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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第六部 魔法と魔人と終焉の奇跡
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第五章 至高の魔法(1)

■第五章 至高の魔法


 セレーナは座っていた椅子のベルトを外し、立ち上がった。

 床が軽い磁力で彼女のブーツを捕らえている。


 彼女は、僕に向きなおった。


「……始めましょう」


 彼女の言葉に、僕はうなずいた。


「ジーニー・ルカ、演算の条件を与える。ターゲットは、ファレンの衛星。パネルに拡大画像を」


 そのオーダーに、五つめのパネルが灯る。


 直径数十キロメートルの小さな衛星。

 灰色でいびつなその姿が中心に小さく映る。

 そう、ターゲットをあれにしてしまえば――少なくとも、爆発の第一波は、艦隊の兵隊たちを巻き込むことは無い。


「カノン砲身の方位調整。再反転位置は衛星の質量重心」


『かしこまりました』


「衛星その周囲のエミリア艦隊は認識できてるかい?」


『はい、九百六十隻の艦船を確認』


 十六行動単位。計算上はぴったりだ。


 問題は、爆発の第二波、真に恐ろしいその第二波は、波頭の切り立った反重力波、つまり、反重力津波だ。

 あまりに強力な第二波は、戦艦の装甲を無視し、中の人間など潮汐力で粉々に引きちぎってしまうだろう。

 しかし弱すぎても効果が無い。


 ぎりぎり戦艦の隊列をかき乱す重力の大渦を作る。

 そのパラメータは、ジーニー・ルカが『知る』。


「では、爆発の威力は、そのすべての艦船のいずれの乗員にも死者を出さず、かつ、すべての艦艇に当面回復不可能な航路の乱れを生むものだ。乗員に被害が無いなら、航行システムにダメージを与えてもいい。厳密な推論は必要ない、直感でその爆発規模を知れ」


『……かしこまりました』


 これで、条件はすべてそろったはずだ。

 最後の一つを除いて。


「……セレーナ、最後の準備をしたい。少し時間が欲しい。それから、申し訳ないけど、毛利、マービン、浦野、……すべてが終わるまで、この管制室から出ていてもらえるかな」


 僕がセレーナと手をつないで見つめあっているところを見られたくない、なんていう身勝手なお願いなんだけど。


「いいわよう、きっと、最後の操作は、ほかの人には知られたくないんだよね? それは、きっと、ジーニーの本当の秘密」


 浦野は本当に鋭いことを言うようになった。

 そんなことを思いながら、僕は、ゆっくりとうなずく。

 三人は、そっと席を立って出ていく。


 コントロールルームの扉が開き、それから閉じたのを確認してから、僕は、セレーナに向き合った。


「どうして彼らを追い出したの?」


「……君に、ちょっと恥ずかしいことをしてもらわなきゃならない」


「恥ずかしいこと?」


 彼女は首をかしげる。

 ……やっぱり言わなきゃだめだろうな。


「ジーニー・ルカが真実の数字を知るために、僕と両手をつないで、見つめあわなきゃならない」


 僕が言うと、セレーナは途端に吹き出した。


「こんな時につまらない冗談はやめて。……っと、冗談……じゃ、無いのかしら」


 僕の顔がまったく真剣なままなのを見て、彼女も真顔に戻っていく。


「……じゃ、説明してもらうわよ。なぜ、そんなことが必要なのか」


 それは、できれば説明せずに済ませたかった。

 けれど、彼女がこんな顔で僕に説明を求めた以上、完全な説明をせずに終わらせるわけにはいかないのだろうな。

 だから、僕は意を決して口を開いた。


「君は前に、ジーニー・ルカにとっての特異点は君自身じゃないかと疑った。僕はそれを否定したけれど、本当の答えには、確信がなかった。……リュシーを発つ前の晩、僕はそれをついに確認したんだ」


