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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第六部 魔法と魔人と終焉の奇跡
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第一章 師弟(2)

 僕らの夕食は、惑星時間の二十三時に近い時間になってしまった。


 あまりに没頭する二人に誰も割り入ることができず、空腹を我慢しているうちにその空腹さえどこかに行ってしまっていた。


 ルイスが突然、糖分が足りない、と叫んで、ようやく二人は夕食を忘れていたことに気付いてくれた。


 待ちかねたように浦野と毛利がそろってディナープレートの準備を始めた。

 そう言えば、夕暮れ時に二人でどこかに出かけて行ったのを見たが、おそらくこれを準備しに行ったのだろう。

 僕は二人の作業を脇のベンチからぼうっと見ていただけで時間を忘れていた。


 セレーナはどうやら、そのさらに後ろから僕も含めた三人を眺めていたらしい。

 一方マービンは、彼らがダイニングテーブルからぶちまけた書類をかき集める作業にしばらく追われた後は、その紙に書いてあることを片っ端から読んでは、スキャンして何かインデックスを付けながら情報端末に納めていた。相変わらず、細かいことには気が付く奴だ。


「ごはんができましたよう」


 浦野の間延びした声に、再び机上の議論に落ちていた視線を上げると、ルイスがいつも一人で食べているのよりは数段上等なディナープレートを彼女が運んでくるところだった。

 さすがに七人が一度に食事ができるテーブルではなく、三人は別に用意した簡易テーブルを使うことになる。

 何度かの遠慮の応酬の末、僕と毛利と浦野が、脇の小さなテーブルを使うことにした。


 目の前に用意されたプレートを見てみると、スープパスタにお肉の煮込み料理にサラダにほかほかのパンといくつかの付け合せ、それから、端っこに、プリン。

 僕がその光景をあんぐりと口を開けて眺め、そのままの顔で視線を浦野に移すと、いやあ、つい、と言いながら彼女は照れ笑いする。


「スイーツ付きか、疲れた頭にはちょうど良いな」


「良く気が付くお嬢さんだ」


 などとルイスとスコットが褒めるものだから、浦野の照れ笑いはいつの間にかしたり顔になっている。


「セレーナさん……この国では殿下と呼んだほうがよいのかね、殿下、少し、頼みたいことがある」


 夕食が始まってすぐに、スコットがセレーナに問いかけた。


「セレーナで結構です、それで、頼みとはなんでしょうか?」


「ではセレーナさん、この理論研究は少し時間がかかりそうだが、ただ、分かった部分から、実験をして確かめていきたいのだ。実験場を手配してくれんかね」


「実験場を?」


 確かに、おあつらえ向きにベルナデッダ反重力研究所が手の届くところにあるにはある。

 けれど、あれは、ウドルフォ・ロッソ摂政の息がかかった研究所だ。

 有能な、ルイス・ルーサーのような有能な研究者を飼殺しにするための研究所。

 当面最大の敵とも言える相手の懐に飛び込むようなもので。


 おそらく、セレーナも同じことを考えている。

 うつむいて、渋面で。


「スコット博士、彼女には、はいと言えない理由があるのだよ」


 横から、ルイスが助け船を出す。


「セレーナさんが正そうとしているエミリアの悪さの一つがね、この惑星の反重力研究所なのだ。宇宙中からマジックの研究者を狩り集めて技術史だののつまらぬ研究をさせて、他の国の研究の邪魔をしておる。私が王女殿下などを連れて行けば捕まえてくれと言っているようなものだ」


「君のようなものが、そのような見え透いた手に乗ったとはの」


「恥ずかしい限りだ、提示された研究費の額を見て、つい」


 ルイスが自嘲的な笑いを浮かべてスコットの言葉を肯定した。


 そうだ。


 ルイスの羽をもいだエミリア。

 もしそんなことが無ければ、彼はまだ、自由に研究ができていたかもしれない。

 もしかすると、マジック機関効率のタイトルホルダーは、ルイスだったかもしれないのだ。


 今ではそのタイトルは――。


「……おかしなことを、言ってもいいですか」


 僕は、苦い顔をしている二人に声をかけた。

 二人と、それから、セレーナが、僕の顔を見つめた。


「広い実験場を持つ研究所は、もう一つ、あるじゃないですか。ルイス博士が残して去ってきた、リュシー反重力研究所」


「……リュシー……だと?」


 ルイスの顔色が険しく変わる。


「こんなことを言うのは大変失礼かもしれない、ですが、あの研究所は、今はとても寂れてしまっていた。逆に言えば、ルイス博士が戻って、密かに研究をする余地くらいはある。少なくとも、エミリアに知られずに、研究はできます。ロックウェルにも怪しまれない協力者を頼むことが、できるかもしれません」


