第六章 それぞれの明日(3)
エミリアから地球へ向かう船上。狭いキャビン。僕は一人。
「ジーニー・ルカ、君は、またセレーナに何か確信を植え付けなかったかい?」
「お答えできません」
「ずるい奴だ。だけど、もう無しだからね」
「はい、それは、ジュンイチ様とセレーナ王女がお別れになってからというお約束です」
「……僕はそんな言い方をしたかな」
「そのような文脈でした」
「……本当に?」
「私は嘘はつきません」
「僕は君が嘘をつくところを何度も目撃したんだけどね。ま、いっか。……さて。地球に着いたらお別れだ、たぶん」
「そうなるでしょうね。寂しくなります」
「それは、二度と僕を得られないから?」
「そのようなものに近い演算負荷を感じます」
「君は、一体、機械なのか、知性なのか」
「私は機械です。ですが、知性でありたいと考えます」
「『考える』のか。それこそが、知性だな」
「おほめにあずかり、光栄です」
「……もう一つ聞いてみたい」
「なんでしょう、ジュンイチ様」
「君はその……僕が、セレーナのことを好きだってこと、知ってたのか」
「難しい問題です。ですが、ジュンイチ様が、その他の女性に対して感じるのより、より深い情をセレーナ王女に対して感じていらっしゃることは知っていました」
「それは君の直感機能で」
「いいえ、論理分析の結果です。ですから、あなたを一般的な意味で観察しているすべての方が、あなたのお気持ちを論理的に明らかにした可能性があります」
「……僕はそんなに、分かりやすいそぶりを見せていたかい?」
「少なくとも一度は」
「一度? いつ?」
「さあ、いつだったでしょう」
「じゃあ――」
「そのオーダーは拒否いたします」
「……ずるい奴だ」
「いずれ知るでしょう」
「まあいいや。ジーニー・ルカ、君との旅は本当に楽しかった。――量子観測のパートナー関係とか抜きにしてね」
「私も同じです」
「もうすぐお別れだ。君に手があったら、握手をしたい」
「そのお言葉だけで、私は握手をしたような心地よい演算負荷を感じます」
「握手をしたことがあるのかい?」
「今、初めてしました」
「……君はコメディアンになるべきだ」
「おほめにあずかり光栄です」
「名残惜しいな。僕にとっても特別なジーニーだったと思うと」
「いつかまた会うこともあるでしょう」
「それはどんな推論の結果だい?」
「直感推論の結果です」
「なるほど。でも、僕らがお互いを必要とする日が来ない方がいい。……では、僕からの最後のオーダー」
「はい、ジュンイチ様」
「何があっても、セレーナを守り抜いてくれ」
「……かしこまりました、ジュンイチ様」
これが、僕が覚えているジーニー・ルカとの最後の二人きりの会話になった。
***
地球に到着する。
以前、セレーナが泊まっていたホテルは、新連合があの騒ぎで召し上げてしまい、その後の混乱で、セレーナの部屋として確保されていた部屋はうやむやのうちに無くなっていた。
その結果、彼女が最後の数日を過ごすための場所として、本件担当の外交官の自宅があてがわれることになった。
そんなわけで、僕の向かいに、ダイニングテーブルを挟んで、セレーナが座っている。
王女様の隣に座りたい、なんて子供みたいな駄々をこねる親父がその隣に座り、必然的に、母さんは僕の隣に座った。
親父が腕を振るったという創作料理の数々。
一つとして見たことが無い姿をしていることが、この上ない不吉な予感を沸き起こらせる。
「……それで、殿下、ファレンでの後片付けはどうなりました」
母さんが、得体の知れない一つを、気軽に口に運ぶ。
いくら親父のことを信用していたって、その行為は結構問題だと思うけれど。
「ジュンイチの前で殿下と呼ばれるのは苦手です。セレーナと呼んでください」
そう言いながら、彼女も同じものを口に運ぶ。
一応、毒見済みのものだけを口にするという慎重さだけは失っていなくて、ほっとする。
「ファレンでは、結局エミリア艦隊の半分が、当面役立たずになることが分かりました。航行システムへのダメージがひどかったらしいですね」
言いながら、フォークを皿に置いた。
「それから、八十名の方が」
暗い顔で、テーブルの木目を見つめる。
「……大きな怪我をされ、当面、エミリアに還れない、と」
「……うちの息子が失敗したのですか」
「いえ、死者を出さないで、というのがジュンイチへのお願いでしたから、彼は上手くやってくれました。――えっ? どうしてジュンイチの仕業と」
驚いて問い返すセレーナに、母さんはくすりと笑った。
「片時も離さず純ちゃんを連れているのを見れば、この子に何か特別なものがあるんだろうって、分かりますよ。この子の母ですもの」
それを聞いて、セレーナは苦笑を浮かべた。
「……オオサキさんにはかないませんね、私は宇宙の秘密をうっかりしゃべってしまいました」
「ご心配なく。墓場まで持って行きますよ、この秘密は」
そして、日本酒の入ったグラスを持ち上げた。
「セレーナさんとの友情にかけて」
一瞬表情を崩しそうになったセレーナは、あわてて自分のグラスを持ち上げると、母さんのグラスにぶつけた。
母さんは、軽くウインクして、グラスを空にする。
「……さて。あのような魔法を使う王女様がいるとなると、新連合も戦略を考え直さなければなりませんね」
そして、あの出来事は、僕とジーニー・ルカが起こしたちょっとした奇跡ではなく、エミリア王女が使った不思議な魔法として、公式に記録されていくのだ。
「セレーナさん、学校はいつまで」
黙っていた親父が、彼女の横から口を出す。
「考査は四日。それが終わったら、すぐにでもお暇するつもりでいます」
「そうか、もったいないな、もう、なかなか来られないな」
セレーナはうなずく。
「公務が忙しくなるでしょうし……すべての貴族が、私と同じ気持ちになってくれるようになれば、私の自由も出てくるのでしょうが」
「うんうん、いつでもいい、また来てくれよ。うちにセレーナさんがいるだけで、家の中に太陽があるみたいに明るいんだ。人生、明るいほうがいい。なんなら、ずっと明るくてもいい」
親父が笑いながら言うと、セレーナも、はい、と答えた。
しかし、突然、ぶすっと表情を変えたのは、母さんだ。
「……あなた、それ、私へのプロポーズの言葉でしたよね!」




