇の間から喰いしばった白い歯が見えた。
そう、違うにきまっている。僕とセレーナは、僕らの目的のためにずっと旅をしていた。結局ラーヴァを訪問しエディンバラに到達したことは、全くの偶然なんだ。
……と思いたいけれど。
もしありとあらゆる情報が、僕をエディンバラに誘導するようあらかじめ仕組まれていたのだとしたら。
たかが僕みたいな子供が、歴史研究のために超大国ロックウェルの核心にまで足を踏み込んでいるなんて、そもそもおかしな話だ。
考えてみれば、完全無欠たるジーニーが僕の珍説を支持したことから、おかしなことではないか。
もし、ずっとずっと前からこの陰謀が仕組まれていて、どのようにすれば僕がセレーナをエディンバラに連れ込むか、というプランができていたのだとすれば。セレーナが、諸侯に知られることなくエディンバラに到達するための隠れ蓑として、僕という人間がずっと前に選ばれていたのだとしたら。
セレーナを陰から支える一部の貴族がロックウェルとひそかに連絡を取り合い、僕のIDを隠れ蓑に王女をロックウェルに引き会わせる計画を練り上げていたのだとしたら。
「……殿下。やはり、彼には退席いただいた方がよろしいのではないですかな」
コンラッドは、ちらりと僕の顔色を見て、そう言った。
「……その必要はありません。彼と私の知る真実こそが真実なのです」
「しかしその真実こそが、殿下を苦しめておいでになる」
コンラッドは僕の方にもう一度目配せをした。
そうかもしれない、と僕も思う。
もし本当にセレーナが、そして彼女を支える誰かが、自分の国を助けるためにロックウェルに頼ろうと初めから決めていたのだったら、ここに僕がいることは、かえって彼女の邪魔にしかならないだろう。
もし彼女が僕を最後までだまし通したいと思っているなら、あるいは僕がいることで後ろめたさに耐えきれなくなっているのだとしたら。僕は外した方がいい。
「……僕は、下がります」
僕はうなずいて、すぐに立ち上がった。
「ジュンイチ!」
「いいんだ、君を信じている。君のすること考えていること、それがなんだったとしても、僕はいつだって、君の味方をする。後で聞かせてくれればいい」
僕が言うと、セレーナは初めて見る表情で僕を見上げる。その表情の意味が、僕には良く分からない。
「良い、お友達をお持ちですな」
コンラッドが僕とセレーナを交互に見ながら言う。
セレーナの視線はどちらにも合っていなかった。
僕はコンラッド閣下に一礼し、部屋を出た。
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