「ビクトリアのことを言っておるのかね」


 間髪を入れずルイスが冷たい口調で詰問して来る。


「……はい」


「君は、私に、教え子を巻き込めと、そう言うのだね」


 ルイスの声は一段と低く鋭くなる。


「その……通りです」


「ならん」


 ルイスは腕を組んで目線をどこかに向けた。


 それはそうだろう。

 もし僕が、今地球で暮らしている別のクラスメイトを新しくこの面倒ごとに巻き込めと言われたら、即答で断る自信がある。


 だけど。


 誰にも頼らずにすべてを成してきたわけじゃない。

 結局、多かれ少なかれ、巻き込んで迷惑をかけて。

 そんな人々がいたから、僕らはここまで進んでくることができた。


 浦野を巻き込んだ当初は、とても後悔した。

 けれど、今では、彼女がいてくれて本当に良かったと思っている。


 それに責任を持てるほど、僕には力は無いかもしれない。

 それは、ルイスだって同じだろう。

 だから、彼が断るのは、当たり前のことだと思う。


 それでも、その一歩の勇気があれば。

 その勇気が自分に無ければ、誰かにもらうことができれば。


 ガタッ、と音がしたので顔を上げる。


 セレーナが立ち上がっていた。


「私が巻き込みます。この私が、私の判断で、ビクトリア・ミッチェルを。博士、あなたには何も責任は無いし、ましてや、異議を唱える権利も無い。必要とあらば、王族の優越権をもってあなたの異議を却下します」


 その誰かは、やっぱり、我が王女、セレーナだった。

 青い瞳に決意と熱意を燃え上がらせて。


 セレーナの燃える瞳に射抜かれたルイスは、脱力したように組んだ腕を解いた。


「ほっほ、こりゃかなわんの」


 スコットが苦笑いする。


「ルイス、君の負けだ。この王女にたてつくことなど考えんことだ」


 ルイスは首を振りながらため息をついた。


「なぜ、多くの人々がセレーナ王女殿下に惹かれるのか、思い知ったよ。我々の時代はとうに終わっていたのだな」


「そうとも。わしらにできることは、ニューロンの最後の一条までを若者たちに継がせることだけだ」


 それに対してもルイスはうなずき、それから、セレーナを見上げた。


「殿下の勅、謹んでお受けします。しかし、条件を付けさせていただきたい」


「何でしょう、博士」


「我々の最後の成果を、ビクトリアに授けたい」


 ほのかに微笑んで、セレーナは視線を僕に送った。

 彼女の視線の意味は分かっている。

 僕はもちろん、うなずいた。


「いいでしょう。あそこにいる自称歴史マニアの馬鹿に残すよりはよほど有益です」


 毛利が吹き出した。それから、それにつられてみんな大声で笑う。ただ僕一人だけが失礼な物言いに憤然としている。


「出発するなら早い方が良いだろう? 机上の議論なら宇宙船の中でもできる。スコット博士、ご老体に鞭打たせて悪いが、もし可能なら、今すぐにでも」


 決まるや否や、ルイスは突然にとんでもないことを言いだした。

 今、出発だって?


「構わんよ、実をいうとわしの体内時計はまだ夕方にもなっておらん。この時差をどうしたものかと持て余しておった」


「ルイス博士、その、準備は良いんですか? お別れしておきたい人とか整理しておきたいものとか……」


 さすがに驚いたのか、セレーナも目を真ん丸にして、ルイスの心配をする。


「私がこの星に残す未練などないよ、そう、唯一つ、我々の未来を背負う王女様を除いてはね。その王女殿下が同行するのに、何の準備はいるかね」


 そう言って彼はまだデザートに手を付けていないプレートをそのままに立ち上がり、奥の部屋に早足に引っ込んでいった。たぶん、衣類やその他の最低限の荷物をまとめに行ったのだろう。彼がこんなに行動的な人間だとは、正直、思っていなかった。


「彼はすっかり行く気ね。みんなも、いい?」


 改めてセレーナが一同を見回す。

 誰も反論などしない。

 それを数秒確認し、セレーナは大きくうなずいた。


「では、出発よ、ルイス博士の準備が整い次第ね。目的地は、惑星リュシー」


「お供しましょう」


 僕は相槌を打つ。

 その横で、浦野が小さくつぶやく。


「……あのプリン、もう食べないのかなあ?」


 さすがに僕は浦野の頭をはたくことになった。


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