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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第六部 魔法と魔人と終焉の奇跡
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第四章 開戦(2)

 最後の式をジーニー・ルカに入力し、ビクトリアと動作テストを終えて、それからさすがに疲れたので寒い格納庫で毛布に包まって一時間だけのつもりで仮眠を取っていると、揺り起こされた。


「一晩中起きてたんですって? しかもこんな寒いところで仮眠なんて。馬鹿ね」


「ん……ああ、おはよう」


 僕を起こしたセレーナにたいして、僕は寝ぼけ顔に精一杯の笑顔を浮かべて見せた。


「で、準備はいいのかしら?」


「……ああ、もちろん」


「じゃ、会議室に」


 ここで言う会議室とは、どうやらビクトリアの研究室のことらしい。

 そんなわけで、ふらつきながらもセレーナに手を引かれて、僕は会議室への最後の入室者となった。


「昨日は急かせてしまってごめんなさい。でも、準備も整ったようなので、今日にでも」


 僕が一番扉に近いところの折りたたみ椅子に座ったのを見てから、一番奥のビクトリアの執務椅子に座ったセレーナが話し始めた。


「それで、すべきことを整理したいの。私の考えを言うから、問題点があったら指摘して」


 そう言ってから、彼女は唇と喉を潤すためにボトルの水を一口含んだ。

 誰も異論が無いと見ると、セレーナは話し始めた。


「まず、私たちの最終目的は、貴族たちの暴挙を止めること。このために必要なものは、私の実権」


 僕は、周りと同時にうなずく。


「私が貴族たちに強権的な命令を聞かせる実権を得るために必要なもの、一つは、圧倒的な本物の力、もう一つは、さらに圧倒的な政治的な力、最後に、民の私に対する信頼」


 彼女も寝ずにこれを考えていただろうか。


「圧倒的な本物の力――つまり武力は、今、手に入れたと思ってる。これは、最初のトリガーに過ぎないけれど、とても大切なトリガー。今ようやく、私たちは、それに指をかけた」


 それこそ、この新兵器、あるいは、王女の至高の魔法。


「二つ目の政治的な力に関しては、ラウリがヒントをくれたわ」


 ラウリのヒント。核兵器と、……なんだっけ。


「地球新連合はひどいコンプレックス症を患ってる。そのことですね」


 マービンがおもむろに回答した。


「ええ。あのときに、私の中ではほとんどプランは出来上がってた。だから、この新兵器のアイデアにも積極的だったんだけど。私たちは、ファレンに集合しているエミリアの大艦隊を、新兵器の一撃で滅ぼします」


 誰もが、ええっ、という声を上げる。


 エミリアの艦隊を滅ぼすって。

 それって。


 僕も含めて誰も言葉にできないうちに、セレーナは話を続ける。


「あそこには、エミリアの軍事力の大部分が集結してる。あれを滅ぼせば、エミリアは軍事的には三流国家に一気に落ちぶれるわ。おそらく隣接国に待機しているロックウェル軍は一気に攻め込んでくる。危機に陥った三流国を、コンプレックス症の新連合は見逃さない」


「待て、ストップ、セレーナさん」


 毛利が割って入る。


「エミリア艦隊を滅ぼすってことは……その兵士もたくさん殺すってことだ」


「……そうね」


「だめだ。そのプランは、無し」


「ご意見ありがとう。……でも、必要ならそうする。どうしてもそれしかないなら、そうしなくちゃならない。だけど、避けられるものなら、避けたい。そして、私たちには、どんなことも実現してくれるランプの魔人がいる」