「……じゃあ、やっぱり?」


 言いながら、彼女は右手を自分の胸に置いた。


「……いいや。ジーニー・ルカにとっての特異点は、僕だった」


 セレーナは驚きで目を丸くし、しかし直後に、それは訝る表情に変わった。


「私はそんな無茶な偶然なんて信じない。あらゆる偶然が重なって出会ったあなたが、よりによってジーニー・ルカにとっても特別な人だったなんて」


 そうだろうな。

 だから、何もかも説明しなくちゃならなくて。


 そして、僕は語る。


 ジーニーとは何なのか。

 ブレインインターフェースとは何なのか。


「……じゃあ、私の脳は、ジーニーの感覚の拡張器ってわけ?」


 それは、自らより多くを知ることを望む、知性の欲求を持つ機械。


「自分で多くを知ろうとするですって? 知能機械が? ……いや、そうかもしれないわね。そうある方が、知能機械として優秀だと最初に定義づけられたのだとしたら」


 そして、その欲求のため、自らのブレインインターフェースの触覚を伸ばしていく存在。


「待って、つまり、こういうこと? ジーニーは、ブレインインターフェースを持つ相手を……操るの?」


 そう。

 確かな根拠のない選択肢、たとえば、目的のない散歩での分かれ道。どちらに曲がるか迷った時、そんな些細なきっかけで、ジーニーは、その主人を操る。


「……呆れた。まんまとやられていたわけね」


 そうして、いつか出会うべき、自らに波長の合う特異点を求め続ける。すべてのジーニーが。


「だからね。マジック船で宇宙中を家出して歩くこの私だから、この私のジーニー・ルカだから、彼はそれを得た、……なるほどね」


 僕は、セレーナが操られていると知って、セレーナを侮辱されたと感じて、とても深い憤りを、一時は感じた。


 君はなぜ、そんなにあっけらかんとしているのだろう。


「……彼は、親友よ。私が彼から何かを得ようというのなら、私だって彼に与えるものがあっていいんだと思う。それが、友達ってもんじゃないかしら」


 でも、君は、自分自身の自由意思が操られていたかもしれないと知って、何とも思わないのか。


「……ふふっ、私は信じてるもの」


 何を?


「……私がジュンイチに会って自分で楽しいと思ったこと、別れたときまた会いたいと思ったこと、一緒にいたいと思ったこと、あんな気持ちが嘘なわけないもの」


 それは、ジーニー・ルカが言ったことと同じことだった。


 ジーニー・ルカは、ほんの小さな知性の迷いのある時に、かすかに後押ししただけだと言った。セレーナの本当の自由意思には手を付けていないと。

 僕は、別々の口からの同じ言葉を聞いて、それはやっぱり気休めの嘘じゃないと確信して、体中を縛り付けていた鎖が解けていくような気持ちを感じた。


「そんなこと、気にしていたのね、ジュンイチは。大丈夫。私は私の意志でここにいる」


 そうか。セレーナは、強いな。


「ふう、いろいろと合点がいったわ。なぜエミリアの貴族たちが、そろいもそろってブレインインターフェースをつけたがるのか。きっと、ジーニーが、そうしてほしいって、先代に頼み込んでいるのね、無言の知性の入力で」


「そうだね、そうかもしれない。僕はこのことを君に告げるか、最後まで迷ったんだ……嘘を教えても、君はきっと信じてくれただろうと思うけれど」


「ええ、でも、もしあなたが嘘をついたら、私は許さない。嘘をつくのは私の仕事、真実を語るのはあなたの仕事。そうでしょう」


 僕はうなずいた。

 セレーナも微笑んでいる。


「……覚えてる? スプリングフェスティバルでの、シュートゲームのこと。あなたと一緒に行った時のこと。私はあなたといると調子がいいの。それは、私とあなたと、それから、ジーニー・ルカが一緒だったからなのね」


「そんなこともあったね」


「でも、……明日からは、私は、普通の人、ね」


 彼女の表情が、微かに、寂しそうに曇る。

 全知の力を持つ魔人からの直感支援はなくなるから。

 彼は、魔法の火花となって散る運命にあるから。


「……それで、なるほどね。ジーニー・ルカが、あなたをより強く感じるための手段。それは、彼のもっともすぐれた感覚器、すなわちこの私の脳で、あなたを直接感じること。分かったわ」


「いいのかい?」


「いいとか嫌とかの問題じゃないでしょう?」


 もちろん、そうだとも。


「君にとってはちょっと不本意かもしれないけれど、僕と見つめあうなんていう役割」


「ふふっ、そうね、あなたみたいな馬鹿と、そんな恋人同士みたいなことをする日が来るなんて思わなかったわ」


 もちろん僕だって。


「それと……これから起きることは――」


「責任ははんぶんこ。分かってるわ」


「けれど、君自身の手で、君の愛するエミリア国民を傷つけることに」


「何十億の地球人を蒸発させようとしたあなたに言われたくないわ」


 彼女は辛辣な言葉を微笑みとともに。


「――ごめん、悪い冗談だった。だけど、私は、そうする、と決めたから。私なんかには、もしかすると負いきれないほどの悲劇を生むかもしれない……でも、どうしても、エミリアを、変えたい。助けたい」


 僕も微笑んで見せた。うまく微笑みが浮かべられたか、自身は無いけど。


「それもみんなはんぶんこだ。いいや、扉の向こうで聞き耳を立ててる三人にも分けてやろう」


 と言って僕が低く笑うと、三人がばつが悪そうに入ってきた。


「どうして気づいたんだよ」


「お前らの考えることなんて分かりきってるよ」


「だって気になるじゃないのよう」


「浦野のことだから、ここで僕らが愛の誓いでも交わしているとでも思ったんだろう?」


「ひゃあ、大正解。大崎君も成長したねえ」


「僕には退化としか思えないけどね」


 そして五人は笑いあった。


「何となく、どういう事情かは分かったよ、俺らも脇で見てる、いいだろ?」


「聞かれたんじゃしょうがないな」


「その代わり、悲劇の責任は五等分です」


 マービンが言って、うなずいて見せた。


 そうとも。

 一人より二人。二人より五人だ。


 みんなで支えあってここまで来たんだから。

 最後は、みんなでそれを分け合おう。



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