第二章 知恵と勇気と優しさ(5)
朝寝坊しないように早めに床に就き、その成果として、翌朝は四番目に起きることができた。
流れから会食部屋になってしまったビクトリアの研究室に全員がそろってみると、誰もがきちんと睡眠をとれたようだった。
そこで、実験で理論を確かめたい、とルイスが宣言する。
昨日の内にデバイスと測定器を準備していたビクトリアは、ルイスから一揃いの理論式を受け取り、さっと目を通す。
どうにも素人には理解できない言葉をルイスとの間で大量に応酬して自分のメモを作り上げ、朝食をほおばりながらも何かを図面に落としている。
朝食が終わると、ルイスとスコットはすぐに彼らの研究室に引っ込んで、より複雑なシステムの場合の理論を組み立て始めたようだ。
実験は非常に繊細な調整とたくさんのチェックが必要なものとなるようで、高校生五人は全員がその手伝いに回ることになった。
調整器でマジックデバイスの取り付け位置や回路との接続をじりじりと調節して、数字が所定のところにぴたりと落ち着かせる。
僕が最初に担当したのはこの作業で、これが、非常に難しかった。
数字を指定して調整器を自動設定させても、気が付くと行き過ぎていたりする。少し戻して数字を合わせ、目を離すと、また数字がずれている。
どうやら惑星の自転公転や星系内の他惑星の公転、星系全体が銀河内をドリフトしているなどの理由でマジックデバイスの重力場に対する位置・角度が変わってしまうことが、この数字のずれを生んでしまうのらしい。
ビクトリアは、自動設定じゃだめ、ずれを予測してマニュアル調整するのよ、と僕にアドバイスする。
数字がずれていく速さや変化の癖を読んで、最後は指先の感覚だけでマニュアルノブを回していく。それを、実験開始の直前まで続ける羽目になった。
ほかの人は何をしていたのかと言うと。
たとえばセレーナは、測定素子と測定器の間の接続をしていた。
と言って、ただ線をつなぐだけじゃないらしい。素子はそれぞれに癖があり、入力レベルなどなど二十個以上のパラメータを合わせなければならない。これもまた、温度などによって変わるらしく、何度も大きなため息をついて、またやり直しだわ、と悪態をつく彼女の姿を目撃したものだ。
その間、ビクトリアは、ルイスたちの作った式をもとに、実験条件の数字を一揃いつくり、さらに、その条件下での測定結果の予測値を計算している。
僕らが四苦八苦している間に、三十個くらいの数字の組を作り上げてしまい、最後には、毛利が手を焼いていたタキオナイザーの初期化作業を手伝っていた。
そうして、すべての準備が終わり、測定開始。
一揃いのパラメータを入力し、最後までじりじりと調整器を回していた僕に、はい、放して、とビクトリアが掛け声をかける。
僕は急いで手を放し、数字がずれていないことを確認して、オーケー、と返す。
直後、ビクトリアが小さなボタンを押しこみ、測定器から、ピッ、と小さな音がする。
何も起きなかった。
本当に何も起きていない。
それでも、ビクトリアは測定器の数字を読み、予測値と比べている。
小さくうなずき、にこりと笑うと、メモした数字と理論予測の数字を両手に持って持ち上げ、誇らしげに僕らに掲げて見せた。
それは、小数点以下五桁まで、きっちりと合っていた。
それでもまだ五桁よ、偶然合っただけかもしれないんだから、その確かさをどんどん上げていくの、とまるで自分を叱咤するように彼女は言い、次の入力値の準備を始める。
僕はすぐに察して、調整器に再び手をかける。
それから、ビクトリアのボタン、ピッと言う音、彼女の、よし、という小さな声。
お昼になるまでに、そんなことを何十回と繰り返した。あとでビクトリアに見せてもらった記録によると、お昼までにクリアできた数は百十五回。
本当の研究なら自動装置を使って何万回もやりたいところだけれど、と言うが、百回以上やって、そのすべてが完璧に一致しているんだから、これ以上の贅沢が必要だろうか。
でも、理論の検証というのは、やっぱりそれ以上のものを求めなければならないのだろうと思う。
今日はきちんとスコットとルイスも誘って昼食を摂る。
その席上、ルイスが難題を持ち上げた。
それは、僕が完全に予想していた、ある問題についてだった。




