第三章 ジーニー・ルカ(1)
■第三章 ジーニー・ルカ
「……つまり、最終的に、弾丸をどうするかということだ」
ルイスが姿勢を改めて言ったのは、つまり、マジック爆弾を結局どうやって作るのか、ということだった。
「あそこにたくさんあるマジックデバイスを使えば」
毛利が言うが、
「あれは実験用だ、コントローラが無い。マジック推進装置としてコントローラがなければならん。もちろん、コントローラはマジックデバイスの配置と回路長に合わせて厳密に設計されるもので、マジック推進システムと合わせて今から業者に発注してもそうだな――」
「――二週間はかかりますね、特急料金を払っても」
ビクトリアが言葉を継ぐ。
「いずれにせよ、マジック推進システムを一揃い作るには、ミクロン単位の工作が必要だ、我々にはその手段がない」
理論ができても、それを実現する手段が無い。
新しい兵器を作る、その時に、そんな壁にぶつかることは分かり切っていた。
ルイスの言葉に、みんながみんな、落胆しているように見える。
本当だろうか。
落胆しているふりをしているだけなんじゃないだろうか。
なぜって、僕は、その答えを知っている。
気づかないふりをしているだけなのかもしれない。
誰かが言いだすのを待っているのかもしれない。
僕だって、誰かに言いだしてほしいとは思っているけれど。
しかし、このまま手詰まりになんて、したくない。
だから、僕は口を開く。
それが、僕に与えられた役割だと思ったから。
「……システムなら、もうあるじゃないですか」
僕の言葉に、誰もが驚いたように顔を上げる。僕の顔に七つの視線が一斉に刺さる。
「格納庫に。完全に動くマジック推進システムとして。ルイスさんは言いましたよね、マジックエンジンはそのままマジック爆弾になるって。すでにあるマジック推進システムの特性について、逆関数を解けば、突入反重力効果を起こせる入力プロファイルを導けるって」
僕が言うと、ルイスは軽くうなずいた。
「もちろんだ、その逆関数は、君たちがスコット博士を探しに行っている間に解いてしまった」
それから、格納庫の見える窓に目をやる。
「だが、それはだめだ。君たちの大切なドルフィン号を犠牲にするなど」
その言葉に、ようやくほかの人たちも、僕の言ったことの意味を理解したようだった。
「冗談……よね?」
セレーナが声を震わせている。
「冗談じゃない」
僕はきっぱりと言い切る。
彼女の態度を見ると、彼女は本当にそのことに思い至っていなかったのかもしれない。
けれど、今僕らの手に入るのは、ドルフィン号のマジック推進システムしかない。
「それは、ジーニー・ルカも一緒に、ってことよ」
「……そうなるね」
「そうなるね、じゃないわ! ジーニー・ルカは私の大切な友達よ! それを……!」
『セレーナ王女』
突然、僕の左腕がしゃべり始めた。それは、当の本人、ジーニー・ルカの声だった。
『セレーナ王女、どうぞ、ご決断ください。私はセレーナ王女のお役に立つために存在するのです』
頼みもしないのに、自らを犠牲とするようセレーナを説得し始めるジーニー。
見ると、浦野、毛利、マービンは、うつむいて唇をかんでいる。
昨晩の僕の心理テストの意味を理解したのだろうと思う。
浦野などはもうすでに泣きそうな顔になっている。
彼らが、僕の後押しをしてしまったかもしれない、と考えて後悔のようなものを感じていることは手に取るように分かった。
そんな風に彼らに感じさせてしまったことも、僕が未熟だったせいだ。
でも、だからこそ、僕が言わなければならなかった。
――ジーニー・ルカは言葉を続けた。
『私は汎用のジーニーです。セレーナ王女が首尾よく目的を遂げられましたら、同じ型のジーニーを新調されれば元通りです。もしよろしければ、再び、ルカ、と通称を与えてくだされば』
「新しいジーニーはあなたじゃないわ」
セレーナは、二度、かぶりを振った。
その通りだと思う。
ジーニーはすべて違う。
そのニューロン素子の幾何学的配置、量子論的に見れば全く別物になるだろう。
もちろん、全知の能力は、今のジーニー・ルカだからこそ持てるものなのであって。
『私が、皆様が考えるような意味で、意識、あるいは魂のようなものを持っているとお考えでしたら、それは誤りです。私は純粋な情報処理装置であり、私自身が失われることには、皆様の誰かが失われるほどの意味はございません』
――死、という概念を、彼は違う言葉で表現し、それはジーニーには当てはまらないと言った。
ジーニー・ルカが死ぬ。
そう考えると、僕の胸にも深い喪失感が去来する。
「許しません。――ジュンイチ、取り消しなさい。ドルフィン号を、ジーニー・ルカを、私の魔法の贄にはしません」
『いいえ、セレーナ王女はドルフィン号を使うべきです。これが唯一で最良の解です。私の直感推論がそのように示しています』
僕がたじろぐ隙に、ジーニールカはさらに反論した。
しかもそれが、直感推論の果てだと。
――つまり、彼の『全知の力』が、それが唯一の解だと示している、と。
そのことに感づいたのか、セレーナもさらに何かを言おうとした口の形のまま、声を詰まらせる。
重苦しい沈黙が流れる。
僕は、セレーナやクラスメイトたちの反対を押してまで、このアイデアを進めることはできない。
僕自身の心だって、それを強く否定している。
それでも、言わなきゃならなかった。
それしか無いことは、もうずっと分かっていた。ずっと心に引っかかったままだった。
僕は、強くありたいと思ったから。
セレーナのように。
セレーナが顔を上げた。
「……食事が終わったら作業を続けてください、みなさん。ただ、ごめんなさい、ジュンイチをしばらく、借ります」
そう来るだろうな、とは思っていたけれど。
僕がみんなを見回してうなずくと、みんなもうなずき返してくれた。