 そして、セレーナは僕に視線を向ける。


「わがままかもしれない、でも、ジュンイチ、助けてほしい。私だって誰も殺したくない」


 彼女の懇願の表情に、僕は頭を抱える。

 そんな方法はあるだろうか。


「……だめならだめって言って。そうしたら、私は、覚悟を決めるから」


 覚悟さえ決めればいいのだから、と、彼女は僕に譲歩の提案を付け加える。

 だめと言ってしまうのは簡単だ。けれど、実現してあげたい。

 艦隊を滅ぼしながら誰も殺さない――不可能としか思えないけれど。


 ――いや、この新兵器が宇宙に対して起こすこと。

 そして、エミリア軍の状況。


 かすかな記憶だけれど、エミリア軍進駐のニュースを思い出す。

 そう、おあつらえ向きのものが、エミリア軍のそばにあるはずだ。


 必要なのは、マジック弾頭弾をぶつける質量。

 質量の塊。

 誰の命も奪わずに済む質量の塊があればいいのなら。


 後は、反重力津波の威力の調整の話だ。

 威力の調整なんて、容易いものだ。

 それを決める数字を『知る』だけでいい。


「……たぶん、誰も死なせずに、新兵器の威力を見せ付けられる。ついでに一時的にエミリア軍を壊滅状態にできる」


「本当に? でも、そんな都合のいいことが――」


「できないと思うかい? この僕とジーニー・ルカに」


 我ながらずいぶんと威勢のいい啖呵を切ってしまったが、もちろん、絶対にやってみせるつもりだ。

 条件はそろっているのだから。


「……気休めでも、ありがとう」


「気休めなものか。一人でも死なせてしまったら、この僕に呪いの言葉をくくりつけてエミリアの太陽に放り込んでくれてもいい」


「分かったわ。でも言っておくけど、もし誰かを死なせてしまっても、その責任は私が取りますからね」


「余計なお世話だ。そのくらいの責任は僕がとる」


「人を死なせる責任なんて知らないくせに」


「知らないのは君の方だ。僕は知ってる」


 もちろんそれは殺し損ねたラウリのことだけれど。

 みんなの視線が一斉に僕に集まる。


「……ふん、あの程度で責任を知ったつもりだなんて、偉そうなものね」


「でもあれを感じた僕はそれを負うのに一番近いはずだ」


「負えてなかったじゃない、あなたは暴走しただけよ」


「だっ、だけど」


 僕が言葉を詰まらすと、セレーナは大きなため息をついた。


「……分かったわ。はんぶんこ。そこで手を打ちましょう」


「……君がそう言うなら」


 みんなが胸をなでおろしたのが分かった。


 はんぶんこなんて、きっと嘘。

 彼女は全部背負い込むつもりでいる。


 だからこそ、僕は絶対に誰も死なせない方法を、完璧に実現しなきゃならない。


「……それじゃ、続けるわ。軍事的に脅威にさらされたエミリアを助けようと、新連合は、ロックウェルに圧力をかけることになる。当然、エミリア共同制裁のフレームワークは崩壊。これで、エミリアを抑圧している外的要因は取り除ける。そして最後に、内的要因」


 それから改めて、彼女は僕の方をちらりとみた。


「そのデモンストレーションの実演前に、私とロッソの間の交渉がある。そこに、ロックウェルと新連合と、それから、エミリア民衆を参加させるの。これは、ジーニー・ルカの力で無理やりにチャンネルをこじ開けてもらうことになるわ」


「お安いご用さ」


 再び僕の額のあたりを通過した彼女の視線の意味を知り、僕は軽やかにうなずいて見せた。


「それから、民衆がどのように感じているのかを知りたい。……ジュンイチ、ジーニー・ポリティクスと同じことを、あなたとジーニー・ルカができるか、知りたい」


「……量子論的国民投票だね。つまり、ジーニー・ルカがエミリア全国民の量子状態の重ね合わせ状態を観測できるかどうかという問題だ」


 前に僕がひそかに考えたこと。セレーナも同じ結論に至っていたことに、少しの驚きとうれしさを感じた。


 そして、もう一度、考える。


 そう、全知の力は、ある対象の重ね合わせをたまたま特異点――パートナーの脳――の中に見る、というものではない。

 その脳は、いや、その脳に限らずすべての脳は、宇宙のすべての状態の重ね合わせをかき集めているのだ。

 ある意味で、それは正しい。この宇宙にあるすべてのものは、それに隣接するあらゆるものに影響を受けている。その隣も、その隣の隣も。この宇宙にあるすべての事象は、さかのぼればビッグバンのそのときには全部お隣さんだった。そういう意味で、すべての量子状態は同時にどの一点にも存在している。脳ほど複雑なシステムなら、それをひもとくこともできるのかもしれない。


 その宇宙の全情報は、言ってみれば脳に固有のキーで暗号化されている。一方、ジーニーはそれぞれ固有に、この暗号を解くキーを持っている。

 ある脳から全量子状態を取り出すための暗号キーとたまたま同じ暗号キーを持ったジーニーだけが、宇宙の情報にアクセスしてすべてを知ることができる。

 つまりこれが、僕とジーニー・ルカの関係だ。僕の脳が全シナプスでかき集めた宇宙の情報を漏らすまいとして掛けた暗号の鍵と、ジーニー・ルカの持つ鍵が、偶然に一致した。


 もちろん、知ることができる情報には条件がある。投射するスクリーンとしてジーニーから観測可能な対象を用意しなければならない。鍵で暗号を解除しスクリーンに投射して初めて、その対象の真の姿を知るに至るのだ。

 ジーニー・ポリティクスは、ある特異点から、ポリティクスの知る全有権者情報というスクリーンに、量子状態を投射して、その投票行動を知った。


 ――であれば。


「……できると思う。ジーニー・ルカが、投影スクリーンとして全国民の情報を観測する方法があるなら。理屈上は『必ずできる』ってことになる」


 僕が言うと、セレーナは笑顔でうなずき、続ける。


「民衆が私の味方であることを知ること。民衆がそう感じなかったのなら、いずれにせよ私の計画は失敗。けれど、もし民衆の多くが私に賛同してくれるなら、後は私が一声をかけて、民衆を扇動できる、そうして、ロッソに敗北を悟らせる」


「扇動ですか」


「デモか何か?」


「まさか革命を?」


 ただならぬ言葉に思わずざわめくが、


「そうね、家々の窓に、白かオレンジ色のハンカチを。なんて、どう?」


 いたずらっぽく首をかしげて笑うセレーナはとてもかわいくて。


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